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初めて書いてみた小説がランキング1位を取っていたんだが  作者: 北田啓悟
第三章 VSなろう大賞 ブレイク・ジ・エターナル
37/44

3 即興小説対決

「加々崎くん。ただ勝負するだけでは面白くない。負けた方には何らかの罰を科すとしよう」


「ずいぶんな自信ですね、天宮(あまみや)部長……いったいどんな罰を?」


「そうだな……では、負けた人間は、勝った人間の作品にひとつレビューを書かなければならないことにしよう。むろん賞賛を送るのだ」


「……なるほど。つまり負けた側が、勝った人のファンになるってことですね。いいでしょう、乗りました」


「フッ。嫌いな作品を褒めちぎる、これ以上の屈辱はあるまい――それでは先生、始めてくれ」


「オーケー! では両人ともパソコンの前に座って、テキストドキュメントを開いて――レディィィーーゴゥッッ!!」


 勝負の幕が、切って落とされた。


 *


 即興小説。

 つまりその場で小説を書くという行為に、俺は経験がない。だが不利な勝負だとは思わない。俺は基本的に頭の中にある展開をそのまま書き綴るタイプだからだ。普段から即興で小説を書いているといってもいい。

 しかし俺の隣にいるこの天宮部長も、相当の手練と見る。さっき文芸部員たちが俺にこんなことを言っていたのだ。


「や、やめたほうがいいよっ! 天宮部長が即興小説を書くところは私たちも見せてもらったことがあるけど……その場で書いたとは思えないくらい面白かったんだから! 書き進めているところを後ろで見てたくらいで……」


「そうよそうよ! 部長は発想力が常人と違うの! アイディアのストックが常に頭の中にあるのよ!」


「筆の速さだって常人の比じゃないんだって! 天宮部長は何年も、いえ、十何年も小説を書き続けてるんだって! 普通の人じゃムリ、絶対ムリっ!」


 ずいぶん天宮部長を信頼している節があった。必死に勝負を止めようとしてきた。

 文芸部員たちとしては、ここで俺が敗北を喫して文芸部への入部を取りやめるようなことは避けたいのだろうが……そんなこと俺には関係ない。

 あれだけ挑発されたのだ、大人しく引き下がっていられるか。


「――恋愛、か」


 即興小説を書く際には、ひとつお題が出される。お題に沿った内容を作らなければならない。

 出されたお題は『恋愛』だ。

 恋愛なら、ある意味俺の得意分野ともいえる。いつも書いている『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』にはハーレム要素があるからな。勝手がわかる。だから自信はある。

 チラッと、横に居る天宮部長の様子を見てみた。


「…………して……ど…………わかってる、けれど…………うん……愛し…………す………………はい……」


 ぶつぶつと、まるで思考が口から漏れ出ているかのように独り言を呟きながら驚くべき速さで文字を打っていた。

 ――この人、セリフの文字を小声で音読しているのか? いや、地の文まで…… 

 かなり集中しているようだ。よそ見をしている場合ではないな。


「集中……」


 俺は目をつむって頭の中でプロットを作る。

 キャラクター、ストーリー、セリフ、見せ場……書きたいものをありったけ想像して、ひとつの物語を形成させる。

 俺が書きたいものはやはり――ファンタジー。

 そうだ。思いついたぞ。ファンタジーで恋愛というのなら、王道ストーリーがあるじゃないか。勇者が魔王を倒して姫を助ける……これだ。この路線で行こう。


「まず勇者は伝説の剣を持ってて、んでドラゴンに乗って……で、それだけじゃつまんないから、もうひと捻り……」


 そうだなぁ。こんなのはどうだ……もともと主人公は凡庸な生まれの村人だった。しかしその容姿が、とある伝説の勇者と瓜二つだった。ある日村を訪れた調査兵の軍服を間違って着てしまい、その伝説の勇者に間違われて城に連れさらわれてしまう。剣の技術なんてないんだけど、城に保管されていた、伝説の勇者が使っていたという剣を握るととたんに最強の力を得る。実はその剣には持ち主の力を増幅させる力があって、それによって魔王軍をなぎ倒していく、と……うん、いけそうだ。これなら面白くなるぞ。

