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初めて書いてみた小説がランキング1位を取っていたんだが  作者: 北田啓悟
第三章 VSなろう大賞 ブレイク・ジ・エターナル
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5 元・底辺なろう作家の意地

「リレー小説?」


「そう。レクリエーションとして、文芸部員全員で行うのよ。本当はまだ時期じゃないんだけど、新入部員が来たことだしね。歓迎会の意味も込めて、みんなと親睦を深めましょう」


「いいですね。面白そうです」


「ただし加々崎くん。あなたは冬子とふたりで書きなさい」


「は!? なんで!?」


「その方が面白いからよ。あなた達ふたりは、なろうのランキングで上位を飾るほど人気の作家同士なんでしょう? そのふたりが合同で書けば面白くならないわけがないわ!」


「い、嫌ですよ! だいいち俺と天宮部長じゃウマが合いません!」


「ええ~? 先生せっかく面白そうだなーって期待してたのに~……」


「いいじゃない加々崎くん。大塚先生の言うとおり、面白くなるに決まってるわよ」


 俺が大塚先生の言葉にごねていると、話を聞いていた遠井が先生の肩を持った。


「あたしも読みたいなー。加々崎くんと天宮部長の合同小説ー」


「いやな……だから書かねぇっての! なんで俺が天宮部長とふたりで!」


「本当に書きたくないの?」


「書きたいわけないだろ! 微塵も思ってねぇよ! とにかく、天宮部長とリレー小説なんか絶対に書かないからな!」


 *


 どうしてこうなった。

 どうして俺は今、天宮部長と隣同士に座って、原稿用紙を前にふたりでプロットについてを話し合っているんだ。

 天宮部長とふたりでリレー小説を行っているんだ。


「くそ……遠井のやつ、覚えてろよ……」


「加々崎。愚痴ではなくアイディアを出せ。みんなの方はもう書き出しているぞ」


「わかってますって……はぁ、やれやれ……」


 お互いに原稿用紙の上にアイディアを書いていって、話の筋を考え合う。

 そうしながら俺は、天宮部長に尋ねた。


「つーか天宮部長こそ、俺と一緒にやるのは癪じゃないんですか?」


「わたしは小説を書ければいい。君のことは嫌いだが、嫌いな人間とのコミュニケーションは大きく自分を高めてくれる。そういった意味でも君といっしょに書くことは有意義だと思っているよ」


 うへぇ、面と向かって嫌いと仰りますか。早くもリレー小説へのモチベーションが尽きかけてきたぞ。


「加々崎の方こそ、わたしといっしょに書くのは嫌と言っていたではないか。千夏からなにか吹き込まれたようだが、なにを吹き込まれたのだ?」


「いや、それは……」


 言えない。文芸部員全員に言えないことだが、天宮部長にはとくに言えない。

 なぜなら俺があの時耳打ちされたのは、昨日の失態に関係しているからである。


 *


 昨日、俺は、遠井の策略によって誘導的に天宮部長の小説を読んでしまった。

 遠井が目を離している隙をついて天宮部長作のエッチな小説を読んでいたのだ。読んでいる場面こそ誰にも見られていなかったのだが、しかしそれこそが油断だった。

 遠井を侮るべきではなかった。あいつは天宮部長の書いた小説を勝手に抜き取ることができるほどの情報収集力を持っている。

 具体的にはこんな話になった。


「加々崎くん。あたしが目を離していた隙に、天宮部長のエッチな小説を読んでたでしょ」


「は、はぁ? なに言ってんだ。言いがかりをつけるのはよくないぞ」


「『先生やめてください』……でしょ?」


「……っ!! そ、そういえばそんな名前の小説もあったな。中身は確認していないが……ああ。読んではいないさ、読んでは」


「顔中冷や汗まみれだよ、加々崎くん。いひひひ。実はね、そのパソコンはデスクトップキャプチャーが動作してるのよ」


「デスクトップキャプチャー……?」


「うん。簡単にいえば、パソコンに映し出された画面がすべて録画されているってこと。しかもパソコンの前にもカメラがあってね……」


「!? ま、まさか……俺が何を見てたかってことが、すべて筒抜けってことか……!?」


「そういうこと。察しが早いね……ふひっ。ねぇ、加々崎くん」


「な、なんだ」


 俺の耳元で、小声で話しかける遠井。

 それは悪魔の取引だった。


「このこと、天宮部長に言っちゃってもいいかな? いえ、ここにいる女子全員にバラしちゃってもいい? 天宮部長を親衛してるあたしとしては、尊敬する先輩の作品を盗み見されたことは業腹なのよねー」


