12
マックで待っていたのは、女の子だった。
「あ、加々崎くん。おひさ」
「お、おう。おひさ」
二時ぴったりを狙って駅前のマクドナルドに来てみると――びっくらこいた。
そこにいたのは女の子というか、星海るみでした。
星海るみ。
そういえば俺の彼女でした。
っていうか、え? なんで星海がここにいんの? ここに呼んできた張本人である友人はどこにいるんだ?
俺がきょろきょろと周りを探していると、星海は、
「始めてみるね、加々崎くんの私服」
といってきた。
俺は慌てて返事する。
「お、おう。そうだな」
「ふんふん。まぁまぁってところかな」
「ん、おお。そ……っかな」――親に買ってきてもらってるからなにがいいのか全然わからん。
「うん。まぁちょっと体のラインが見えづらいっていうか、シャツがダボっとしてるのはマイナスだけどね」
「あ、うん。そっか」
「私のはどう?」
「服か? えっと……」
星海の服装を見てみる。
トップスの一番上は、短ランみたいなサイズのゆるふわなシャツっぽいものを着ている。色は黒紫みたいな色だ。半袖。
その下に重ね着されているのは、これまたゆるふわなシャツっぽいものだ。こちらはちゃんとへそあたりの長さである。色は黄色っぽい。
ボトムスは、かんたんにいうとロングスカートである。妙なフリルが付いているが形状をうまく説明できない。色は淡い青色というところか。
全体的に見てみれば、まぁ、なんというか、オシャレだった。
そんな感じだ。
……っていうか俺、オシャレに関して疎すぎだろ。短ランみたいなサイズってなんだよ。もうちょっと上手く説明できなかったのか。
ダメだ。オシャレに関してはもうちょっと知識を仕入れなくちゃいけないな。こういう知識も小説に影響すると思うし(今はファンタジーを扱ってるからなんとかセーフだが)。
俺はいう。
「うん。まぁ可愛いと思うぞ」
「ほんとうにそう思ってる?」
「お、おう。本気でかわいいと思ってるって。もう最高。チョベリグ」
「そっ。まぁべつにいいけどねー」
「とりあえずだな……席、取らねぇか?」
「そうだね」
そういって俺と星海は、二階に上がった。空いている席を探して見つけ、そこで対面になるように座る。
女子と二人、見つめ合い。
マックでなんて、生まれて初めて。
っていうかデート?
お互いになにも言わない。
俺はなにも言えない。口から言葉が出てこない。
向かい側の星海は、感情の読めない表情をしている。ちょっと笑っているようにも見えるし、退屈そうにも見えなくない。
…………。
き、気まずい!
どうしよう。何か話さないと……、でも何を話せば?
くそ。前の教室にいたときはけっこう話せていたのに、どうして今はなにも喋れないんだ。……彼女だということを意識してしまっているからか?
なんにせよ沈黙はまずい。
とりあえず何か喋らなくちゃ。
「あぁ、そうだ。なに頼む?」
「うーん。どうしよう」
「なんなら俺が買ってくるぞ。つか、それくらい買ってくるし」
「そう? じゃあ頼んじゃおっかな」
「おう任せろ」
「加々崎くんは何頼むの?」
「俺は……、照り焼きでも食おうかな」
「そうなんだ。私はえびフィレオでよろしく」
「おっけ。飲み物も買ってくるな。コーラでいい?」
「うん、いいよー」
「わかった。あ、あとポテトも買ってくるな」
「うん」
「じゃあ……」
そういってカバンを置いて、財布とスマホを手に席を外した。
階段を下りてレジに向かう。向かいながらLINEを開き、友人に「お前今どこにいるんだ」と送ってみる。
返事は来ない。
無視を極め込む気か……。
頼まれた注文を買って、俺はしぶしぶ星海のいる席へと戻りにいく。
……いったいどういうことなんだ。俺はあいつと勉強するためにここに来たのに、どうして星海がいるんだよ。
「ったく。……ん?」
席へ戻ろうと歩いていると、離れた席から星海を見ている人物が一人いた。
サングラスに鹿撃ち帽をまとっていかにも怪しげな様相をしている。その人物はカウンター席から星海のほうを向いていて、手に持ったジュースを口にしながらそわそわと星海の様子を伺っていた。
星海のほうも、その人物のほうをちらちらと横目で見ている。不審な人物から見られていることを気にしているというよりかは、まるで目配せでサインを送っているかのような雰囲気だ。
