2 ライバル作家
「よう。甘木」
「あら。お久しぶりですね、先生」
翌日、学校の昼休みにひとり廊下を歩いていると、一年生の後輩である甘木若菜と出会った。
ベンチに座って何やら本を読んでいたようである。ブックカバーがかけられているせいでなんの本かはわからないが、随分とサイズが大きい。教科書くらいのサイズである。しかも20何ページくらいしか無いようにみえるほど薄い。すごく薄い本だ。
座っているすぐ横には中身の入ったビニール袋が置かれてある。おそらく同じような本が何冊もぎっしり入っているのだろう。
俺は甘木の前にまで歩いた。
「……その先生と呼ぶのやめてくれねーか? 学校で呼ばれると教師と勘違いされちまうだろうが」
「嫌ですよぉ。私にとって先生は先生なんです。それになんだかちょっとイケナイ響きがして素敵じゃありません? 先輩男子から『先生』と呼ぶプレイを強要されているみたいで」
後輩女子の根も葉もない見解をスルーし、俺は世間話を始めた。
「先日はいろいろあったな。星海とはあれからどうなんだ?」
「星海先輩ですか。まぁ、普通ですよね。普通」
「普通か」
「ええ。仲の悪さが普通になりました」
「マイナスからゼロに戻ったってだけだよなそれ」
「いえ、そうでもないですよ。学校であったら挨拶はしますし、先生とのこともちょっと伺ったりしますね」
「また余計なことに首を突っ込んで……」
俺と星海との恋愛事情にまで興味を示すのかこいつは。やっぱりやりたい放題なやつだな。
「先生ったらまだ星海さんといっしょに帰ったこともないらしいじゃないですか。ダメですよ、お友達とばかりルートを進めてちゃ」
「ルートは進めてねぇよ。でもなぁ、やっぱり気恥ずかしいんだよな。俺らまだ高校生だしさ」
「バカですねぇ先生。高校生だからこそ青春をするんですよ。今行けるところまで行かないと絶対損しますよ。若さっていうのは振り返って後悔した時にはもう、二度と手に入らないものなんですから。……ああ、若いっていいなぁ」
「大学生みたいなことを言うな」
「――聞けば結婚の約束だってしてるらしいじゃないですか」
「……っ!? な、なんでそんなことまで知ってんだよ! あ、もしかして星海か! なんでそんなことまで口外してんだアイツ……ッ」
「いえ、これに関しては星海先輩の言じゃないですよ」
「え? じゃあ誰から……」
友人が秘密を漏らすとは思えないし……。
俺が予想できないでいると、甘木はもっともそうに正解を告げた。
「前にも紹介したじゃないですか、何でも知っている先輩」
「え? ああ……そういえばそんなこと言ってたな。って、まさか……」
「はい。その先輩から聞きました」
「…………どんな人物なんだよ、その先輩は」
学校内の情報が筒抜けじゃねぇか。どんなネットワークを築いてるんだよ。
「先輩っていっても、先生とはタメですけどね。二年生なので」
「はぁ……そうなんだ……」
「で、その先輩からの情報なんですが」
「な、なんだ?」
防衛本能が動いたのか、俺は気構えて甘木の言葉を待った。
甘木はいう。
「先生、なろう大賞に応募するらしいじゃないですか。しかも今連載している『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』を」
「だからなんで知ってるんだよそんなこと!!」
「まぁ、これに関してはタグをつけたからじゃないですか? 毎日確認してるので、先輩から教えてもらわなくてもたぶん知っていたでしょうし」
「ん。そういえばそうか……にしても情報が早すぎだ」
第X回小説家になろう大賞。
応募の仕方は至極単純だった。投稿している小説に『なろう大賞』というタグをつける。これだけで参加が完了する。
俺も昨日の夜に、これまで連載させていた『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』にそのタグをつけて、なろう大賞に応募したのだった。
「いいですねぇ。大賞を取ったらプロデビュー、そして結婚ですか……はぁ、憧れちゃうなぁ」
独身のOLみたいな眼差しで虚空に呟く甘木。
むろんそれがただの演技であることは、こいつの性癖(BL好き)を知っている以上お見通しであるのだが。