 あとはこれをどう恋愛に絡ませるかだが……、うーむ、そうだな。ヒロインだが……ひとりは魔王に連れさらわれた姫様。もうひとりは、村人のころからずっと好意を寄せていた幼馴染。で、さらにもうひとりが、共に戦う姫騎士なんかを。あ、魔法使いもいいかもな。いや、さらにドラゴンは実はメスで、人間の姿に変身できてだな。いやいや、魔王軍のロリ悪魔が仲間になる展開も捨てがたい。……最終的に誰とくっつけようかなー。ま、これは書きながら考えるか。

 ……って、これ短編にまとまり切るのか? 今俺が書かなきゃならんのは一話完結の短い話だぞ? こんなに風呂敷を広げてしまっては即興では絶対に書けん。うむむ、どうするべきか……。


「3000文字」


「……?」


「とりあえず3000文字は書けたぞ」


「え、マジかっ!?」


 天宮部長は、俺の方を横目に見て、口角をニタリと挑発気味に上げて俺にそう言った。そう言っている間も、タイプしている指は止まらない。完全に書くことを理解している状態だ。


「3000文字だって! さすが天宮部長!」


「あぁ、やっぱ部長って天才だわ……はぁ、当て馬にされて、あの子かわいそう……」


「と、とにかく抜けさせるわけにはいかないから、フォローは入れるようにしましょ?」


「そうねっ。実際、部長と張り合おうとするだけで勇気あるもんね」


「うぐぐぐ……マ、マズいぞ……」


 3000文字? 3000文字って、まだ30分しか経ってないぞ!? 1分100文字のペース? 1秒あたり1文字以上じゃねぇか! どんな速筆なんだよ!!

 いや、筆が速いのも驚きだが、まったくのゼロから3000文字まで迷いなく書いたっていうのか!? 俺はまだプロットの段階だっていうのに……この人、予想以上にヤバい!! 創作マシーンか!!

 くっそ、俺も早く書き始めないと……制限時間は下校時間まで。書き始めたのが三時半で、下校時間は六時半。三時間なんて普段ならとてつもなく長く感じるものなんだが、小説を一本書き終えるのには三時間は少なすぎる。

 急いでエンジンを入れないと、未完成のまま時間が来ちまう。未完成の状態で時間が来た場合は読まれることもなく負けってのが今回のルールだからな。とにかく形にしないと。

 落ち着け……大丈夫だ。こっちも大筋は決まったんだ。こっからだ、こっから。

 そう――書きたいことは、決まったんだ。


「書き出させてもらいますよ、部長さん……」


「ふん。ようやく動き出すのか。せいぜい未完にならないよう気をつけることだな」


「あんたこそ、追い抜かれないように気をつけろ……!」


 俺は冒頭を書き始めた。物語の始まり、その一文を。


 *


 二時間後。

 物語の大筋があらかた固まり、書くべきシーンと切り捨てるべきシーンを決断でき、順調に80%まで書き進めていた。残すは最後の見せ場と締めのシーンだけだ。


「はぁ……ふぅ……」


 息切れしている。いくら動かすのは手だけとはいえ、執筆は知的労働だ。二時間も集中し続けていれば座りっぱなしでも体力を根こそぎ消耗してしまう。

 それは、隣にいる天宮部長も同じようだった。


「…………………………………………」


 集中を失った目つきと明らかにスピードの落ちた手の動き。さらにバックスペースキーで多くの文章を削除している。頭が回っていない証拠だ。

 どん、と天宮部長は拳を握って机を叩いた。音に驚いて俺は気を取られるが、天宮部長が次に発した言葉でさらに意識を奪われることになる。


「コーラ……」


「…………? 何? コーラ……?」


「千夏、コーラを入れてくれ」


「はーい」


 遠井(とおい)千夏(ちか)はそういわれると、部室にある冷蔵庫から、容器が白みを帯びるほど冷えているコカコーラのペットボトルを取り出して天宮部長に差し出した。


「すまないな」


「いえいえ。頑張ってください」


「ああ……ん、ごく、ごきゅ……ぐっ……うんぐっ……ごぐっ…………ぷはぁぁぁーーッ! 生き返るッ!」


 プシィィッという爽快な音を立てて蓋を外して口をつけると、一気に半分ほど中身を飲み干した。コーラを飲んだ天宮部長の顔には生気が戻り、やる気が漲っているようでさえあった。

