13
「はっきり言って、気に入らない」
「あら、奇遇ですねぇ。私も同感でしたよぉ」
険悪ムードだった。
険悪ムードでしかなかった。
現在の状況に至るまでをかんたんに説明すると――まぁ、星海のいう毒者が、今目の前にいる甘木若菜なのだと知れてしまったのである。
俺の作品には合わないだろうと評した新キャラクターを、追加させようと提案した人物であると知れたのだ。
さらにそれだけではなく、感想ページで四件もコメントしていた人物『わか』であることも知れた。
星海はいう。
「加々崎くんの小説の評判が気になってけっこう感想ページを見てたんだけど……、あの『わか』っていう鬱陶しい人物はあなただったわけね」
「えー。その言い方、ひどくありません?」
「言わせてもらうけどさ、甘木ちゃん、あなた作者をなんだと思ってるの? 読者の言いなりって思ってない?」
「そんなことありませんよぉ。ただ作者さん的にも『こうしてほしい』って要望は口にしておくべきかと」
「にしても量が異常に思える。要望をいうことは必要なことだけど、ものには限度ってものがあるじゃない。しかもそれへのお礼もいってないでしょ?」
「んー」
「そういう〝弁えないファン〟っていうの、私嫌いなの」
「とはいいますけどねぇ――」
トレイに雪崩させたポテトを摘んで、それを一つ食す。
それから甘木はいう。
「慎ましやかなのは美徳だと思いますけど、それで作者さんに気持ちが伝わると思いますかねぇ?」
「気持ちが伝わる?」
「いいですか星海先輩。気持ちっていうのは言葉にしないと伝わらないものなんです。これはわかりますよね?」
「……言い方が気に障るけど、かもしれないわね」
「かもじゃないですケド――で、作者さんにエールを与える。このためにはファンっていうのは、自分がその作品をどれだけ好きかということを文字にして伝えなくちゃならないんです。感想なりメッセージなりで」
「どれだけ好きか……」
「どうしてその気持ちを作者さんに伝えなくちゃならないか? 理由はかんたん――作者っていうのは、応援されてないと、ふてくされて書くのをやめちゃうからです」
「……そんなのは作者の性格によるでしょ。誰にも応援されなくても、それでも必死に書き続ける作者だっているはず」
「そんなの幻想ですねー。誰からも読まれない小説を上げ続けるって、ありえないじゃないですか? 私が作者だったら辞めちゃいますよぉ」
「それは甘木ちゃんに根気がないだけ」
「さぁ、それはどうでしょう? でもこういう人っていっぱいいると思いますよ? ――読者がいるから頑張れるって人。逆に言えば……読者がつかないなら小説を書かないって人は」
「なにがいいたいの?」
「要するにですねぇ、私たち読者は、そういう作者さんのやる気が無くならないように『読んでますよ』ってことをアピールするべきなんです。それでこそ作者さんは頑張れるってものなんです」
「一理はあるけど……」
「だってそうじゃなきゃ作品がエタっちゃうかもしれないんですよ? 密かに楽しむって姿勢は一見立派に見えますけど、そんな消極的な好意じゃ、作者さんのモチベーションにはなりませんねぇ」
「む……」
甘木の論法に、星海は腕を組んで黙り込んだ。
お互いに持論をぶつけ合って、〝読者とはどうあるべきか?〟についてをディスカッションされている。
興味深いテーマではあるが……、それ、一作者を前にして赤裸々に激白するってどうなの? 俺、すごく居心地悪いよ?
