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 ランキングを見てみると、『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』が週間ランキングで一位を取っていた。

 最新話は、成功と考えていいだろう。

 朝。

 月曜日。

 いつもどおり、俺は友人といっしょに通学路を歩く。

「ねえアルク」

「ん?」

「最新話読んだよ」

「お。どうだった?」

「面白かった――驚いたよ。まさかああいう展開に持ってくるなんて」

「おお。だろ? 俺も今回の話は自信があったんだ」

「新しく仲間に入ってきた二人が実はスパイだったー、っていうのにはビックリした。作者的にも、あれは思い切った判断だったと思うよ」

「そうだな。やっぱ俺が書きたいのはハーレムだったし……、そこは俺の書きたいものを優先させた。腹黒メガネとヤンデレを外したかった」

「自分のやりたいようにやったわけだね」

「ああ。けどそれだけじゃ後味悪いなって思ったから、二人のキャラクターを立てさせたんだよ」

「うん。そこがほんとうに素晴らしいと思ったよ――自分の書きたいものを優先させつつ、読者が読みたいであろう展開をちゃんと考えてる。まさにベストなやり方だね」

 ベタ褒めだった。

 俺としても自信のあった最新話だ。ランキングでも一位を取っていたし、友人も絶賛してくれている。

 これはひょっとすると星海と甘木も満足してくれるかもしれない。

 友人はいう。

「あ。そうだ。昨日の夜ね、星海さんからLINEが来たんだけど」

「星海と?」

「うん。LINEっていうか、無料電話が来たんだけど」

「え、ちょっとまって。お前、星海と電話なんかしてたの?」

「うん」

「彼氏である俺はまだリストにも入ってないのに?」

「あ。そうなんだ」

「……お前ってさ、なにげに星海と仲良いよな」

 昨日、マックで星海と出くわしたのも、友人と星海がコンタクトを取っていたからだ。

 俺が勉強しているあいだだって二人で楽しそうに話していたし……、なんだろう、ちょっと妬いてしまうな。

 俺はいう。

「……まあいいや。で、星海がなんだって?」

「星海さんも面白いっていってたよ。電話越しに批評をしてくれてね」

「批評……」

「『腹黒メガネとヤンデレを外したことがよかった。主人公カッコいい。あとオチも秀逸』って具合」

「そっか。星海も気に入ってくれたんだな」

「みたいだね。それから『週間ランキング一位おめでとう。さすが未来の旦那様』ともいってたよ」

「ははっ。お褒めに預かり光栄だ」

 俺は余裕そうにそういった。

 ほんとうはかなり嬉しいんだけどな。

 日刊ランキングで一位になったときとは違って、今回は望むべくして取った一位だ。結果が実って、嬉しくないわけがない。

 部屋で一人ガッツポーズを決めたくらいには嬉しかったものだ。

 と。

「ん?」

 前方を注視してみると、見覚えのある人物がいた。

 甘木だ。

「おお。甘木じゃん」

「ほんとだ」

「ちょうどいい。あいつの感想も聞きにいこう」

 俺は友人の手を取って、歩いて行った。

「ちょ、アルク!? なんで手を……!?」

「前みたいに逃がさないためだよ」

「星海さんと通学路で会った時のこと? あ、あれは逃げたわけじゃないってば」

「うるせぇ」

 友人の言い訳には耳を貸さず、手を繋いだまま甘木のほうへ歩いていく。

 そうして通学途中の甘木に声をかけた。

「おう甘木」

「あ、先生。……と、そのお友達さん」

「や、やぁ」

 手を挙げて挨拶する俺と友人。

 三人、並んで学校へ向かう。

 甘木はいう。

「……昨日は済みませんでした」

 申し訳無そうな顔でそういった。……珍しい表情である。なにかと図太い甘木が、こうも素直に謝ってくるのは意外なものがあった。

「先生の彼女さんと言い合いになってしまって……。帰ってから、私なりにいろいろ考えたんですよ。やっぱり私も言いすぎたなって」

