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 飛び出す必要はなかっただろ。

 夕焼け。

 帰り道をぼんやりと歩き、先ほどの行動を後悔する。

 『俺が面白い話書けばいいんだろ……。それでいいだろ!』

 捨て台詞として吐いたあの発言――そんなことが俺にまっとうできるというのか。

 後先考えない発言だった。

 取り消せるものなら取り消したい。

「はぁ……。どうしよう……」

 今さらあの二人になんて言ったらいい。

 星海。

 甘木。

 二人のことを考えると頭がぐちゃぐちゃになってくる。靄がかかっているように頭が鈍り、この先どうしたらいいのかまるでわからない。

 俺は何をすればいい?

 どこへ向かえばいい?

「なんでこんなことになったんだろ……」

 楽しそうだと思ったから、俺は小説を書きたいと思ったんだ。

 実際、それでここ一週間ほどは充実しっぱなしだった。小説を書くのは楽しい。そう思える日々。

 けど――今回のこれは、小説を書いたことで起きたトラブルだ。

 俺の小説が元となって起きた騒動だ。

「くそ……」

 こんなことになるなら、小説なんて書かなきゃよかったか? なにもせずに日常を過ごしているほうが正解だったのか?

 いや。

 そんなことは言いたくない。書かなきゃよかったなんて、ぜったいに言いたくない。

 今までの〝楽しさ〟や〝嬉しさ〟を否定したくない。

「じゃあどうすんだよ」

 小説はやめない。依然として書き続ける。

 だがこのまま書いていていいものかどうか。星海と甘木の口論をなあなあに済ませて、何もなかったように努めるのか。

 〝取り入れた要望の数=面白さ〟。

 それを正しいと言い張り続けるのか?

 あんなことが起こったのに、まだ?

「読者は一人じゃなかったってことなんだよな、要するに」

 星海と甘木が言い合いとなった元は、つまりそういうこと。

 読んでくれている人の全てが、同じ方向を目指しているわけではないということ。

 だからああだこうだと言い合いになってしまったのだ。

「船頭多くして船山に登るだっけ」

 単純なことなんだよな。

 しょうがないことでもあるが。

「…………」

 もう考えるのも面倒臭い。

 今はただ歩こう。

 落ち着く我が家へ帰ろう。

 そして寝よう。

 すべてを忘れて就寝しよう。

「……!」

「…………ん?」

 気のせいだろうか、後ろから誰かが走ってくる。

 次第に近くなってきて、声をかけられた。

「おーい! 待って!」

「っ! ……お前」

 振り向いてみると、そこには息を切らした友人が走ってきていた。

 こいつ、俺を追いかけてきてくれたのか?