 何より、天宮部長の飲んだそのコーラを俺はとてつもなく美味しそうだと感じ、見ているだけで喉の渇きを抑えられなくなってしまった。

 近くに座っていた大塚先生が不敵な笑みを浮かべる。


「冬子……ついに飲んだのね」


「……? どうかしたんですか、大塚先生」


「気をつけたほうがいいわよ、加々崎くん。コーラは効率的に糖分を補給するドリンク。冬子は集中がピークに達した時、アレを飲んで糖を補給しているの……佳境に入ったのね」


「そうか……糖分か」


 どうしてコーラが美味しそうに見えたのかわかった。俺も疲弊して糖分が不足しているからだ。

 俺も飲みたい……コーラを飲みたい……。

 チラチラと俺はしょうしょうためらったが、誘惑に抗えず天宮部長に乞うてしまった。


「あ、天宮部長。俺にもコーラを……」


「ダメだ。ここは文芸部の部室だ。部外者に出してやるコーラはない」


「なっ……!? ざけんなっ、飲み物くらい客に振る舞えよ!」


「うるさい。気が散る。話しかけるな」


「くそ……ッ!」


 敵に送る塩はない、か。仕方がない、一気に書き終えて一瞬でカタをつけてやろう。そうさ。一気に駆け抜ければ、書ききれるはずだ。


「し…………うん…………あ……大丈夫………………そ…………そして…………二人……は……………………」


 コーラを飲んだ後の天宮部長は、まるで水を得た魚のように再び集中力を取り戻したようだった。

 タイプのスピードも以前の速さを取り戻している。残り少ない時間に対して、表情に余裕が戻ったのを見ると、どうやら完成は間に合いそうな雰囲気だ。

 それに比べて俺は指が重い。話を一歩進めることが困難で、まるで鉄球の足かせをつけたままマラソンをされているような疲労を覚える。


「あともう少しだってのに……あ、ぐっ! くそっ、頭痛までしてきやがった……ハァ、ハァ……」


 展開は頭の中にある。俺の中ではもう小説は完成している。あとはアウトプットして形にするだけなんだ。

 なのにそれを成し遂げるための体力が足りない。脳に体が追いつかない。非常に歯がゆい。

 そして、ついに――


「完成した」


「ッ!!」


「ホントですか! やったぁ、天宮部長が先だぁっ!」


「見たい見たいっ! 読ませてくださいっ!」


「私もっ!」


「慌てちゃダメよ! 読むのは制限時間が来た時! でないと公平じゃないわ!」


「先生~、公平って言っても……あの子、まず書ききれるかどうか……」


「……っ! くそ、くそ……!」


 焦りが一気に増幅した。先を越されてしまったんだ。

 文芸部員に微笑を返していた天宮部長は、それから俺の方をヌッと向いて挑発気味の笑みを浮かべた。


「フフ。どうだ? わたしは書き終えたぞ。このままでは不戦敗になりかねんかな」


「うるさい。気が散る。話しかけないでください」


「時間が来たときが楽しみだな! 未完成の小説を手に吠え面をかく君の姿がありありと目に浮かぶよ!」


「黙れっつってんだろッ!」


 くっくっくと嫌らしく笑って余裕綽々の天宮部長。

 確かに俺が不利であることは俺自身否定できない。このままでは本当に不戦敗になってしまう。

 残り時間は二十分。さっきまでは80%も書けたと思っていたのに、今はまだ20%も残っているという意識になってしまった。完全にネガティブが入っている。

 呑み込まれるな……書ききるんだ……! 書ききればあのふてぶてしい笑みをぶっ飛ばせる……!

 だけど……!