「バ……なに勝手なことを……。元は言えばお前が……!」


「でも加々崎くんは自分から見たわけでしょ? あたしの監視から逃れてさ。自分の意思で。違う?」


「それは、そうだが……」


「でしょ。罪じゃない、それ」


「うぐ……だ、だけど」


「だけどもへったくれもないよ。ふつうなら窃視罪として文芸部員女子全員で迫害して然るべきところなんだから。でも~……特別に、黙っておいてあげないこともないわよ?」


「……なんだよ。どうせなにか条件があるっていうんだろ」


「まーね。話がわかるじゃない」


「くそ……やっぱりか。何が望みなんだよ」


「んー。それはまだいいかなぁ。とりあえず『何でも言う事を聞きます権』を一個あたしにちょうだい。それでこの件は不問にしてあげる」


「……すげぇ怖いなその権」


「そんなに怖がらないでって。近いうちに使用することになると思うから、近いうちにね」


 *


 というわけでその『何でも言うことを聞きます権』の使用により、俺は泣く泣く天宮部長とリレー小説を書く事を承諾したのだった。

 好奇心に負けた愚かなる昨日の俺を頭の中でぶん殴っていると、返事がもらえないことに疑問を感じたようで天宮部長がせっついた。


「おい。話を聞いているのか。どんなことを吹き込まれたのかと聞いているのだ」


「ま、まぁー俺のことはどうだっていいじゃないですか。ね、天宮部長。そんなことより俺たちも小説の方針を決めないと」


「む。それもそうだな。いったいどんなものを書くべきか……」


 もともと俺への興味が薄かったのだろう、天宮部長はあっさり引いてくれた。それはそれで悲しいなオイ。

 天宮部長はいう。


「加々崎。わたしが君の作風に合わせよう。君は書きたいように書け」


「え? でも俺が書けるのってっいったらファンタジーになりますよ?」


 天宮部長がファンタジーを書けないことは、昨日の件でわかっている。俺に合わせる形となると、天宮部長が一番嫌っている異世界チーレムを書くということになる。

 しかし天宮部長はいう。


「案ずるな。わたしだって経験がないわけではない。書ける」


「…………」


 いやその経験を見させてもらった上での意見なのですが。

 根拠の出処が出処なだけに力強く反論できないのがもどかしい。俺とてせっかく天宮部長と合同で書くのなら面白い作品に仕上げたいと思う。天宮部長に譲歩させて結果作品のクオリティを下げるようなことはしたくない。

 ならばと思い、俺は提案をした。


「いえ、ここはですね……俺が天宮部長の小説に合わせますよ」


「何? お前が、わたしに?」


「はい。天宮部長が得意なのは青春モノでしたよね? まー俺も書いたことはないんですがファンタジーと違って簡単っぽそうですし」


 ファンタジーは異世界を題材にしているため、ある程度の知識がなければ作れない。

 だが青春モノは現実が舞台だ。現実に生きていて、しかも青春真っ盛りの高校生であることから俺にだって青春モノのひとつやふたつくらい書けるだろう。青春モノはハードルが低い。

 ……ということを含んでの発言だったのだが、天宮部長は見るからにイラッとした態度を示して俺に反論した。


「残念だが、加々崎に青春モノは書けない」


「は!? いや、そんなことはないでしょう」


「お前の作品は、先日の『勘違いしているのは俺じゃなくてこの国だ!』となろう大賞用に投稿されている『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』とを読ませてもらったが――」


 あ、天宮部長も俺の小説を読んでくれてたんだ。なんか嬉しい。

 天宮部長は剣呑な口調でいう。


「君の作品は、青春していない」


「……青春していない?」


 なんだその大塚先生みたいな表現は?