「あぁ。いいよ」

「先生のことも怒らせちゃいましたし」

「気にするな。もう怒ってない」

「そうだよ甘木さん。気を落とさないで、ね?」

「ありがとうございます……」

 甘木はしゅんとした。

 そのままの声で甘木はいう。

「最新話、読みました」

 グッ、と不意に手に力がこもった。

 友人にも伝わったことだろう。

 問題はここなのだ。甘木がどう思ってくれるか――そこだけがわからない。

 上手く見せることができたとはいえ、仲間から外したことには違いがないのだ。それを良く思ってない可能性も十分ある。

 どっちに転ぶだろう。

 どっちに……。

「先生」

「お、おう。どうだった? 面白かったか? 面白くなかったか?」

 焦りすぎて自分から問うてしまった。

 手が汗でベタつく。

 心臓の鼓動が早くなる。

 息が詰まる。

 甘木は、答えた。

「面白かったです」

 そう答えてくれた。

 面白かったと、そういってくれた。

 あれでよかったと、物語を肯定してくれた。

 望んでいた感想がもらえて、俺は、壮大に力が抜けるのを感じた。

「はあぁぁぁぁ……。よかった……」

「先生?」

「いや、よかったよ。そういってもらえて。実はあれでよかったのかと内心ヒヤヒヤしててさ」

「そうなんですか」

「二人をスパイの設定にして、物語から外しちゃったわけだからな。……よかったんだ?」

「はい」

「あれでお前の期待に応えられたか?」

「それはもう――」

 ニコと甘木は微笑んだ。

 俺の不安を吹き飛ばすように、甘木は笑ってくれた。


「期待以上ですよ」


 俺は息をついた。

 上手くいかないこともあったけど。

 いろいろ衝突もあったけど。

 そんな笑顔を見せられたら、今までの疲れなんか軽く吹き飛んだ。

 辛くても苦しくても辞めないでいてよかったと思えた。

 書いてきてよかったと思えた。

 心から。

 そう思えた。

 俺はニヤリとする。

「当たり前だ。作者ってのは、読者の期待を超えるもんなんだぜ?」

「はい! 先生はほんとうにすごいですっ!」

 俺は胸を張った。実際はもっと苦心して書いたから余裕なんてこれっぽっちもないのだが、そこはそれ、後輩の前では格好をつけておきたいものなのだ。

 隣の友人もクスと笑う。さっきまで不安を隠しきれなかった人が何言ってるの、とか思われていてもしかたないな。

 甘木はいう。

「いや、燃えましたし萌えましたよぉ。わかってるじゃないですか先生、私がどういうものを読みたいかって」

「俺だって一作者だからな。これでも読者のニーズってやつはちゃんと考えてるのさ」

「あんな展開を一日で考えつくなんて……、やっぱり先生は本物の〝天才〟です!」

「はは。そうだろそうだろ?」

 俺は手放しに喜んだ。

 一頻り和気藹々な空気を楽しむ。

 そうしてふと甘木は、静かな口調で言いだした。

「……先生」

「ん? どうした?」

「そろそろ私、行きますね」

「え、行くって?」

「学校にです。実は今日、チア部の朝練があるから急がなくちゃならないんですよ」

「む。そうだったのか。引き止めて悪かったな」

「いえ」

 甘木は歩く足を速めた。

 後ろ姿からでしか見えなくなったところで、甘木はいう。

 どんな顔をしているかわからないいまま。

「それと――これからは読者として、もうすこし慎むようにしようと思うんです」

「え?」

「昨日、星海先輩にお説教されちゃいましたからね。あの場面では威勢良く反発してましたけど、家に帰ってから考えてみたんですよ」

「そ……っか」

「感想も要望も、これで終わりにしますので――」

 そう言い残して甘木は、学校に向かって走っていく。

 逃げるように走っていく。

 のを、俺は見逃すことができなくて――俺は、甘木の名前を呼んだ。

「お、おい! 甘木!」

「…………」

 甘木は立ち止まった。