「あぁ……ぐッ! はぁ……ちくしょう……!」


 ズキ、と頭が痛んだ。

 ――疲労が限界を迎えていた。目眩を感じるし、語彙が全然出てこない。夢を見ているかのような覚束無い感覚だ。

 増えるミス。誤字。矛盾の発見。展開の行き詰まり。手の止まり。

 ……こんなところで力尽きてしまうのか? あともう少しだってのに……。


「か、はぁ……ッ!」


 タイプする手が止まる。

 顔を持ち上げられなくなり、俯いてキーボードをぼおっと見つめる。

 なんだか眠気がやってくる。


「ハァ…………ハァ…………う、ふぅぅ……んッ」


 別に、いいのか。

 いいのか、書ききれなくったって。

 俺がこの小説を書いているのは、天宮部長への対抗心からだ。天宮部長に負けたくないと思ったから書き始めたんだ。

 けど現に俺は今、天宮部長に先を越されてしまった。それはつまり、負けてしまったってことなんじゃないのか?

 もともと勝てる相手ではなかった。勝負したことが間違いだった。そう認めれば、もう書く必要なんてなくなる。

 そうだろう?

 そうじゃないのか?

 大体負けたって天宮部長の作品にレビューを書けばいいだけの話だろう。俺よりすごい作者のレビューを書くんだ。何もおかしいことはないじゃないか。

 きっと面白いに決まっている。俺よりずっと強い人が書いているんだ、面白くないわけがない。ああ、読みたくなってきた。今すぐに作品を読ませてほしい。読ませてくれ、読ませてください、天宮部長。


「ハァ……、あ……ぎ…………ぐぅぅ、かぁッ」


 バカ。バカバカバカバカ。

 何言ってんだ。ダメに決まってんだろ、そんな言い訳。そういう問題じゃねぇんだよ。書ききるか書ききれないか、それだけの問題だろうが。惑わされんな。諦めようとしてんじぇねぇぞ。

 この物語を完成させられるかどうか――重要なのはそれだけなんだよ。

 周りの事なんて気にしなくていい。こいつさえ書ききれば……書ききれば……。


「書き、きれば……書き……き……れ…………」


 意識が――


「がぼふぁっ!」


 俺は、ぶっ倒れた。

 パソコンのキーボードに思いっきり突っ伏した。


「……終わったか」


 天宮部長はそういった。その言葉には今まであったような挑発は含まれていなく、むしろ失望しているような声音だった。ガッカリしたとでもいうような。

 ……すまない。

 すまない、それしか言葉がみつからない。

 すまない……。


「アルクっ!!」


 ガラ、と扉が開いた。

 友人の声だ。


「あれっ!? 君、いつの間に部室の外に!?」


「すみませんっ、みんな見入ってたようなので邪魔しないようにと……ア、アルクっ!」


「…………ああ」


 心配そうに肩を揺さぶってくる友人。

 俺は返事をすることしかできない。


「どうしたのっ!? やだ、倒れないでよぉ!」


「う、ぐ…………」


「あぅぅぅっ! しっかりしてっ、しっかりしてぇっ!」


「……すまんな。俺はもう限界みたいだ……すまん」


「そ、そんなこと言わないで! アルクはいつだって壁を乗り越えてきたじゃない! 今回だってぼくは信じてるから、信じてるからぁ……! ……ほ、ほら、これ!」


 俺の手元に、何か冷たいものがあたった。

 見てみると、とてもよく冷えた缶のドリンクだった。


「……これ、は」


「頑張って……ねぇ、頑張ってよぉ、アルクぅ……」


 今にも泣き出しそうな弱々しい口調になる友人。

 意識が覚醒する。

 ……そうだ。

 何考えてんだ俺。そうだよ。天宮部長に負けたわけじゃねぇんだよ。単純なこと。コーラというハンデがあったから差がついただけじゃねぇか。つまり……


「……へへ。ありがとよ。ここの部長はいじわるでよぉ、飲み物も入れてくれなかったんだ。まったくケチな先輩だよなぁ」


「アルクっ!」


 俺は缶を手に取って、銘柄を見る。モンスターエナジーか。ちと効き過ぎる栄養ドリンクだが……ここ一度だけ無理をしなければ、逆転するには程遠い。

 蓋を開ける。


「ええいっ! ままよっ!」


 俺はモンスターエナジーを一息に飲み干した。

 枯渇していた糖分が急速に補給される。一気に力がチャージされる。

 ……行ける!