「ん? あの帽子……」
どこかで見覚えがある。
どこだっけ……。確か昔、なにかのときに買ったような気が……。
「あぁ。思い出した。……ってことはあいつっ」
俺は勇み足で、鹿撃ち帽のほうへと向かっていった。
「おい」
「!?」
声をかけられて驚いたらしく、肩をビクッとさせてこちらを見上げる鹿撃ち帽。
俺はいう。
「お前なぁ、なんだその姿」
「な、なんのことでしょう?」
高い地の声を無理やり低くしたような声で、その人物は応答する。
いやな。
ごまかそうとしたって、もう正体バレてるから。
「いい加減にしろ。しらばっくれても無駄だ」
「何をいってるのかさっぱりわかりませんな……。ぼくは通りすがりのシャーロック・ホームズですよ?」
「アホか!」
奪い取るように鹿撃ち帽を取り上げた。
その勢いで、かけていたサングラスがズレる。
鹿撃ち帽の正体は、俺をここへ誘き寄せた男の娘の友人だった。
「な、なんでぼくだってわかったの!?」
「わかるに決まってるんだろ。この帽子、二人で京都に行ったときに買ったやつじゃねぇか」
「あ、覚えてたんだ……」
「たりめーだろ」
「高一の夏だよね。えへ」
「笑ってごまかしてんじゃねぇ」
「あぅ……」
友人は涙目になった。口元もへんにゃりさせて怯えたふうになる。
俺は呆れて頭をかき、それからいう。
「どうしてこんなとこいるんだよ。っていうか二人で勉強するはずだったろ」
「ご、ごめん……」
「いや謝んなくてもいいけどさ……」
「うぅ……」
「星海がここに来たってのも気になるし、とにかく事情を教えてくれ」
「……うん。わかった。実はね――」
友人の話によると、事情はこういうことらしい。
星海が近付けないのは、自分のせいではないかと友人は考えていた。昨日も俺に話していたことだが友人は思っていたよりもそのことを気にかけていたらしい。
自分がつねに俺といっしょにいるから、星海は近付けない。
せっかくできた彼女であるし、その恋路を応援するとも宣言したものだから、引け目を感じていたのだ。
このままでは二人の関係が冷めきると考え(余計なお世話だ)、俺と星海をくっつけるためにデートをさせようと目論む。その手段というのが、俺を騙してマクドナルドに連れてくるというこの計画だったのだ。
「なるほど。事情はわかった」
「うん……。ぼくもね、ほんとうはここに来ないほうがいいってわかってたんだけど、どうしても二人のことが気になるから、つい」
「はぁ……。まぁ、もういいよ」
「ほんと!? 許してくれる!?」
「許すは許す。けどなぁ……」
先ほどからこちらをちらちらと見てくる星海には聞こえないよう、俺は、友人の肩に手を回してひそひそと喋った。
「俺もちょっと限界なんだわ……」
「え? 限界って?」
「星海と二人きりって、ちょっと無理そう」
「えー!? だってあの人、アルクの彼女だよ!?」
「いや、そうではあるんだけど……。一週間も話してなかったんだぜ? いきなり二人になって話すったって、なにも話すことなんかねぇんだよ」
「そうかなぁ……」
「だからお前来い」
「へ?」
「お前も来るんだよ。そうしたら俺、喋れるから」
「え? えっ!? そ、そんな……。ダメだよっ。ぼくが行ったらせっかくのデートがぶち壊しになっちゃうよ……?」
「こっちはデート気分で来たんじゃねぇんだよ! いいから来い!」
「わわ、うわぁっ!」
強引に腕を引っ張って、友人を連れゆく。
そうして星海の前までやってくる。
友人を連れ出した俺と、申し訳無そうな顔の友人を交互に見つめ、それから星海は溜息を吐いた。
「作戦失敗ね」
「ごめんなさい……」
「あなたは悪くないって。なにがなんでも成功させたかったわけじゃないし」
「うぅ……」
などというやり取りをしてから、俺と友人と星海は同席した。
ポジションをいうと、俺は椅子側の席の左側。友人は俺の隣。星海はソファ側の席で、俺とは対面になる位置だ。
とりあえず注文されたものをテーブルの上において、俺と星海はコーラをストローで吸う。ちなみにこの時点で友人の被っていた鹿撃ち帽は返しておいた。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も口には出さないが、友人が加わったことで余計に気まずくなってしまった。引き連れてきた俺が文句を言える立場ではないのだが。
