3
少年は初めて執筆した。
頭の中に浮かんだ何かを、強く強くイメージし、それを文字という形で具現する。
このプロセスは認識できない。
だが認識する必要などない。
書くことのみに夢中になればいい。
少年は作り上げてゆく。
心躍るバトルを。
些細な日常を。
仲間との和気藹々を。
未だ経験せぬ恋愛を。
その拙い手つきのままで、イメージを洗練してゆく。
それらのイメージたちが、大きな連なりへと構成されゆく。
小説。
これが小説。
「ここはどうすればいいんだ?」
疑問を覚えると、それは膨れ上がって不安へと変貌する。
少年は頬に汗を感じた。
もしかしたらここで手が止まってしまうかもしれない。
そうなればこの書いている途中のものはどうなってしまう?
決まっている。
ゴミとなるのだ。
そう。
ここは戦いの場だ。
書き出したからには、もう後には引けない。
途中でやめることなど許されない。
一度書き出したなら、満足のいく地点にたどり着けるまで決して手を止めてはならないのだ。
諦めたらそこで終了。
ここまでの道のりは無に帰すのみ。
妥協も中間もない。
書き切るか、それをゴミにするのか、その二択。
成功か、失敗か、その二つ。
もしも失敗すれば――紡ぎ出した夢たちは、見るも無残な残骸に終わる。
経過したすべての時間が無駄となる。
それだけではない。
初めての執筆に失敗すれば――それは才覚の無さを認めることになる。
小説家に向いてないのだと、自分で引導を渡すことになる。
憧れているそれを、自分から諦めてしまうのか?
心を賑わしてくれるそれを、自分には作れないと引き下がるのか?
――嫌だ。
始まらないまま、終わっていいのか?
――終わらせるもんか。
――始めてやるんだ。
少年は奮起する。
それはまさに戦い。
負けてはならない。
書け。書け。
戦え。
負けたくなければ――書きたいものを、書くことのみ。
「……ッ!」
まだわからないことばかりだ。
だが、それでいい。
今はただ書いているだけでいい。
その身とその心に感じるのだ――創作することの喜びを。
誰も知り得なかった君の理想を――文字にするという具現化を。
人知れぬ望み、それが君の原動力。
大丈夫。
走り始めた君の体力は、他の誰よりも満タンなのだ。
無我夢中に書いてゆけ。
その空白のうえに書いてゆけ。
空白を、君の理想で埋め尽くせ。
君の物語は、やっと始まりを迎えたのだ――