「残り時間は!?」


「あと十分!」


「それだけありゃあ十分だ!」


 一度書いたものを途中で投げ出しちゃいけない。

 一度書いたら、最後まで書くのが作者の使命だ。

 小説を最後まで書ききるのは、そりゃあ容易なことじゃない。わからないこと、上手く書けない場面、理解されないストーリー……辛いこと苦しいことは嫌になるほどたくさんある。

 だけど――


「ここまで書いたってのに、中途半端で終わらせられっかよォッ!!」


 期待してくれる人、読んでくれる人がいるなら、手を止めるわけにはいかない。

 『途中』の『その先』を、みんなが期待してくれているのだから。

 俺はラストスパートをかけて、一気に物語を形作る。


「よし、よし……大丈夫だな、よし……」


 文章の端々を点検しておかしいところはないか確認する。

 矛盾点はどこにもない――オールクリア。

 あとは締めの文章を。


「アルクっ! 時間が……」


「――――」


「……いや。うん……大丈夫だよね」


 集中しきっている。

 頭の中にあった物語が、『小説』という形になって誕生する。

 そして最後の一文にピリオドを打つ――


「できた……」


「アルク……っ!」


「できた、完成したぞぉぉぉおおおおぉーーーーッ!!」


「おおぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!」


 俺は小説を、書き上げた。


「おおおっ!! すっごーいっ!! やるじゃないあの子!!」


「時間いっぱいまで頑張ったわね!」


「これはあの子の小説も楽しみー! はやく読もうっ! はやくっ!」


「フン。ギリギリもいいところではないか。……まぁ完成させたことは褒めてやろう」


「く、へへ……そりゃどうも」


 ガクンと俺は倒れ込んで、さっきのとは打って変わった心地よい疲労感に包み込まれた。

 書けた……あぁ、この時がやっぱり最高の瞬間だなぁ。小説を書いていていつだって思う。完成させた時の喜びは他では決して得られない。格別の……快だ。

 六時半ピッタリ、大塚先生が時間終了の合図を叫ぶ。


「そこまでぇぇぇーーッ! 二人ともお疲れ様っ! 最高に青春していたわよ、あなたたちっ!!」


「はは……ありがとう、ございます」


「さぁ、お楽しみの審査タイムと行きましょうか!!」


 いよいよ結果発表の時が来た。

 大丈夫……俺の書いた小説は面白い。自信をもって、みんなに読んでもらおう。


 *


 書き上がったふたつの小説を、俺と天宮部長以外の人たちが読み始めた。

 審査員は、文芸部員5名、大塚先生、友人、合計で7人だ。

 面白いと思った方に投票をする。票が上回った側が勝者となる。投票数が奇数であることから、どちらかが必ず勝ち、どちらかが必ず負ける。

 どちらが面白いか――ここで白黒ハッキリつけてもらおうじゃないか。


 ●


 作・加々崎歩――『勘違いしたのは俺じゃなくてこの国だ!』


 *


「ガァアアアァァアァァアギギィイィィギアギガィアアァァアァァァァーーッッ!!」


 アークジェネラルは我を失って暴走を始めたようだ。

 いい加減にしてくれ。

 いったいどこまで暴れれば気が済む気だ、この暴君は。

 この俺と心中でもしたいのかよ?

 残念だが、この世界で死ぬわけにはいかないんでな――ケリをつけさせてもらうぞ。


「アリア。ローレ。スターシャ。お前らはここで大人しくしていろ。後は俺がやる」


「後はって……まさかあの魔物に突っ込む気か!? い、いくら貴様でもそれは無茶だ!」


「ここは一旦引くべきでしょ……。アークジェネラルは確実に正気を失っている。暴れるだけ暴れさせて、疲れた瞬間を狙うのがベストだわ」


「で、でもそんなことしたらこの街はどうなるのです! ラットさんの妹の命だって……」


 三人の言葉を無視して、闇と一体化したアークジェネラルの元へ歩いていく。

 魔剣バルムンク、聞こえてんだろ。

 今目の前で、最強の魔王が、最悪の力に目覚めてるんだぜ。

 戦いと血に飢えたお前が、あいつを見逃せるわけないよな?