 っていうか天宮部長も好きだよな、青春って言葉。ああ見えて意外と気の合うふたりなのかもしれない。夕陽に向かって走るふたりの姿を想像する……うん、ないな。

 天宮部長はいう。


「いいか? 最初から強い人間が勝つのは当たり前だろう。むろん最初の最初は無力な人間から始まるのだが、それがどうして死んだ途端に都合のいい力と都合のいい世界へ行き着くのだ? そして努力もなしに強敵をなぎ倒していくのだ」


「ええ? だってそれが面白いから……」


「面白くない。ハッキリ言う、そんなストーリーは面白くない」


「でもなろうじゃ人気じゃないですか。それは面白いってことの裏打ちでしょう」


「それはなろうにいる読者たちが欲望にまみれた愚民ばかりだからだ」


「……………………」


 あんたねぇ、そういうことは本当に口を慎むべきだと思うよ。言うに事欠いて愚民て。


「天宮部長……『読者がわかってくれないから』なんて言いだしたら作者は終わりだと思うんですが」


「事実だから仕方ない。実際わたしの作品はなろう外では好評を得ているぞ」


「そりゃあ場所が違えば需要も違うでしょうよ」


「だからだ。君が書いているのは『なろうでしかウケないもの』なのだ。そんな君がもし、なろうでウケている要素すら捨てたら一体どんな拙い小説が出来上がるやら目も当てられない」


「むぐぐ……」


 確かにそれに関しては反論できない。


「わたしが言いたいことはだ、加々崎――お前はファンタジーしか書けないということだ」


「い、いや……そりゃ俺はまだ活動期間が短いですし、ファンタジー以外は書いたことありませんけど……いくらなんでもまったく書けないってことは」


「まったく書けないとは言わない。だが面白いものを書く技術は持ち合わせていない。君の作品を見ればわかるよ。君はジャンルだけで評価された人間だ」


「ジャンルだけで評価された……それってつまり中身がないってことっすか……」


「そういうことだ」


「…………」


 本当に容赦のない人だ、このお方は。


「君が書けるのはファンタジーしかない。ならばわたしがそれに合わせるしかないだろう――安心しろ、わたしには実力がある。異世界チーレムを書くのは屈辱だが、概要は把握している。君の出した素材をうまく料理してやろうではないか」


「……そうっすか。まぁそれしかないっていうなら、そうしますか」


 正直不安な気持ちはあった。俺も天宮部長の実力はある程度認めているものの、それは青春モノに限った話だ。

 俺がファンタジーを得意とし青春モノを苦手としているように、天宮部長も青春モノを得意としファンタジーを苦手としている。

 そんな意識はあったものの、しかし俺は天宮部長の案に乗ることにした。確かに俺が青春モノを書くよりは、天宮部長にファンタジーを書いてもらったほうがいくらか希望がありそうだったからだ。


「それじゃあ書き出させてもらいますよ、天宮部長」


「ああ。ふたりで最高傑作を作ろう」


 *


 そして俺と天宮部長の合同リレー小説は完成した。

 のだが……


「え、え~っと……」


「お、面白い、かな? うんっ、キャラはいいと思うっ!」


「……でも加々崎くんのパートと天宮部長のパートでキャラがブレ過ぎな気が……」


「しっ! 変なこといったらふたりがかわいそうよ……!」


「ストーリーも整合性がない……やりたいことがバラバラって感じで……」


「あー、えっと……ふ、ふたりとも頑張ったんですよね! お疲れ様です!」


「…………加々崎くん、それに冬子、これはなにかしら」


「え、えー? 何と問われましても……」


「……わたしたちなりに努力した結果だが」


 結果は惨敗だった。

 いやね、言い訳をさせてください。

 ……なんで俺の書いたヒロインがみんな主人公のことを実は嫌ってるって設定になってんだよ! ヒロインは主人公のことが好き、ハーレムものの鉄則だろうが! なんでそこ変えちゃうんですかねぇ! バカなの!? 天宮部長ってもしかしてバカなの!?

 しかも何だよ! 主人公の持っている武器が土壇場で壊れるとか! 七面倒臭い伏線まで貼りやがって、バトルのテンポが乱れること夥しいよ! スカッと勝たなきゃ爽快感がないだろうが!!