このまま時間を浪費するのもしょうがないので、俺は当初の目的をいう。
「まぁ……、なんだ、とにかく勉強会をしようぜ」
「あ、ごめんアルク。それアルクを呼び出すための口実だから、ぼくと星海さん勉強道具持ってきてなくて……」
「なんでだよ!」
「まぁまぁ加々崎くん。教科書さえ持ってきてるなら、私は教えてあげられるから」
「あ、そうか。星海ってけっこう成績良かったもんな」
「ぼ、ぼくも! 星海さんほどではないけど、ある程度なら……」
「そうだな。いつもはお前に勉強教えてもらってるし……、じゃあ大丈夫そうだな」
というわけで俺はカバンを開いて、教科書とノートと筆記用具を出した。教科書とノートは俺の目の前に開き、筆記用具は各々に回す。
それからしばらく勉強会……。
「ふぅん。加々崎くん、まずは山月記の読解をしたいわけね」
「んー。なにが出てくるだろ。李徴の性格とか、役人を辞めた理由とかかな?」
「ほぉ」
「山月記っていうなら、臆病な自尊心と尊大な羞恥心の二つは押さえておくべきだと思うわ」
「あ、それ塾の先生から言われた!」
「はぁ」
「臆病な自尊心っていうと、プライドの高い人みたいな感じかしら」
「尊大な羞恥心も、ほとんど同じ感じだよね」
「へぇ」
「でも李微は天才っていわれてるけど、山月記を読んでると天才の心理もそれほどわからなくないのよね」
「やっぱり人間は人間だから、そこら辺は変わらないのかなぁ」
「あぁ」
「アインシュタインとかだって、見てないところではきっとふつうの人だったと思うのよ」
「うん。天才の人って、案外ふつうの人と変わらないのかもね」
「ふーん」と、コーラを飲む。
「私は加々崎くんのことを天才だって思ってるけど!」
「ぼくも!」
「へぁ!?」
コーラを噴き出したりもしたが、そんな感じで二時間ほど飲み食いしつつ勉強会をこなすのだった。時刻は四時にまでなっていて、真面目に勉強したといって過言はないだろう。
まぁこの勉強会で頭が良くなったのは俺しかいないだろうが……。
っていうかレベルの高い人同士で知的な雑談をしないでほしい。会話についていけなくて所在無い。
ともあれ次のテストに出そうな科目はおおかた予習したのも事実。万全とまではいかないが、これで次のテストはそこそこの点が取れるかもしれない。
俺はぐったりしていう。
「だはぁ……。休憩、休憩しようぜ……」
「そうだね。アルク、お疲れ様」
「あはは。お疲れ、加々崎くん」
二人から笑われながら労られた。
勉強会をしていくうちで三人にあった緊張も解けたようで、それからはてきとうに雑談をしつつ時間を潰していく。
星海はいう。
「小説のほう、相変わらず順調そうよね」
「ん、まぁな」
「毎日欠かさず見てるけど、展開もキャラもけっこういい感じじゃない?」
「お、そうか」
「でもちょっと気になるところがあるんだけど」
星海は真面目そうな顔つきになった。
いきなり表情が変わるものだから一瞬気圧されそうになったが、俺はなにかと聞き返す。
「一番新しい話のことなんだけど――新しいキャラクターが出てきたよね」
「おう。出したな。腹黒メガネとヤンデレのキャラだ」
「あれ、ほんとうに加々崎くんが書きたいって思って出したの?」
「えっ」
ひやりと、背筋になにが伝った気がした。
平然とした面持ちを崩さないよう気をつけながら、俺はいう。
「星海、それはどういう意味だ?」
「なんていうかね、加々崎くんの小説を見てると、どうもあんなキャラが出てくるのはおかしいなって思っちゃって」
「俺の小説を読んでると……、って?」
「かんたんにいえば、世界観に合ってない」
「世界観に合ってない……」
その言葉に、俺は否定できなかった。
俺の書いている小説『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』は、どちらかというと男性向けの小説だ。
それなのに腹黒メガネやヤンデレの男性キャラクターが出てくるのは、すこしばかり変に感じられるものがあるだろう。女性キャラクターならまだしもだが。
俺自身、書いていて「これでいいのかな」と思っていたし。
俺は、テーブルに肘をついて、星海に近づくように前のめりになる。