 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


 ――剣が、震え出した――


 *


「ぐ、うおおおおっ! なんて力だ……!」


 体ごと吹っ飛ばされそうになる。

 バルムンクをもってしてもこの波動か。

 MPも底をつきかけている。

 あと少しだけなんだ。

 大人しく切り裂かれてくれ。


「ドラ子……お前も踏ん張ってくれよ……」


「わかっておるわい……! これでも全力で突っ込んでおるのじゃ……!」


 ビリビリと腕が痺れ出す。

 さすが伝説の英雄でも破れなかった魔王だ。

 楽しませてくれる。

 ああ。

 確かにバルムンクの言うとおりだったな。

 俺は今確かに生きている。

 戦いが生を与えているぞ。


「ぐ……!」


 だからこそ死ぬわけにはいかない。

 死ぬわけには……死ぬわけには……


「「「クライド!!」」」


 後ろから声が聞こえてきた。

 お前ら……

 大人しくしていろって言ったのに……!


「おおおおぉぉぉぉぉ!! 神・光斬波!!」


「水の化身、破壊欲の赴くまま災害を起こせ――ダイダロスディザスター!!」


「クライド……! 後ろはわたしたちに任せて、なのです……!!」


 アリアの神・光斬波が、アークジェネラルの闇を切り裂く。

 ローレのダイダロスディザスターが、激流を起こしてアークジェネラルの動きを止める。

 スターシャに背中を押されて、吹き飛ばされそうになっていた体を立て直す。


「ガァアギアァアァギイィィアァグゲェアァァァァアァァァァァ!!」


「クライド! 今じゃ!」


「おおおおおおぉおおおおぉぉぉッ! いっけええぇえええぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇーーーーーーーーッッ!!!!!」


 ドズシャァァァアァァァッ!!


 魔剣は闇を切り裂いた。

 そして魔剣は闇をも吸い込む――


 *


「で、結局誰のおかげで勝てたのかしら? そろそろ答えを聞かせてもらいたいものね」


「そ、そうです! クライドさんに最も相応しい相棒は、いったい誰だったのですか!?」


「わ、わたしは別に気になってなどおらんぞ! まぁ聞くだけ聞いてやるが……」


「お前ら……姫様が見てる前だろ。興奮すんなって」


「「「興奮なんてしてない!」」」


「あらあら。ずいぶんと仲が良いのですね……うふふふふ」


「まったく、阿呆ばっかりじゃのう……」


 相棒なぁ。

 一番役に立ったのは、結局バルムンクなんだよな。

 でもバルムンクって答えたら絶対殺されるだろうし。

 はぁ。

 どうしたもんかねぇ。

 とりあえずあと少しだけ考える時間をもらうとするか。


「みんな、この話はアドラールに戻ってからにしよう。姫様を送り迎えする最後の仕事が残って……」


「「「ク・ラ・イ・ド~~!!」」」


 げ。

 焼け石に水だったか。

 わかったよ。

 決めればいいんだろ。

 俺に最も相応しい相棒、それは――


「お前が一番相棒に相応しいよ」


 そいつの手を握って、俺は答えを出したのだった。


 ●


「おおー……バトルが迫力満点だねー……これは格好いい……」


「ファンタジーってやっぱり強いよね。剣と魔法の世界は人類の憧れだわ」


「ちょっと荒削りな感はあるけどね。話もかなりテンプレ寄りだし」


「それがいいんじゃないの。私はこういう王道が好きよ」


「えー? でも最後はちゃんと誰を選んだのか書いてほしかったかも」


「主人公むかつく」


「面白いわ!! やるじゃない加々崎くん!!」


 …………。

 ……………………。

 …………………………………………うむ。

 これは精神的に来る。

 書きたてほやほやの小説を目の前で読まれ、さらに感想を言われまくっているのだ。全身から緊張の汗が噴き出てしまう。

 チラッと天宮部長を横目で見る。


「フン。思っていたよりも好評のようではないか。だがわたしの小説はさらに面白いぞ」


 自信は揺らがない、か。こりゃ天宮部長もそうとう自分の作品に信頼を寄せているようだ。

 その小説、どんなものか。


「……楽しみに読ませてもらいますよ」


 ●


 作・天宮冬子――『二十センチ』


 *


 あたしは制服のままベッドに倒れ込んだ。外から聞こえてくる子供たちの声が、この時ばかりは妙に苛立たしかった。

 賢治くんは夢を叶えた。自分の言葉を曲げずに、念願の甲子園出場を果たした。けれどあたしは……。

 応援になんて行けるわけがない。賢治くんの気持ちに応えてあげられずに逃げ出したあたしに、応援する資格なんてない。胸で膨らむ罪悪感は留まることを知らず、あたしの息の根を止めようとさえしてくる。