 天宮部長はボソボソとした声で俺にいった。


「すまないな、加々崎。やはりわたしにはファンタジーは肌に合わないようだ」


「でしょうね!! もう書いてるうちにひしひしと伝わってきてましたよ!!」


「いや、本当にすまない。どうしてもストーリーがつまらないので、つい」


「責任転嫁しようとすんな!!」


 天宮部長は謝罪こそ口にしていたものの、その表情には申し訳なさがほとんど現れていない。どちらかというと『ジャンルが悪かった』とでも言いたげな煮え切らない表情だった。

 あんたがファンタジーも書けるといったのに、その顔はねぇでしょうよ。


「……まぁいいわ。完成した作品こそちぐはぐだけれど、いっしょに小説を書いたことでふたりの仲も少しは良くなったでしょうし」


「ぜんぜん良くなってねーですよ! むしろ悪化してますわ!」


「そうだな。今回のことでわたしと加々崎は決して相容れない者同士なのだと認識できたよ」


「あららぁぁ……」


 さすがの大塚先生もこれには堪えたようだ。手に負えないとでも言いたげに呆れた表情を浮かべる。

 気を取り直して大塚先生はいう。


「でも不思議よね。みんなが書いた5人のリレー小説はちゃんと足並みが揃っていて面白かったわ」


「……確かに、そっちの方は良かったですね」


「ああ。みんながみんな好きなことを共有していたな」


「5人で書いたものより、2人が書いたもののほうが足並み悪いなんてね……きっとふたりの個性が強すぎるからなんでしょうね」


「それ褒めてるんですか?」


「褒めてるわよぉ!! 個性は強いほうが素敵よ!!」


 うーん。あんまり納得ができない。なんか無理やりフォローを入れられている感がする。


「ま、今回のレクリエーションは先生としてもとても楽しめたわ。みんな、お疲れ様」


「「「お疲れ様ー!!」」」


 文芸部員たちは和やかなムードになった。

 感想会がひとしきり終わったら、下校時間も間近に迫っていたので、みんな帰り支度をし始める。

 しかし俺と天宮部長が帰り支度を整えているのを見ると、大塚先生はこんなことを言ってきた。


「あ、加々崎くんと冬子はまだ残っていて」


「え? なんでですか?」


「そこにダンボール箱があるでしょう。原稿用紙を保管するためのダンボール箱なんだけど、そろそろ中身がいっぱいで倉庫に運ばないといけないのよね」


 大塚先生は俺と天宮部長を見据えて、ウフと微笑んだ。


 *


 ふざけるな。

 なんで俺と天宮部長がこんな雑用までせにゃならんのだ。


「仕方がない。つまらない作品を書く事は、作者にとって罰せられるべき罪なのだ。これくらいの報いは受けねばならない」


「だからって俺たちがダンボール箱を運ぶことはないでしょうよ……」


 こんな雑用押し付けやがって、あの先生め、どうしてくれよう。独身らしいし結婚相手が見つからないとでもいうような噂を流してやろうか。

 俺と天宮部長はそれぞれダンボール箱を一つずつ抱え込んで、放課後の廊下を歩く。遠くから聞こえる運動部の声と、夕日が差し込んだ学校の廊下になんだか一段と疲れを感じてしまう。