「ね、ねぇアルク」
と、俺の隣に座っている友人が、向かい側の二人に気づかれないよう(かなり猛烈に議論し合っているので俺たちのことは視界に入ってなさそうだ)に小声で俺に問うてきた。
友人はいう。
「アルク、ちょっと質問いいかな」
「ん、なんだ?」
「さっき甘木さんがいってた『エタる』ってどういう意味?」
「ああ、『エタる』っていうのはだな――なろうにおける用語の一つで、〝小説が未完のまま更新されなくなる〟って意味だ。まったくの途中でほっぽり出すってこと。なろう界ではタブーとされている行為だが、実際エタってしまう作者はめちゃくちゃ多い」
「そ、そうなんだ。……未完のまま終わっちゃうのは確かに寂しいね」
「ああ。だが作者としてはしょうがないケースも多々ある――小説を完結させるのって、ほんとに大変なことだからな」
「そっかぁ……」
「あ、俺はエタったりしないぞ?」
「うん」
友人は納得した。
目の前の二人にふたたび目を向けてみると、星海が組んでいた腕を解いてディスカッションを再開する。
「ちょっと待ってよ甘木ちゃん。それって詭弁じゃない?」
「詭弁? ですか?」
「私がいったのは〝要望をしすぎちゃいけない〟っていうことだったよね? でもそれにたいする甘木ちゃんの反論は〝読んでいることを伝えるべき〟だった」
「そうですねぇ」
「〝要望をしすぎちゃいけない〟と、〝読んでいることを伝えるべき〟――この二つに繋がりはないじゃない。論点を逸らしてごまかそうとしないで」
「やだなぁ。その二つはちゃんと関係がありますよぉ」
「そう? ならどんな関係か言ってみて」
「要望を出すっていうことは、その作品を読み込んでいる証拠です。要望を出してくれる読者は、その作品を読み込んでいる読者なんです」
「…………」
「〝この作品にこれを出したほうがいい〟っていう意見は、その作品を読み込んでない人じゃなきゃできない意見ですよね? で、意見を出すということは、その作品を読んでいるというアピールにもなるわけです」
「…………」
「だから反論は成り立ってますよ――要望はしたほうがいい。なぜなら要望は作品を読んでいる証拠になり、読んでいることは作者のモチベーションになるから……という論法ですね」
「……なるほど。まぁ最低限の筋は通ってないといえないこともない」
「このくらい暗にわかってくださいよぉ。先輩、読解力大丈夫ですかぁ?」
「ごめんね。あまりにも晦渋な言い方しかしてこないから、どうしてもね。……あ、晦渋って意味わかるかな?」
「あはは。しょうがない先輩ですねぇ。じゃあかんたんな言葉で言ってあげますよぉ――先輩のおバカちゃん♪」
「はぁ。幼稚な煽り……。子供は嫌いじゃないけどさ、子供っぽい人は生理的に無理ね――しかもそのワガママボディでとか、軽く犯罪じゃない?」
「え? チビの貧乳がなにか言いましたか?」
「ふふ。難聴アピールとか、ラノベでも読めば? そしてなろうに帰ってくるな」
…………。
…………。
帰りたい。
女怖いよ。なんでこんな皮肉を言い合えるの。仲良くしてよ。笑顔が一番だよ。
「あ、アルクぅぅ……」
膝の上に手を置いていると、隣の友人がすがるように手を握ってきた。
見てみると、不安な気持ちがはち切れそうな痛ましい顔をしていた。
お前の気持ち、すごくわかるぞ。俺の気持ちも、すごく不安だぞ。
俺は握られた手を、ギュッと握り返した。
もう。
お前らズバズバ物言い過ぎだろ。俺といるときはもうすこし謙虚なキャラじゃなかったか、二人共?