「結婚したらどうするんですか? 四六時中イチャイチャしまくりですか?」
「いや、それはわかんねぇよ。結婚してみないと」
「裸エプロンをつけたりとか……」
「しねぇよ!」
「えー? 私は興味あるんですけどねー、星海先輩の裸エプロン姿。あの人グラマーですからきっと様になりますよぉ」
「お前がグラマーといってもイヤミにしかならねぇな」
身長も胸の大きさも勝っているくせに何を言ってるんだお前は。
話題を変えて、俺はいう。
「結婚つっても、それは受賞したらの話だ。とらたぬは御法度だぜ」
「むむ。大賞を取れる自信がないんですか? 先生」
「んにゃ。自信はある。だが余計なことを考えて力を出し切れなくするのは嫌なんだよ」
「真面目ですねぇ、先生は」
「真面目じゃねぇよ。本気なだけだ」
「かっくいー」
甘木は読んでいる本を閉じた。
ビニール袋の上に置いて、改まったような口調になる。
「しかし先生。受賞ともなると一筋縄ではいかないと思いますよ。たとえ先生ほど実量のある作家が出馬するとしても、他の作家、作品だって素晴らしいものがたくさんあることをお忘れなく」
「なぁに。自信はあっても、驕るようなことはしないさ」
「ならば一つ助言をしたいのですが――先生は、文芸部に行ったことはありますか?」
「文芸部?」
唐突に出てきたその言葉に俺はオウム返しをしてしまう。
一応この学校にも文芸部は存在している。文化祭などではオリジナルの一次小説を執筆して本を……というより冊子を配ることもあるそうで、活動期間も相当長いらしい。
ただ俺は文芸部の書いた小説を読んだことは一度もない。興味がないわけではないのだが、時期に恵まれなくて冊子を手にしたことがないからだ。
それに俺の書いている小説と、文芸部員が書く小説とでは趣が違うだろうしな……。
甘木は指をそばだてた。
「実は文芸部の部長もですね、件のなろう大賞に小説を応募しているという情報がありまして――」
*
「その部長と意見交換をすればさらに有利になるはずですよ、か。まったく、大きなお世話をする後輩だ」
「でも甘木さんの言うことももっともだよ。ここで実力を鍛えれば審査にも影響が出るはず」
「そうだな」
甘木の言ったことは正しい。そう思ったからこそ、俺は今まさに文芸部の部室の前にいるのだから。
放課後になって部活動の時間になった。とりあえずは挨拶だけでもと思い、見学がてら部長がどんな人物かを拝見しに来たのである。
友人はその付き合いだ。……入部期間でもないのに他の部室に顔を出すのはなかなか気後れするものである。ゆえに。
俺は扉に手をかける。
「……なぁ」
「うん?」
「こういう時の挨拶って、どういえばいいんだ?」
「普通に『失礼します』でいいでしょ」
「そ、そうか。そうだな」
「緊張してるね」
「……大丈夫だ。行くぞ――失礼します!」
挨拶をしながら、俺はガラリと扉を開けた。
扉を開けた先にいたのは、6人の部員と1人の先生だった。
「……マジかよ」
その場に卒倒しそうになった。
文芸部の部員が、先生も含めて全員女子だったからだ。
うわぁぁぁ……入りづれぇぇ……。
ゴクリと固唾を飲み、戦々恐々のていで入室する。少しばかりきょろきょろしていると、椅子に座っていた顧問であろう先生が立ち上がった。
「あら? 何の用かしら」
「えっと、その……」
俺は拳を握り締めて緊張を押し殺す。
「文芸部って、見学できますかね? 俺ちょっと小説に興味があって……というか書いてて」
「見学ッ!?」
先生は目を燃え上がらせて、ものすごい勢いで俺の肩に手を置いた。他の部員も、わぁぁと嬉しそうな声をわかせる。
「あらぁぁぁッ! そうだったの! 小説を書いているのね! どうぞどうぞ! 見ていきなさい! ほら、この椅子に座って!」
「あ、どうも……」
先程まで先生が座っていた椅子に座らされる。椅子には温もりが残っていた。
「あなたもそうなの!?」
「え、ぼ、ぼくは付き添いで……」
「あらぁぁーそれは残念ね。でも、せっかくだからゆっくりしていきなさい! ウフフフフ!」
先生は小走りしながらパイプ椅子を用意した。半ば無理やりに友人も座らされる。
テンション高いなぁ、この先生。めっちゃいい笑顔してるし。