 なんてやつだ。

「お前……! ――え?」

 友人を迎え入れようと俺は立ち止まった。

 が、

「どーん!」

「――!?」

 俺は立ち止まったというのに、友人は、走る勢いをまるで殺さずにやってきて、その勢いのまま抱きついてきた。

 その衝撃をキャッチするために、俺まで抱きしめるようなポーズを取ってしまった。

 ば、ばか。なにいきなり抱きついてんだ。ここ外だぞ、わかってんのか。

「はぁ、はぁ……。やっと追いついた」

「お、おい! 離れ……」

「よかったよぉ、追いついて」

 胸元で顔をスリスリしてくる。さながら妹が兄に甘えるようにだ。

 見る分には微笑ましい行為だが、男同士でそれをやられるのは胸がドキドキするものがある。荒い吐息が服にかかってくるのも意識してしまう。

 毒気を抜かれて、離れろとも言えない。

 ひとしきりスリスリすると、上目遣いをして友人は言ってくる。

「あ、アルク……!」

「……おう」

「フォローは、しておいた」

「え?」

「星海さんと甘木さんに……、ね、大丈夫だよって言っておいたから。ぼくが何とかするって」

「……そっか」

 そうか。

 俺が飛び出していったことであの二人がどう思うか心配だったが……、フォローを入れておいてくれたのなら心配ないな。

 なんて気遣いのできるやつだ。

 ほんとうにありがたい。

「はぁ……はぁ……」

「お前、ずっと走ってきたのか?」

「うん」

「長距離走苦手なくせに」

「え、へへ。追いつかなきゃって思ったから」

「ったく……。なにか自販機で奢ってやるよ」

「ん、うん。ありがと……」

「……こっちこそ、ありがとな」

「いえいえー」

 友人は目を細めて、それから俺の胸から離れた。

 周りを見る。

 夕日時の住宅街を歩いていたことが幸いしてか、どうやら俺たちの姿を見る人は誰もいないようだった。危ない危ない。

 俺は近くの自動販売機にお金を投入して、ペットボトルのポカリを購入する。

 取り出し口から取り出して、それを友人に手渡す。

「ありがとうっ」

 満面の笑みで受け取った。

 蓋を回してゴクゴクと飲む。がっつくように飲むその姿に、俺はなぜか赤面した。

 ぷはぁー、と気持ちよさそうに口を離す。

「あぁ、おいしっ」

「…………」

「ん、どうしたのアルク?」

「いや……、なんか俺、お前に助けられてばかりだなって思って」

「そうかな?」

「俺と星海の仲も取り持ってくれてるし」

「あ……。ごめんね。ぼくが余計なことしなかったら今回のことは……」

「あ、いや! 皮肉じゃないんだぞ! ほんとうに嬉しいって思ってるし!」

「……そう?」

「今回の件は、不幸が重なったってだけで……。すくなくともお前は悪くない」

 友人はペットボトルの蓋を閉めた。

 それから友人はいってくる。

「伝えたいことがあるんだ。そのために走ってきた」

「え? ……伝えたいこと?」

「小説のこと」

「あぁ……」

「ぼくなりの意見」

「お前なりの?」

「まぁぼくもアルクの小説を読んでるから、これも一読者の意見ってことになるんだろうけど」

「え? あ、……読んでてくれてたのか」

「当たり前だよっ! アルクの小説を一番に読んだのは――ぼくだよ?」

「そうだっけ。……そうだったな」

「アルクの考え方は、〝取り入れた要望の数=面白さ〟だったよね」

 友人の言葉に、俺は首肯した。

 俺が読み専だったころ散々思ったことである――読者の要望を取り入れていけば、その作品は必ず面白くなると。

 だが今回の件で、この考え方が正しいかどうかが揺らいでしまった。

 この考えのままで書き進めていいものかどうか。

 それを教えてほしい。

 しかし友人は――俺が予想していなかった発言をしてくる。

「中学三年生のころ、覚えてる?」

「え?」

 俺はぽかんとした。

 どうして今そんな話を持ち出すんだ?

「そりゃあ覚えているが……」

「アルクがあの三人組を倒して、ぼくの家に来てくれた時のこと」

「あれか……」

 あの頃の俺はほんとうに荒れていたな。素人相手に柔術を使うとかやりすぎだろう。事無きを得たからよかったようなものの。

 ……そういえば関係ないけど、あのとき手に入れた友人の写真、機種変するときにスマホに入れておいたんだよな。口が裂けても言えないことだけど。

 友人はいう。

「ぼくね、考えたんだよ。ぼくなんかのために何かをしてくれる人がいてくれて、それがすごく嬉しくて。君のことを考えるだけで〝何かしたい〟って気持ちになって」

「…………」

「傍にいたいって思うようになったんだ」

「そうか……」

「でもぼくとアルクは、違う高校を選んだわけじゃない?」

「ああ。俺が二校で、お前が一校だった」

「離れ離れになりたくないな。どうすればいいかな――って考えて、ぼくが二校に行けばいいって結論に至った。けど」

「けど?」

「問題だったのは実はその後。だって親から反対されたんだもの」

「……そっか。そうだったんだ」

「『一校に行く』って言ったときに見せてくれた親の笑顔を、ぼくは壊したんだ。あの時の困惑した表情を思い出すと、今でも心が苦しくなる。……もともと親に頼みごとをするタイプじゃなかったからね」