…………。
いや、俺といるときも二人はこんなキャラだったか。星海はほぼ初対面で結婚を申し込んできた。甘木は俺の作品に四件も感想を送ってきた。どちらも意見を率直に述べるタイプだ。
相性最悪だな。
煽り合いをしていても埒があかないと見えたのか、星海は新たな意見を述べ始めた。
「まぁいいよ。確かに作者的にも、感想をもらえたほうが嬉しいのは事実だしね」
「でしょう?」
「でもね、甘木ちゃん。私が嫌なのは、その要望なのよ」
「要望が嫌?」
「甘木ちゃんの意見を取り入れてテコ入れした最新話、読んだけど――あのねぇ……、なにあのキャラチョイス。腹黒メガネにヤンデレって……、すっごい腐女子臭いんだけど」
「あら、いいじゃないですか。確かに私は腐女子な気もありますけど、BL要素だって今の時代には必要なものですよぉ? 実際、銀魂や黒バスは私たちが支えてるところありますし」
「そういう恩着せがましいところが気に食わないのよ。自分たちのおかげで作品が成り立ってるって考え、すごく痛いって気付かないの?」
「やだなぁ、事実じゃないですか」
「だとしても口にしないで。失礼だと思わないの?」
「しかしですねぇ……、私たち読者がいるから、作品は成り立ってるわけじゃないですか? 作品というものは読んでもらうために存在している――だったら、その読者の意見には耳を傾けなきゃいけませんよぉ」
「確かに作品は、読んでもらうために存在してると思う。けどね――読者はあなた一人じゃないのよ」
「はぁ」
「それどころか甘木ちゃんのような読者は少数派だと思う。さっきの例にしてみてもそうだけど、銀魂も黒バスも腐狙いで書かれたわけじゃないでしょ」
「まあジャンプですからね。それについては認めざるを得ませんが」
「そういうね……作品を侵食しようとする考え方も嫌い」
「侵食ですか?」
「要望っていうのはあくまで作品を良くするためのものじゃない。それなのに甘木ちゃんのそれは、自分好みの作品に変えようとしてるだけ。長所を伸ばすっていう考え方じゃなくて、人気な要素を盛り込むっていう考え方」
「それで作品が良くなるならいいじゃないですか」
「作品が良くなるとは限らないから嫌だって言ってるの――人気なものを詰め込めば作品が良くなる? そんなの、料理で喩えたら美味しい具材をてきとうに放り込むようなものでしょ。できるのは食べ物じゃなくて、ただの材料の詰め合わせ。カオスになるだけだって」
「なにが言いたいんですか?」
「『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』にBL要素は要らない。邪魔だからあの二キャラクターを排除してってこと」
「あはは、作者さんを前にしてよくそんなことが言えますねぇ――ね、先生?」
甘木が仰いで、二人は俺のほうを向いた。
げ。
話の矛先がこっちを向きやがった。
えっと……、話の流れは、俺の作品にBL要素が要るか要らないかってことだよな? ひいては今回登場させたあの二キャラクターが必要かどうかということ……。
「どうなの、加々崎くん」
「どうなんですか、先生」
「お、おう」
二人してこっちをじっと睨んでくる。刺すような視線が二つ分で、非常に居心地が悪い。
俺は考える。
そりゃあ……、俺の意見としては、BL要素は〝要らない〟だ。もともとハーレムとかを書きたかったことから、俺はノーマルな性癖をしている。男同士の恋愛には萌えない。
…………。
横をちらと見る。
「あ、アルク……っ」
二人がこちらを向いたので、友人は小動物のようにびくびくとしている。俺の手をなおも握っていて(テーブルの下で握っているので二人からは見えないが)、不安な気持ちを押し殺そうとギュゥゥッと力んでいた。その手はとても柔らかい。
――まあ。
――前も言ったとおり、同性愛は否定しないつもりだが。
とはいえ俺の作品にBLが似合わないのも事実。小説を書く上でのよくある失敗として、設定の盛り込み過ぎで話が動かせなくなるケースというのは聞いたことがある。ならば俺の作品からはBL要素を切り捨てるべきなのだろう。
星海の肩を持って、あの二キャラクターを排除すべきなのだろう。
しかし話は単純ではない。
なんといっても俺はもう、あの二キャラクターを小説内に登場させてしまった。しかもこれからいっしょに戦うという仲間としてだ。
作者の都合で、なんの説明もなく二キャラクターを切り捨てることはできない。あの二キャラクターを絡ませた展開もいろいろと考えてしまったし……。
早い話がジレンマなのだ。
BL要素は要らない。だがBL要素を切り捨てようにも、せっかく登場させた腹黒メガネとヤンデレをかんたんには処理できない。