「文学部顧問の大塚先生よ! よろしくね! ふふふっ、こんな時期に入部するなんて物語性ある展開だわ! 文学部に新たな風を巻き起こしてくれそうね!」
「いや、そんな大層なことは……っていうかまだ見学ですし」
「あなたの名前は!?」
「うぇっ、僕は、加々崎歩です」
ヤバい。テンションに押されて僕とか言ってしまった。普段はこんなキャラじゃないのに、俺。
このままではキャラが食われてしまうと危惧し、俺は、自分から話題を振った。
「えーっと、この部に来たのはですね、小説家になろ……」
「言わなくてもわかってるわ! そうよね! 小説を書くのだってみんなと一緒の方が楽しいわよね! そりゃあ小説は一人で書くものだけれど、みんなと一緒の方が意見も交換できて伸びが早いもの! そして喜びを分かちあった仲間たちと友情を……ああっ、青春だわっ!」
「……………………」
ヤバい。この先生、予想以上に食えないぞ。
俺が言葉に窮していると、奥に座っていたひとりの女子が席を立った。
「もう大塚先生、その子困ってるじゃないですか。……ごめんね? あたし、二年生の遠井千夏。大塚先生っていつもこうなのよ」
「ああ、そうなんだ。まぁ、うん、よろしく頼む」
「こちらこそ」
ニッコリと遠井は笑った。金髪ツインテールでちびっこい妹系美少女といった彼女に笑顔を見せつけられて、俺は少々ドギマギした。
「えっと、それで加々崎くんはどうして文芸部に入ろうって思ったの?」
「いや、だからまだ見学で……。まぁその、理由としては、俺自身も小説を書いてて、その小説をネットの投稿サイトにアップしてるんだよ」
「へぇ! ネットに? すごいねっ!」
「小説家になろうって知ってる?」
「ああー、知ってる知ってる! え、あそこに投稿してるんだ!? すごーい!」
ざわざわとまた文芸部員が騒ぎ始めた。どうやら自分の作品をネットに上げていることはとても勇気ある行動だと思われているらしい。……そんなもんなのか? まぁ俺も最初のころは恥ずかしい気持ちもあったっけか。
興味津々に俺に食いついている文芸部員たち。その中でゆいいつ一人だけ話題に混ざることなく、黙々とパソコンをタイプしている女子がいた。
「なろう、か」
一番奥にいる女子生徒だ。意味ありげにそう反芻をした。
髪型はキレのある黒髪ロングストレートで、釣り上がった目や厳かげな佇まいから、すこし絡みづらそうな雰囲気を発している。風紀委員のような威厳ある風体だ。
遠井が、その女子に話しかける。
「あ、そういえば天宮部長もなろうにアップしてましたね。しかもなろう大賞に応募してるって」
「千夏。あまりそのことは公言するな」
「はーい、ごめんなさい」
ぺろ、と舌を出してかわいく謝罪する遠井。厳しそうな雰囲気の天宮部長という人物に対して、仲が良さそうというか、懐いているような風だった。
ん? 部長? それになろう大賞にアップしているということは……甘木の言っていた部長って、あの人のことなのか。
「あの人が文芸部の部長、天宮冬子部長よ。天宮部長の書く小説って、すごく巧いんだから」
「へぇ……そうなんですか」
すこしばかりワクワクした気持ちになる俺。そうだ。意見を交換し合うなら、やはりできるだけすごい人としたい。
しかし天宮部長は、友好的な態度とはまるで離れたように、重鎮な声で俺に話しかけてきた。
「本気で小説家になりたいと考えているなら、あそこはやめておくことだ」
「え……? どういうことですか?」
「あそこはファンタジー、それも異世界とハーレムとチートを題材に扱った作品しか好まれない偏狭の場だ。女性向けの場合も、逆ハーの玉の輿しか読まれない。プロになりたいのならどこかのレーベルに投稿することだ。そうでなければ才能を腐らせることになるぞ」
「あの……言っている意味がよくわからないんですが」
「端的に言う。小説家になろうでは、小説家になれない」
ギロリと、刃物のような鋭利な目に魅入られて、俺は畏怖するような感情を抱いてしまう。
天宮部長の言葉はまるで怨念がこもっているような厳しいもので、圧力がかかっていた。
しかし俺は、自分の書いている小説、ひいては発表をしてもらっている場所を侮辱されたような気持ちがして、感情的に反論をしてしまう。