「そりゃあ……親御さんも驚いただろうな」

「それでもぼくは、二校に行くって決めたんだ」

「…………」

「そして今、これで良かったって思ってる」

 一歩、距離を詰めてくる。

 友人は俺の目をじっと見つめ、俺も友人の目をじっと見つめる。

「あのまま親や世間体や話の流れに沿ったまま一校を選んでたら、絶対後悔してたと思う。アルクのいない高校生活を、ぼくは一生悔やんでいたと思う」

「…………」

「自分のやりたいようにする――そうしてきて良かったって、今、心から思ってる」

「…………」

「だからアルクも、自分のやりたいようにやってよ」

「……え?」

「小説、書きたいように書いてよ――それがぼくの意見だよ」

「小説……。書きたいように書く……」

 俺は考え込んだ。

 中学三年生のころの思い出が、脳裏を駆け巡った。

 友人はいった――自分のやりたいようにする。そうしてきてよかったって思っている。と。

 俺だって、そうだ。

 俺だってあの時――頼まれてもないのに、三人組とケンカした。自分のやりたいようにやっただけだ。ただムカついたから、いじめを辞めさせたのだ。

 それでよかったと思っている。

 結果的にその行動が、俺とお前との繋がりを作ったのだから。

 自分のやりたいようにして――いじめを辞めさせた。

 自分のやりたいようにして――同じ高校に行くと決めた。

 自分のやりたいようにしたからこそ、誇れる今がある。

 小説でもそれは同じか?

 周りの意見に逆らってでも、自分の意志を選択すべきか?

「アルク」

「ん?」

「アルクの作品は、アルクが作者だよ」

「なに当たり前のことを……」

「アルクが、作る人なんだよ」

「……っ」

 そうだな。

 その通りだ。

 読む人が作るのではない。

 作るのは俺なのだ。

 俺が作らなくちゃならない。

 それに――周りに流されてたどり着いた未来なんて、絶対つまらねぇよ。そんな未来に、行きたくねぇよ。

 楽しそうだと思った。そこが自由だと思った。だから俺は――小説を書いた。

 だったら、俺は俺を選ぶんだ。

 読者だって大事だけど、今の俺にはもっと大事なものがあるんだ。

 楽しみたいって気持ちが、あるんだ。

 俺は笑う。

「ふっ。はは――ほんと、お前には助けられてばかりだな」

「そんなことないよ」

「そんなことあるさ」

「かな。えへへ」

「ありがとう――」

「――へ?」

 俺は。

 感極まってしまい、思わず友人を抱きしめてしまった。

 感謝の意をどうしても伝えたくて、体が勝手に動いてしまったのだ。

 それはまるで――あの日の放課後、俺の手を握り返した友人のごとく。

 むぎゅ。

「わわ、アルク! アルク! ここ外だよ!? ねぇ、ねぇ!」

「わかってるよ……。けどもう少しこうさせろ……」

「な、ななな!? う、あ、あううぅ」

「はぁ……。大好き……」

「え!? えぇぇっ!? な、なにいってんの!? 彼女いるでしょ!?」

「友達としてだよ……」

「ぜんぜんそう聞こえなかったよ!」

 くっそ。

 かわいい。

 抱きしめる力が強くなる。

 ぎゅぅぅ。

 いい匂いだし。

 ずっとこうしていたい。

「アルク! アルクっ!」

「なんだよ……。わかったってば」

 俺は友人から離れた。

 夕日のせいとは言い訳できないほど、お互いの顔は真っ赤っか。

「こほん」

 俺はわざとらしく咳払いした。

 それから俺はいう。

「自分のやりたいようにする――って、こういうことだろ?」

「も、もぉぉ……!」

「はは。確かに……すげぇ幸せな気持ちになるな」

「……ぼくもだけどさ」

「教えられたよ。吹っ切れたような気がするぜ」

 友人の助言を受けて、なにかがわかった気がした。

 自分のやりたいようにする。

 それで得た未来なら、きっと誇れる。

 ならば。

「要望ってやつには悪いけど……次の話は、思いっきり好き放題する話を書いてやるか」

「アルク……!」

 俺が元気になったのを見て、友人は嬉しそうに微笑む。

 その笑顔はこれ以上なく可愛らしい。

「それじゃあ頑張ってくるぜ!」

「うんっ!」

 いてもたってもいられなくなった俺は、走って家へと向かっていく。

 憂鬱な気持ちは吹き飛んだ。

 書きたい気持ちで、いっぱいだった。

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