登場させた次の回で殺して退場とか、さすがにどうかと思うし……。
そんなことしたら提案をくれた甘木に悪い気がするし……。
俺はいう。
「そ、そうだな。俺もBL要素は似合わないと思うが……、ほら、もう出しちゃったキャラクターをそうかんたんに退場できないっていうか」
「はっきりしないね」
「う」
「そうですよぉ。どっちの肩を持つのか、はっきりしてくれたほうが嬉しいです」
「だから話はそう単純じゃないんだってば……」
「もう敵に殺されて終了でいいじゃない!」
「そんな雑な展開、許されませんよぉ!」
「お前らなぁ……」
声を荒らげる二人に、俺はほとほと呆れた。
もう勘弁してほしい。
第一そんなこと言いだしたらキリがないじゃないか。何々が要らないとか、何々を足せとか……言うのはかんたんだけど、一回その通りにしたところでまた別な不満点が挙げられるだけだ。
どれだけテコ入れしても、不満は尽きないんだ。
だったらいっそのこと、そんなふうに傷付け合ってまで議論するのをやめたらどうなんだ。作品を面白くしたいという気持ちは嬉しいけども、そのために言い争いをするのはやめてほしいんだ。
「大体ね、甘木ちゃんは加々崎くんのなんなの? さっきからその慇懃無礼な態度が気に入らないのよ」
「星海先輩だって先生に意見しすぎじゃないですか? 将来ぜったい鬼嫁になりますよ」
挙句の果てに人格批判まで始める始末。
これじゃあ口喧嘩だ。
益の生まれない、ただの罵り合い。
「BLや乙女ゲーが好きなら他のを読めばいいでしょ? 加々崎くんの作品でそれを満たすことない」
「先生の書くキャラがいいんだからしょうがないじゃないですか」
「畑が違うのに腐臭を漂わすから、腐女子は叩かれるのよ」
「腐女子は関係ないです」
「じゃあ毒者」
「星海先輩だってたいがい毒者ですよ。私のことを非難しすぎてます」
「それはお互い様」
「なんの免罪符にもならない」
「ああもう!」
もうやめてくれ。
俺の作品が元で、傷付け合わないでくれ。
頼むから仲良くしてくれ……。
俺は。
俺は――
「甘木ちゃん。作品の方向性をわかって」
「星海先輩。視野を広げてください」
「視野を広げる? ふざけないで」
「作品の方向性? なにいってるんですか」
「なんでわかってくれないの」
「なんでわかってくれないんですか」
「今の作品に不満があるようだけどね――」
「今の作品に不満があるようでしたらいわせてもらいますけど――」
お互いは、お互いを睨みつけて、口にした。
「「嫌なら読むな」」
それを言ったら、おしまいだ。
さすがに看過できない発言だった。
バン! と俺はテーブルを叩いて、立ち上がる。
「!?」
「っ!」
二人は言葉を忘れるように黙った。
立ち上がった俺のほうを見てくる。
「いい加減にしろよ……」
「加々崎くん?」
「先生?」
バン! ともう一度テーブルを叩いて。
俺は、二人に向けて大きく叫ぶ。
「読者同士で傷付けあってんじゃねぇよ!」
そうして萎びるように俯いて呟く。
「そんなことしてほしくて書いたわけじゃねぇんだよ……!」
純粋に楽しんでほしくて書いているんだ。
読んでくれた人には笑顔になってほしいんだ。
それなのに。
それなのに……。
「か、加々崎くん……」
「……先生」
「ごめん、私、熱くなっちゃって……」
「…………」
ふと店内に目を向けてみると、俺たちを見る視線が散りばめられていた。
いたたまれない気持ちになってくる。
収集もつかねぇし。
くそ。
なんだよ。
なんでこんなことになってんだよ。
「帰る」
「え?」
「か、帰るって……!?」
俺は勉強道具をカバンに詰める。
それを見ている二人が、焦り気味に言ってくる。
「い、いや、あの、加々崎くん? ごめんって。加々崎くんを無視してたのは悪いと思うし」
「そうですよ先生! なにも帰ることはないじゃないですか!」
「いや、帰る」
バッグを持って、俺は席を外した。
それから俺はいう。
「俺が面白い話書けばいいんだろ……。それでいいだろ!」
吐き捨てるようにそういった。
去り際に見えた星海と甘木の表情は、『やってしまった』という表情を漂わせていた。
友人の顔も――俺と視線を合わせようとしなかった。
階段を下りて、店を出る。
帰り道を急ぎ足で歩く。
……俺が元で、二人は口喧嘩になったんだ。俺の作品が元で、二人は傷付けあったんだ。
だったら俺が二人を納得させる話を書けばそれでいい。それで文句はないはずだ。
それでいいだろ。
「…………」
つっても。
なにも考えてないんだけど。
「はぁ……」
憂鬱に、溜め息を吐くくらいしかできなかった。
なにやってんだか。