 一歩先に進んでいる天宮部長。俺は後ろ姿しか確認することができない。背中まで伸びた黒髪が、なぜかこの時ばかりはすごく綺麗に見えた。


「すまなかったな、加々崎」


「へ? 何がですか?」


「リレー小説だよ。もっとわたしが君に合わせていればこんなことにはならなかったはずだ」


「……気にしないでくださいよ。このくらいの雑用なんてことないですから」


 つーか似合わないこと言わんでください。むず痒くなってくるじゃないですか、天宮部長。

 とは口から出てこない言葉だった。

 天宮部長は後ろにいる俺にも聞こえるくらい大きな溜息をついた。それから喋る。


「やはりわたしには才能がないようだ。本当に、いくら足掻いてもファンタジーが書けない」


「…………才能ですか」


「フッ。わたしとしたことが――才能などというものはこの世には存在しない。それがわたしの持論だったのだがな」


「いえ。才能は、あると思いますよ。スタートラインから勝負には差がついているものだと俺は思います」


「そんなことはない。いや、スタートラインから差がつくことはあるだろう。しかしわたしはそれを才能だとは思っていないよ」


「才能だと思ってないって……じゃあ、『何』が差を作っていると言うんですか?」


「『好きな気持ち』が差を作っている。わたしはそう考えている」


「『好きな気持ち』……?」


「ああ」


 カキーンと、ボールがバットに打たれた音が聞こえた。見ると、グラウンドで野球部が練習をしていた。

 俺も天宮部長も窓の外を眺めている。眺めつつ、歩を進める。


「わたしは二年前、つまり高校一年生のころに小説家になろうで活動をし始めた。当時からわたしが好きだったジャンルは青春モノだったのだ。だから青春を題材にした長編小説をなろうに投稿した」


「青春モノの、長編小説……」


「だがまったく読まれなかった。どうして読まれないのかわたしにはわからなかった。ある日ふと気になってランキングを見にいったのだ。そこで気づいた」


「ランキングを見て気づいたって、それって……」


「そう。ランキング上位にある作品はどれもこれも全てがファンタジーだったのだよ。わたしの書いていたような青春モノは一つとしてなかった。一日に限ったことじゃない、何度見ても、何日経ってもファンタジーばかりがランキング上位を占めていた」


「…………」


「悔しかったよ。恨みもした」


 今、天宮部長はどんな顔をしているのだろう。後ろにいる俺にはわからない。想像することすら、なんとなく怖くなってできない。

 天宮部長はフッと強気に笑った。


「だから見返したくなったのだよ。ファンタジーではないジャンルでランキング上位に入れば、わたしの勝ちなのだと……な。今思えば無駄な努力をしていたように思う。当時のわたしはどうしてもなろうで人気を得たかったようだ」


「…………なろう以外じゃ、ダメだったんですか。どうしてもなろうじゃなきゃダメだったと」


「そうだな。なろうでなければダメだった。なろうでなければ逃げだと思った――意地を張っていたんだよ。底辺作家なりの、意地を」


 意地か。27億文字も書いてしまうような天宮部長が意地のためだけに……いや、そんな天宮部長だからこそ意地のためだけに書けてしまうのだろう。

 俺にはそんな気力はない。初めて書いた小説が総合評価0だったらきっと立ち直れなかっただろう。俺が今小説を書けているのは、だからきっと奇跡なんだろうな。


「そしてわたしは、奇跡も信じていない」


「奇跡も……?」


「ああ。加々崎。君はもしかして、初めて書いた小説が好評を得たことを奇跡だとは思っていないか?」


「……っ! あ、いえ……ん。まぁ、多少は」


「フッ。君がランキングに選ばれたのは、奇跡などではないよ。そこにファンタジーを『好きな気持ち』が、異世界チーレムを『好きな気持ち』があったから、君はランキングに選ばれたのだ」


 不意に、胸が熱くなった。

 書き出す前のこと、なろう作家になる以前俺はずっとなろうで小説を読んできた。それは『好きな気持ち』があったからで、そしてそれは作家になってからの力に変換し得るものなのだ。

 天宮部長の言葉に、俺は心が震えてしまったのだった。

 天宮部長は顔だけ振り向けて、俺の方を見た。天宮部長の表情には、柔らかい笑みが浮かんでいた。


「だがわたしだって『好きな気持ち』の強さは負けていないさ。初めての投稿作から二年の間、わたしは青春モノだけを書き続けてきたよ。青春モノが好きだったから、ずっとずっとそれを書いてきたから。相変わらず読んでくれる人は少なかったが、次第にお気に入りや総合評価が増えていった。そして――」