「……やっぱりそう思うか?」
「そう思うかって……、まるでわかっていたのに仕方なく書いていたような口ぶりじゃない? なにか事情でもあったの?」
「まぁ……」
俺は、星海に事情を話した。
とある読者から腹黒メガネとヤンデレを出したほうがいいという意見を貰ったこと。俺自身、読者の意見をどんどん取り入れていきたい姿勢で書いているから、その意見を肯定したこと。それを話した。
誤解を招くとまずいので、一応、その読者とリアルで会っていることや、その読者が昨日俺の家に上がり込んできたことは伏せておいた。仮にも彼女の前で、後輩の女子を家に上がらせたなどという話はできまいて。
星海は納得したように腕を組む。
「なるほどね……。そういう事情があって腹黒メガネとヤンデレを登場させたんだ」
「ああ」
「はっきり言っておくけど、その人、〝毒者〟だと思うわよ」
「毒者?」
「そう。読者じゃなくて毒者――読む者ではなく、毒な者と書いて毒者」
「なんだその言葉? 聞いたことないが」
「小説家になろうでよく使われているスラングよ」
「……どういう意味なんだ? その毒者っていうのは」
「毒者っていうのは、かんたんにいえば悪質な読者ってところね」
「悪質な読者……!? ちょっと待てよ。べつにあいつは俺に害を加えようとか、そんなつもりはいっさいないと思うぞ?」
「だからこそよ」
「は?」
「毒者の多くは、自分の行動に対して無自覚なの」
毒者によくある行動。
作品の気に入らない展開を否定し、作者に暴言を吐く。(好きなキャラクターが死んで、「生き返らせろ」と講義する)
作者を異様なまでに崇拝し、その影響で他の人を中傷する。(同じ名前のキャラを他作品でみると、その作品をパクり扱いする。作者に意見した他の読者を非難する)
そして――自分の意見を執拗なまでに、作者に強要する。(このキャラクターを出せ。この展開にしろ)
などなど。
「要するに痛いファンってわけね。こういう人たちはどうしても自分の行動に無自覚になるものだと思うの」
「痛いファン……」
「周りが見えてなくて、とにかく自己顕示が強いってこと」
「いや、でもさ……、俺の知ってるあいつは、そこに挙げられた例と違って他人に〝迷惑をかけたりしてない〟ぞ? 迷惑をかけてないんだったら、それはむしろ熱心な読者といえるんじゃないのか?」
「まあ確かに、人に迷惑をかけないのであれば、そういう熱心な読者はむしろありがたいものだとは思う」
「だろ? だったら……」
「でもさ、実際問題、被害を被ってる人はいるじゃない」
「え、誰だよ」
「加々崎くん本人」
「え、俺が? ……どんな被害を?」
「――書きたくないものを書かされる被害」
「……っ!」
「どう? 違う?」
「…………」
星海の言い方は極端すぎる気がするが、身も蓋もない言い方をすれば、それは確かにあるのかもしれなかった。
書きたくないものを書かされる被害。
その指摘に、俺は、反発することができなかった。
俺自身、ぶっちゃけたところ書きたくないキャラクターを書いたわけだから、そういう言い方もできてしまう。
認めざるを得ない。
だが全面的に同意したというわけでもない。
俺は反論する。
「けどさ、星海……、それだって小説を書いていくのには必要なことなんじゃないのか?」
「どういうこと?」
「俺はさ、こう思ってるんだよ――〝取り入れた要望の数=面白さ〟だって」
「…………ふぅん?」
「作品を面白くするのは読者の意見だ。多少書きたくなくても、面白くするためにはそれもしかたのないことだと割り切るべきだろ」
「一理ある」
星海は指を立てた。
「けどそれでほんとうにいいの?」
「は?」
「面白くするためにやっている行動で、逆につまらなくなってる……とは考えたことない?」
「…………」
星海の言いたいことはわかる。
星海は、あの二キャラクターが出てきたのを面白いとは思わなかったのだ。
だからこうも突っかかってくる。
だけど俺はいう。
「面白いと思う人だっているだろ……。現にその読者は面白いって言ってくれたし」
「でもあの作品を読んでくれてる読者の殆どは面白いと思わないはず。現に私は、媚びてるって感じが伝わってきて嫌だった――だって明らかに今までと方向性が違うもの」
