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少年は、自分の書きたいものを優先して、執筆を始めた。
〝取り入れた要望の数=面白さ〟。
今まで信じていたその価値観を今一度疑う。
大事なのは誰だ。
大事なのは自分ではないか。
誰かの意見を聞いていれば正解か?
誰もが共感できるテーマなら正しいか?
自分以外の誰かを、優先するのか?
その作品を書くのは、自分自身だというのに。
少年は振り払う。
〝期待〟という名の拘束具をすべて取り外す。
裸の心で、小説と向き合う。
初めて小説を書いた日のような、自由な心で小説を書く。
人の目を気にしてはいけない。恥ずかしがってはいけない。
創作をするものにとって、誇るべきものとは――自身の掲げる面白さただ一つだけだ。
自分が書いたものこそが世界中で最も面白い――そう思い上がれるだけの自信なのだ。
「うはは! ご都合主義じゃねーかこれ!? でもカッコいいし面白いからいいよな!」
自由となった少年を、止められるものは何一つない。
誰かが君を笑うだろう。
『こんな展開、現実じゃありえない』。
『ヒロインがチョロすぎてムカつく』。
『俺TUEEEさせてるだけで中身がない』。
『中二病すぎ。見ててイタい』。
『文章下手すぎ。ふだん本読んでないだろ』
『どっかで見た展開ばかりでつまらない』。
匿名の誰かが笑うだろう。
一度も小説を書いたことのない誰かが、君のことを笑うだろう。
それらを気にして『これじゃダメだ』と思った経験は、きっと作者にならあるはずだ。
褒めてもらいたい気持ちは誰にでもある。
褒められるために無理をすることもある。
だが『これじゃダメだ』と繰り返して、書きたいものを書けなくなってしまうのはとても苦しいことだ。
立ち止まりたいわけじゃない。
走り出して、駆け抜けたい。
ギリギリのところまで追い込まれて、強く強く自由を望むのなら――君は、覚醒してもいいのだ。
〝期待〟に押しつぶされて動けない時は――それらの重荷を、とっぱらってもいいのだ。
『褒められたい気持ち』も『上手くやりたい気持ち』も大事なものだ。
だからこそ『辞めたくない気持ち』のほうがもっと大事ではないか。
気にしすぎてはいけない。
そんなものは些細なことなのだ。
君の作品が否定されたのは、価値観の違いに過ぎない。
誰か一人に笑われたところで、君の作品はゴミにならない。
童話や絵本を書くわけじゃないだろう?
行儀のいい作品を書きたいわけじゃないだろう?
万人にウケなくたっていいだろう。
面白いものを書ければ、他はどうだっていい。
重要なのは、君が面白いと思えるかどうか。
それだけ。
完璧である必要なんてどこにもない。
ここまで書いてきたんだろう。
それを面白いと言われたんだろう。
その時感じた嬉しさを否定したくないだろう。
人の目を気にして、小説を辞めたくはないだろう。
君は君のままでいい。
たとえ石を投げられても、己の信じる面白さを掲げ続ければいい。
それこそが誇りある作者の姿。
書き続けるために必要な心構えなのだ。
「書きたいように書くってめちゃくちゃ気持ちいいーっ!」
まとわりつくだけの枷は外れた。
軽くなった心は、その両手を思うままに動かす。
意見も要望もない。
評価も感想もない。
だが虚しくもない。
駆け出しの頃の輝いていた君が重なる。
書く事それだけで喜びを感じていた君がリンクする。
楽しい。
ただただ楽しい。
「やっぱ小説を書くのって楽しい!」
立ち止まった時は思い出せ。
笑顔で執筆していた日のことを――