 罪悪感で死ねたら、こんなに楽なことはないのに。

 ごめんなさい、ごめんなさいと、枕に謝罪を繰り返す。そんなことをしても何の意味もないのに。誰も許してくれるはずないのに。


 *


 あたしは逃げ出しただけじゃない。逃げ続けていたんだ。今に至るまでずっと逃げ続けていたんだ。

 向き合えば、扉はいつでも開くから。

 お姉ちゃんの言葉に助けられるなんてと苦笑が漏れてしまう。やっぱり家族なんだなって。


「賢治くん」


「どうした、彩音」


 賢治くんは振り返って、あたしを見下ろした。言い訳なんていらない。二十センチの身長差なんて、こうすれば簡単に無くなるんだ。

 あたしはジャンプして賢治くんに飛び込んだ。


「賢治くん、好き。大好き」


「彩音……!」


 あたしは賢治くんとキスをした。

 土と汗の香りも、本当はわかっているくせにカマトトぶる仏頂面も、全部好きだよ。


 *


 結局、三年目も優勝は逃してしまった。賢治くんは悔しそうに自身のプレーを反省していた。野球部最後の勝負も終わり、このままプロ野球選手を目指すかどうかは本人もまだ迷っていることだとあたしに語った。賢治くんの中では、きっともう決まっていることなんだろうけれど。