「わかんないだろ。今までと違うことをやることで、また違う面白さを感じ取ってくれるってことも……」
「そう? 私には、いたずらにターゲット層を変えただけに思えるんだけど。まとまりのない行動に見えるっていうか、ブレてるだけというか――」
「なんだよ」
「加々崎くん。言わせてもらうんだけどさ、そういうことを繰り返してたら、たぶん、『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』は――加々崎くんの手から離れた作品になっちゃうと思うよ」
「え、どういうことだ?」
「だって、作者じゃなくて読者が作品を作ってるんだもの」
「……っ!」
作者じゃなくて読者が作品を作っている。
その言葉に俺は反論できなかった。
違和感の正体は――これだったのか。
俺の作品なのに、俺が作っている気持ちがしない。
最新話を書いていたときにあった違和感の正体は、これだったのか。
俺は拳を握り締める。
なんだよ。
じゃあ〝取り入れた要望の数=面白さ〟という俺の考え方は、間違いだったのかよ。
くそ。
なら作者は、読者にたいしてどう接すればいいっていうんだ?
読者の意見に耳を貸さない――それが作者のあるべき姿だっていうのか?
書きたいように書く、それでいいっていうのか。
わからない。
そもそもの話、お前だって読者の一人じゃねぇか。読者がいろいろ意見しているって意味では、お前も同じだ。
ああ。ダメだ。混乱してきた。
パラドックスが起きている。
読者の意見に耳を貸すなら、読者の意見に耳を貸さないようにしなければならない――という論法か? なんだこれ。こんなのどうすりゃいいっていうんだ。
なにが正しいのか、わからなくなってきた。
「ね、加々崎くん。どこの誰がそんなこと吹き込んだか知らないけど、私のほうが加々崎くんの小説を読み込んでるって自信はあるよ? 私の未来さえも加々崎くんに賭けてるんだもの――その私が、面白くないって言ってるの」
「ぐ……」
「変な展開には持ち込んで欲しくないな」
「変な展開って……」
そんな言い方はないだろ。
俺だって、頑張ってるんだぞ。
俺は冷静さを失って、怒鳴るように言ってしまった。
「あのな! だったらお前、俺にどうしろっていうんだ?」
「っ! どうって……」
突然の大声に、すこし戸惑うようにする星海。
俺はなおも大きな声で問う。
「読者ってのは大事なもんだろ! それが間違いだっていうなら……、どうしたらいいのか教えてくれよ!」
「――そうですよぉ。読者はとっても大事なものですよ?」
「!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
俺は横を振り向いた。
驚く。
そこにいたのは、
「こんにちは先生。こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ」
「あ、甘木……!?」
甘木若菜。
俺の作品にいろいろと意見を出し、腹黒メガネとヤンデレを登場させるよう提案してきたかの後輩だった。
いまこうして星海と口論になっている――元凶だった。
ニコニコとした笑みで、俺と星海と友人の三人を見下していた。
「うふふ、昨日ぶりです。いやぁ……昨日は突然家に上がり込んじゃってすみませんね。私もちょっと熱が入っちゃって」
「お、おま……! 誤解を招くような発言は慎めよ!」
「あれ、もしかしてその人彼女さんですか?」
「そ、そうだよ。だから――」
「こんにちはー。私、甘木若菜といいます。一年生です」
「……こんにちは。私は星海るみ。二年生よ」
「どうもです――私いま友達といっしょに来てるんですけどー……、これも運命ですし、せっかくですからちょっとお話させてもらえませんか? 先生とお話したいですっ」
といって甘木は、有無を言わさずに空いている席――星海の隣の席に座った。
こ、こいつ。
なんてタイミングでエンカウントしやがる。
余計に話がややこしくなるじゃねぇか。
しかも彼女の前だというのに、言わなくていいことをペチャクチャと……。
「…………」
げ。
星海のやつ、めっちゃ睨んで来てるよ。
甘木はなんか状況を楽しんでいるように笑っているし。
「あわわ……」
友人もあたふたしているし。
……あれ。
これ、もしかして修羅場じゃね?