「『それでも僕らは諦めない』ですね」


「ああ。15,000ptもの総合評価を得るまでに至った。奇跡ではなく、実力でここまで来たと思っているよ。わたしはこの作品を大切にしたい」


「……そうですね。愛着があるんでしょう」


「わたしのような作者はごまんといる。ファンタジーが書けないだけで実力のある人たちはたくさん埋もれている。その人たちに希望を与えたいのだよ、同志としては」


「同志への、希望……」


「大義のために、わたしはこの作品で必ず大賞を取ってみせる。君には悪いがな」


 フフフフと目を線にして天宮部長は笑った。天宮部長がそんな表情をするとは思っていなくて、俺は不覚にも顔を赤らめてしまった。夕日の色によって、俺が赤面したことには気づいていないようだったが。

 本当に、青春モノが好きなんだなと、天宮部長に対して思った。小説家になろうでウケないからという程度の理由では覆せないほどに、天宮部長の『好きな気持ち』は強固なのだ。

 27億文字。読者のつかなかった二年間。俺なんかには想像がつかないほど過酷な冬の時代を過ごして、今の天宮冬子がいる。

 通りで勝てねぇわけだよ――なんて、弱気になるつもりはないけどな。そもそも俺は負けちゃいない。情にほだされて手を抜くなんてことは俺は絶対にしない人間だ。

 天宮部長も、それをわかって俺に話をしてくれたんだろう。逆境を前に立ち上がれるこの人なら、たぶんきっと……。俺は、俺の好きなようにやるだけだ。


「ついたぞ」


 そうして話をしている間に、俺と天宮部長は倉庫に到着した。

 扉を開けて中に入る。


「うおぉ、けっこう色んなものが置いてありますね」


「他の部が使っている道具やらもあるからな。文芸部のスペースはもっと奥だ」


「よいしょ……。散らかってんなぁ。これ置く場所無くないっすか?」


「元からあるダンボール箱の上に積むしかないだろう」


 天宮部長に言われて、俺は目の前に積まれていたダンボール箱の上に持ってきたダンボール箱を置いた。

 入れ替わるように天宮部長に場所を譲る。


「よい、しょ……」


「大丈夫ですか? 俺手伝いますよ」


「構うな。あともう少しで置ける……っ!」


 俺がダンボール箱を先に置いてしまったことで高さが増したのだ、天宮部長は自身の身長より高く積み上がったダンボール箱の上に持ってきたダンボール箱を置こうとしている。見ている側からしてかなり危なっかしい状態だ。

 なかなか奥まで押し込めない様子の天宮部長。気が急いたのか、「とうっ!」とジャンプして押し込もうとした。しかし着地の際に足を滑らせてしまう。


「う、うわぁぁぁ!!」


「天宮部長っ!?」


 ドンガラガッシャーンと置きそこねたダンボール箱は落下して、天宮部長は尻餅をついて転んでしまった。

 おいおい何をやっているんですか、こういう時はちゃんと人に頼ったほうがいいですよと注意しつつ転んだ天宮部長に手を差し伸べようとしたその瞬間。

 天宮部長のスカートの中に目が行った。


「あっ……」


「痛た……ん?」


 天宮部長はバランスを崩して尻餅をついてしまった。その際足を広げてしまったため、スカートの中身が全開になっていた。

 天宮部長のパンツが丸見えである。股間の肉が食い込むほど布地の少ないパープルのブラジリアンカット。意外にもむっつりスケベな趣味を穿いておられた。

 俺は慌てて身を引く。


「うおおおおおおぉぉぉぉっ!? す、すみませんっ! 見るつもりはなかったんですがいわゆる不可抗力で……!」


「ん? ああ。なんだ、下着が見えてしまったのか。フフッ。これははしたない」


「え……あ? あ、あれ」


「よいしょっと……。なんだ? もしかして下着を見られて恥ずかしがると思っていたのか? わたしはその程度のことで気を取り乱したりはしないよ」


 あ、そうなんですか。へー。

 ……なんだろう、なにかに負けた気分だ。パンツを見た俺のほうが恥ずかしがってしまっている。くそう、どうして先輩女子のパンツを見て敗北感なんか味わわなければいけないんだ。ふつう逆だろう。