 夏が過ぎて、賢治くんはただの学生に戻った。


「おはよう。賢治くん」


「ああ。彩音か。チビすぎてどこから声かけられたのかわからなかった」


「もう。またそんなこといって」


「嘘だよ。ちゃんとわかってた。いっしょに学校へ行こうか」


「うん」


 あたしは普通の女の子になれた。そんな気がした、二年生の夏だった。


 ●


「ぎゃぁぁぁーー!! 辛いーー! ふたりの微妙な関係性が辛いーー!!」


「甘酸っぱすぎるーー! 彩音ちゃんきゃわわ!! 私もなでなでしてあげたいいいいーー!!」


「賢治くん超絶リア充なのに鬼畜すぎ!! あーでもそれがいい! 尊し! 尊し!!」


「文学アンド少女漫画って感じですよねー。比喩の使い方が素敵、読後感も最高です」


「あーもーごめん。超共感しすぎちゃって涙出てきたんだけど……マジごめん」


「ぐはあああーー!! 続きください! 何でもしますから!!」


「天宮部長の小説……やっぱり安定して面白いですね」


「冬子おおお!! 青春が過ぎるわよおおおお!! 先生もこんな学生時代を過ごしたかったわああああぁぁぁーーーー!!」


 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。

 なんだこの超アウェーな空気。というか文芸部の女子もこんな声出るもんなんだ。大人しい時とのギャップが激しすぎだ。

 というより俺の時より賑やかじゃないか? ヤバいな……俺も相当な自信家だが、この流れは厳しいかもしれない。

 確かに俺も天宮部長の作品は面白いと思った。俺よりも文章が凝っているし、読者への共感というか問いかけが凄まじい。圧倒されてしまう。

 でも……俺の小説だって負けていないはずだ。バトルシーンなんて特に上手く書けたんだ。

 大丈夫……大丈夫……。


「さぁみんな! 投票タイムと行くわよ!」


 大塚先生が号令をとった。

 いよいよ審判の時間だ。


「まずあなた! あなたはどうだった!?」


「ぼ、ぼくは……ぼくは、アルクが書いた小説のほうが面白いと思いましたっ」


「ふむ! なるほど!! 加々崎くんに一票!!」


 大塚先生の剣幕に押されながらも、友人は俺に一票目を与えてくれた。


「では次! 千夏はどちらが面白いと思ったかしら!?」


「あたしは天宮部長ですね。お題である『恋愛』に沿っていますし、何よりあたし自身読んでいてドキドキしましたから」


「オーケー! 冬子に一票!! さあじゃんじゃん投票していくわよお!!」


 その後も票は割れて、俺と天宮部長の両方に票が入っていく。

 俺の作品『勘違いしたのは俺じゃなくてこの国だ!』に投票した人たちは、バトルの迫力やキャラクターの魅力、濃縮されつつも燃えるストーリーを評してくれる人たちだった。

 天宮部長の作品『二十センチ』に投票した人たちは、主人公への共感、奥深い心理描写、卓越した文章力に、リアルを超越したリアリティの描写に惚れ込んだ人たちだ。

 票は割れて俺も天宮部長も共に3票ずつが入った。

 残るは大塚先生ひとりだけだ。


「最後は先生ね! 先生はねぇ~~……」


「これで決まるな」


「…………っ!」


 頼む。先生。俺に投票してくれ。頼む。

 胸の中で必死に懇願をする。罰ゲームが怖いからじゃない。この場にいる天宮冬子というライバルに勝利したいからだ。


「先生はねぇ、先生はねぇ~~……」


「も、もったいぶらないでくださいよ先生っ!」


「はやくはやく!」


「ウフフフ。そう焦らないで。あと五分だけ引っ張るから」


「今すぐ決めてください!!」


「もうっ、わかったわよ~。怖いわねぇ」


 オホホホと主婦のように笑って、大塚先生はお茶を濁す。

 ようやく答えを出す気になったようで、大塚先生は表情を整えて、口を開いた。

 果たして――


「最後の一票、先生が面白いと思ったのは……」


「…………っ!」


「…………」


 大塚先生は俺と天宮部長のふたりの間に入ってきた。

 そして俺と天宮部長の腕を両方とも上げる。


「両方とも面白かったわあああああーーーー!! 優勝はふたりよおおおおおおおおおおおーーーー!!!」


「はぁああぁぁぁぁあぁっ!?」


「なっ、先生!! それは無しだろう!!」


「いーえ! どちらも秀逸で最高に面白かったわ! これが先生の意見よ!!」


 な、なんじゃそりゃあ。

 俺はとたんに力が抜けて、体中がへなへなになってしまった。

 部室内はパチパチという部員たちの拍手の音が響き渡る。いや、歓迎ムードって感じではあるが、なんか納得いかねぇぞ。

 しかし大塚先生は言葉を続ける。


「でもね、あなたたち。戦いはここで終わりじゃないわ。明日にはどちらか一方がさらにレベルアップしているかもしれないのよ」


「それはそうですが……」


「はぁ……わたしと加々崎を焚きつけようという魂胆か。先生も考えたものだ」


「やーね、そんなんじゃないわよ! ただあなた達の成長を見たいだけ、教育者としてね!」


「やれやれ……」


 大塚先生は、俺と天宮部長を引き寄せるように抱き抱えた。

 うごっ、苦しい。首を締めないでくれ。っていうか当たってる。背中に胸が当たってる。


「ともに青春しましょうね! ふたりとも!!」


「先生に言われなくても、わたしは加々崎に負ける気はない」


「お、俺だって……うごご……」


「加々崎。今日書いた即興小説がわたしの全力だと思うなよ。わたしの力はまだまだこんなものではない」


「お、俺……だ、って……お、うごぉぉぉ…………っ!」


 こうして俺と天宮部長の即興小説対決は引き分けに終わり――

 そして俺は、半ば先生に言いくるめられる形で、文芸部に入部したのだった。つまり、同等かそれ以上の力を持つライバル作家との戦いの日々が始まる。

 いつの日か、今度こそハッキリとした形で天宮部長と決着を……俺の心は炎のように燃え上がった。


「うげぇぇえっ!」


「ア、アルク!?」


「あら? そんなに力を入れたはずじゃないのだけど……」


「い、いえ……なんか心臓が、苦しく……あががが」


 あ、モンスターエナジーの副作用だ。

 ヤバい。変な汗かいてる。心臓が握りつぶされているみたい。ちょ、ダメ、マジでヤバい。死ぬかも。

 ……みなさんも栄養ドリンクの服用はほどほどにしましょう。俺からの遺言は以上です。

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