「小説家になろうでは、小説家になれない? そんなことはないと思いますが」
「最初のうちは誰でもそう言う。だがいずれ思い知ることになるだろう、読者の見識の狭さによって、不遇な扱いを受ける作者の気持ちを」
「というか俺にそんな忠告は要りませんよ。俺が書いてるのは異世界でハーレムでチートですから」
「…………そうか」
まるで失望したかのような深いため息をついて、それから俺にこう言う。
「ならば君はこの部に不必要だ。帰ったほうがいい」
「は……?」
「ぶ、部長! 何を言ってるんですか!?」
「そうですよっ! せっかく新入部員がやってきたのに……!」
「君たちは静かにしていろ。これは忠告ではないのだ――加々崎くん、これは君のことを思っての勧告だよ」
「俺のことを思っての……? そんな筋合い……」
俺は訳がわからなくなる。
天宮部長の口調は、どことなく俺を見下したような話し方であることは間違いない。しかし何か別の思惑もあるような気がした。
「いいか、加々崎くん。よく聞け。ここは文芸部だ。小説家になろうで好評を得ているような駄文を、ここでは良しとしていない。わたしたちが良しとするのは、文学なのだ」
「文学……?」
「そう。同じ小説でも畑が違う。君のような人間が得られる教養はここにはないということだ。ネット小説の力量を鍛えたいのならアニメや漫画、ゲーム、ライトノベルなど、その手のコンテンツに手を出すことだ」
「なんか……さっきから言葉の端々にカチンと来ますね」
「ア、アルク……!」
「いいから」
友人の静止を振りほどいて、俺は立ち上がる。
天宮部長を見据えて、いう。
「ぶっちゃけ俺はあんま紙の小説を読みませんよ。大体がネット小説です。けど、そこに大きな差なんてないでしょう。文字だけで物語を作るってことは同じじゃないですか」
「差ならある。中身の差だ」
「中身の差……?」
「そう。中身、つまりは質だな。言うなればプロとアマチュアの差だ」
「……! だからそんなことは大した問題じゃないでしょう! プロだってつまらない小説を書きますし、アマチュアだって面白い小説を書きます! プロが書いた、アマチュアが書いたってだけで無闇に差別するもんじゃないですよ!」
俺はカッとなって大声で意見を主張していた。
他の部員は不安そうな表情をしているのに、天宮部長は腕を組んで俺を見据えている。その余裕そうな態度がいっそう頭に来る。
「だいたいそんなこと言うならどうしてあんたはなろう大賞に応募してるんですか!? さっき言ってたでしょう、あんたもなろう大賞に応募していると!」
「ふぅ……」
また俺を馬鹿にしたようなため息を吐く天宮部長。
そして冷静な口調で言った。
「証明のためだよ」
「証明? いったい何の!?」
「ファンタジー以外にも面白い小説があるということの、証明だよ」
「う……ッ!」
とたん、まるで蛇に睨まれた蛙のように俺は竦んでしまう。
なんだこの迫力は? なにかとてつもない意志を、この人から感じる……。
「なろうは、ファンタジーというだけで読者が群がる。面白い青春モノよりも、面白くないファンタジーだ――わたしはそれを正したいのだよ」
「…………!?」
「わたしが青春モノで天下を取れば、ファンタジー一強の時代は崩れる。ファンタジー以外でも面白い小説はあることを、わたしは証明したいのだよ」
「う…………」
俺は気圧されて、椅子に座ってしまった。
何も言葉が出てこずに、頭が真っ白になってしまう。完全に打ち負かされたような気分だった。
「わたしはなろう大賞で必ず受賞する。そうすれば、ファンタジー以外にも希望があると多くの作者が思うだろう? そのためだ」
「ファンタジー以外……」
「それだけだよ、わたしの目的は。純粋な反抗意志だ。だから君のようなファンタジー派が来ても、居心地が悪くなるだけでしかない。大人しく文芸部からは立ち去ったほうがいいだろう」
「いえ……」
「ん?」
俺はうつむいたまま、震えた声で言う。
黙ったままではいけない。呑み込まれてはいけない。
俺は、反論する。
「面白い青春モノよりも、面白くないファンタジー……確かにそれはそうかもしれません。俺も、ファンタジーがよく読まれていることは知ってます。けど――最終的に読まれているのは、やっぱり面白いものなんです」