 天宮部長は尻を叩いて、ダンボール箱の中から散乱した原稿用紙を集める。俺もそれにならって原稿用紙を集める。


「な、なんだよう。パンツを見られたらもっと恥ずかしがるもんでしょうに……」


「おいおい。顔が赤いぞ加々崎。もしかしてわたしの下着を見てドキドキしているのか?」


「んなっ! そんなわけねーでしょう! 俺には彼女だっているんですから!」


「フフフ。怒鳴って反論するとかえって怪しく見えるぞ? なんならもう一度見るか? わたしのパンツ」


「痴女みたいなセリフ吐かんでください……まったく」


 スカートの裾をつまんでひらひらさせる天宮部長に俺は呆れた。

 つーかいつの間にか俺に対してフランクだよな? 話してみれば案外軽口を叩くような人なんじゃないか、天宮部長も。……男子にパンツを見せようとする気は知れないが。

 これ以上調子に乗らせたくないので、俺は大人しく原稿用紙を集めていく。


「ん? この原稿……天宮部長が書いたんですか?」


「さあな。わたしが書いた作品もその中にはあるだろうが」


 二行目に天宮冬子の文字がある。天宮部長は原稿用紙を拾うことに集中しているので気づいていないようだが……。

 うむ。

 いたずらごころが芽生えたのだろう、俺はその原稿用紙を口上した。


「作・天宮冬子。タイトル『先生やめてください』」


「……っ!」


 ピク、と天宮部長の手が止まった。

 俺は本文を読み始める。


「『「せ、先生。こんなことダメです……生徒の制服を脱がせるなんて」雨宮春子はふたりしかいない教室で叫んだ。愛していた先生が豹変したことに悲しみの涙を浮かべながら』……」


「やめろおおおおおおおおぉぉぉおおおぉぉおおおぉぉーーーーっ!! その、その原稿は読むんじゃなぁぁいいぃぃっ!!」


 天宮部長の目の色が変わった。まるでヒョウのような素早い動きで俺が手にしていた原稿を奪い取る。

 ハァハァと息切れして、顔を真っ赤にしながら原稿用紙を抱き抱える天宮部長。パンツを見られた時とは大きく違って、耳まで赤くなるほど羞恥心に苛まれている様子だった。

 面白いので、右手に持っていたもう一枚の原稿用紙を俺は口上した。


「『「あ、あんっ! 先生っ! それ以上はら、らめぇ!」雨宮春子は先生の腕に身悶えする。服の上から執拗に乳房を撫でられて、抵抗したくても力が出ない。だが心のどこかで先生の愛撫に悦んでいる自分が存在していた』……」


「うわああぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁーーーーっ! 読むな! 読むなと言っているだろう加々崎ぃぃいぃぃぃぃぃーーーーっ! 貴様ぁぁ! いったい何枚持っているのだぁぁ!!」


 俺の胸ぐらを掴んでぶんぶん振り回す天宮部長。これこれ。この反応が欲しかったんですよ。やっぱり恥ずかしがってる女の子が一番可愛いですからね。特にプライドの高い女子が羞恥に乱れる姿には心がときめくね。

 俺はさらに天宮部長を言葉責めする。


「いやー、すごいっすねぇ。天宮部長がこんなエロい小説を書いているなんて。しかも主人公の名前なんなんですか? 雨宮春子って、完全に自分がモチーフじゃないですか」


「言うなぁぁあぁあぁぁああぁぁぁーーーーっ!!」


「ハハハハ。天宮部長もいい趣味をしてらっしゃる。とても好感が持てますよ」


「う、うがぁああぁあぁあっ! こうなったら……記憶よ消し飛べぇええぇぇぇえぇーーっ!」


「へぁ?」


 思わず間抜けな声が漏れてしまった。天宮部長は、大きく右腕を振りかぶっていた。

 間髪入れず、女子の力とは思えないストレートが俺の顔に炸裂する。


「ぼぐほぉおおおぉっ!?」


「うわぁぁぁぁぁーーっ! 見られた……見られた……! もうお嫁にいけないぃぃぃーー! うわああぁぁああぁぁぁぁーーーーっ!!」


 ノックダウンしている俺には目もくれず、天宮部長はそのまま倉庫の外へ走り去ってしまった。

 少しやりすぎたかもしれない。まぁこれも青春ってことで――薄れゆく意識の中、天宮部長の赤面を思い出しながら、俺はゆっくりと息を引き取ったのだった。

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