「俺は……、たとえお前が毒者といわれようとも嬉しかったからな。熱心に読んでくれる人がいたからこそ、俺は小説を書けてるんだ」

「…………」

「だから、その、面白いって思ってくれたのなら――感想を送ってくれるほうが嬉しいぞ。今までも、これからも」

「……メイワクじゃなかったですか?」

 ボソリと呟かれたその言葉に。

 俺はハッキリと答えた。

「メイワクなわけないだろ! ――二度も言わせるんじゃねぇ」

 すこし肩を震わせて、それから甘木は振り向いた。

 甘木は、ちょっと似つかわしくないような、後輩らしい可愛げのある顔で、

「ありがとうございます。先生の作品、これからも楽しみにしてますね」

 と、涙目で笑ったのだった。

 そうして今度こそ学校に走っていく。

 俺はいう。

「これで良かったのかな」

「これ以上ないくらい綺麗な展開でしょ」

「かな」

「だよ」

「あ、わりぃ。ずっと握ったまんまだったな」

「いいよいいよ」

「……つーかもしかして、俺たちの間柄疑われたりしなかっただろうな、甘木に」

「あはは。どうだろうね。甘木さん、BL好きだっていってたしねぇ」

 俺は手を離した。

 ぐっしょりしている手をズボンの裾で拭う。

 俺は今回、自分のやりたいようにやってきたつもりだ。

 最初は〝取り入れた要望の数=面白さ〟という考えの元で小説を書き進めていた。読者からの要望に応えるのにはやりがいがあって、それを元にして書いた話が面白いと賞賛されるのはとても嬉しいことだった。

 だけどそれを繰り返しているうちに自分が当初どんなものを書きたかったのかを忘れかけてしまった。それを星海に指摘されて、「作者じゃなくて読者が作品を作ってる」とまでいわれる始末である。

 返す言葉もない――最も大事にしなければならないのは、作者本人の気持ちだろう。

 今の俺は、そういう考え方に変わった。

 書きたいものを書いて、その上で余裕があれば要望を取り入れる。それくらいのほうが結局は長続きする。

「ほんと、今回なんとかなったのは奇跡みたいなもんだよ」

 今回の場合は損傷なく、どころか怪我の功名として上手い展開を思いつけたからよかったようなものの――すこし間違えていれば星海からも甘木からも猛烈な反感を買っていたかもしれない。

 その反感が元でモチベーションを無くして、ついに小説を書く事を辞めていた……なんて未来を想像するとゾッとする。

 今後は、作者としての責任をまっとうするように心がけよう。

 ちゃんと自分の作品と向き合って、それに必要なものかどうかを見極めよう。

 書き続けるためにはそれが必要だ。

 どんな読者だって、たとえ毒者だって――エタられるのだけは嫌だろうからな。

 読み専だった時の俺だって一番嫌いなことだった。

 終わらないままの物語は、悲しい。

 とても。

 だから自分の気持ちを我慢するような真似は、ほどほどにしていこう。

 書きたくないものは、ちゃんと書けないと言うことにしよう。

 そう俺は心に決めた。

「まぁ一件落着だ」

「うん。よかったよかった」

「いろいろ支えてくれてありがとな」

「いえいえ――なんだかんだいって、アルクが天才だからなんとかなったことだよね。期待通りどころか、期待以上の展開を考えついたんだから」

「……なんだよ。なんか嫌味っぽく聞こえるんだが」

「そんなことないよ。ふふっ、まったく将来が楽しみだ。きっとほんとうに大先生になってるはずだよ」

「だといいけどな」

「これなら小説のほうは心配ないね――むしろ星海さんと付き合い続けられるかどうかのほうが難しいんじゃない?」

「おいおい……」

「今後も甘木さんみたいな人が現れて、モッテモテのアルクに愛想を尽かしちゃったりしてね」

 友人は口元に手を当ててフフと笑う。

 俺は溜息を吐いて、頭をかきながら言ったのだった。

「そいつは笑えねぇ展開だ」

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