「何が言いたい?」
「あんたはやっぱり、不当に差別をしている。ファンタジーってだけで敵視してるんだ。俺の書くファンタジーは……」
俺は歯を噛んだ。
心臓が握られているように苦しい。大きな壁を前にして萎縮しているようだ。だからこそ俺はこの言葉を言わなくちゃならない。
それは俺のために、俺の小説を読んでくれている読者のために。
俺は、天宮部長の目を見据えて、叫んだ。
「俺の書くファンタジーは――面白いんですッ!」
「…………!」
「ア、アルク……」
「わぁぁ……」
「……これも青春ね」
「――大言壮語だな」
「ぐ…………」
全身が震えていた。
喉がカラカラで、前を向くことすら疎かになっている。
それでも俺は奮起する。
「だから俺が書いたものが、受賞します! あんたには受賞させません!」
立ち上がって、指を突きつけてそう言った。
天宮部長は不敵に笑う。
「……面白い。言ってくれるではないか――だがわたしの書いた小説を舐めるなよ? わたしの書いた小説には異世界もハーレムもチートもないが、総合評価は15,000ptは上回っている。君の書いたものはこれより上回っているのか?」
「俺の書いてる小説は……」
フフッと、不覚にも笑みがこぼれた。
俺は、自作の名前を唱えた。天宮部長に対して。
「『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』という作品を書いてます。総合評価は、36,000pt強」
「――ッ!!?」
「36,000……!?」
「う、うそ……!? 月間ランキングの上位にも入るレベル……!?」
「すごすぎ……! 人気作家じゃない……!」
「やば、私その小説知ってるんですけど……っていうか読んでるんですけど……!」
「天宮部長の二倍以上だなんて……そんな……!」
「フ……強敵出現って感じね、冬子」
「アルク……!」
「フフ……」
「ぐ……」
今まで保っていた余裕が崩れた。
天宮部長はパソコンのキーボードの上で両手を握り、憎らしそうに俺の顔を見つめる。
そして狼狽したように、声を荒らげた。
「ふ、ふん! それが何だというのだ! たとえ総合評価で勝っていようとも、なろう大賞の審査はptの優劣ではない! あくまで決めるのは審査員だ! ……内容では、わたしの方が勝っている!」
「フフフ……あれ、どうしましたか天宮部長。さっきまでの余裕が消えちゃいましたけど」
「黙れ! これだからなろう民は嫌いなのだ! 欲望にまみれた駄作ばかりを崇めて……性格の悪さが現れている!」
俺と天宮部長の間で、火花が散った。どうやら分かり合えそうにはないようだ。
しばらく硬直してにらみ合っていたが、やにわにパンパンと大塚先生が手を叩いて、俺たちの注意を奪った。
「はいはいそこまでよ! あなたたち、実力を決めるのは口の上手さじゃないわ! 実力を決めるのは、そう、実践よ!」
「実践……?」
「大塚先生、どういうことだ?」
「ふふふ! つまり……あなたたちは今から、ここで即興小説を書きなさい! そしてどちらが面白いかを、この場にいる人たちが決めるの!」
「な……!? そんなこと……!?」
「なるほど。それは面白い」
俺がたじろいでいると、天宮部長は好戦的な笑みを浮かべて大塚先生の言葉に乗る。
くるりと体を回転させて俺の方を向き、また挑発的な口調で天宮部長はいう。
「面白い趣向ではないか、なぁ加々崎くん。どちらがより面白い作品を書ける作者なのか、これ以上白黒ハッキリつく勝負もあるまい。フッ……まさか逃げ出そうとは思っていないな?」
「に、逃げ出すわけないでしょう! けど、即興で書くなんてやったことが……」
「ふん。そんなこともやったことがないのか。やはり口だけの男、ファンタジーという外見だけで人気を得た偽りの人気作家か」
「……! いいですよ、そこまで言うならやってやろうじゃないですか! 後で吠え面かいても知りませんよ!」
「それはこっちの台詞だ」
「この……!」
目の前に現れたライバル作家。その登場に怒りを覚えながらも、無性に高揚している自分がいた。
この勝負、負けられない……!




