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「――という話があってだな。ちなみにそいつは今も親友同士なんだぜ」
「い、いい話すぎますよ……」
「ん、そうかな?」
「ぜったいそのエピソードは小説に使うべきですって! 大ウケ間違いなしですよ!」
「ふむ。そこまでいうならちょっと考えておくか……」
俺は、顎に手をやって一考した。
と。
甘木は部屋の掛け時計を見上げて、それから気づいたようにいう。
「あ。もうこんな時間じゃないですか」
「ん? まだ二時だぞ」
「はい。そうなんですが……、実はちょっとこの後予定がありまして」
「ふーん。そうなのか」
「名残惜しいんですが、この辺でお暇させていただきますね」
「おう」
甘木はベッドから立ち上がった。
それからスカートを叩いて(なんでそんなことをする)、椅子に座っている俺に近寄ってきてからいう。
「じゃあ先生――よろしくお願いしますよ」
「よろしく……って?」
「決まってるじゃないですか! 腹黒眼鏡とヤンデレを出すって話ですよ!」
「ああ。そういえば最初はそんな話をしてたっけ――……マジで出すの?」
「出してください! ぜったいウケます! 少なくとも私は大好物ですから!」
「んー……」
腹黒眼鏡にヤンデレかぁ。
ぶっちゃけ俺はそんなに書きたいとは思わないけど……、まあ読者である甘木がウケると言っているのだから、取り入れたほうがいいのだろう。
〝取り入れた要望の数=面白さ〟。
それが俺のなろう作者として哲学。
自身の哲学にしたがって、読者の要望にはできうるかぎり応えていくべきだ。
「わかった。努力しておく」
「はい――それからテクニックのことも覚えておいてくださいよ?」
「おう。それについては大丈夫だ」
小説を書く上でのテクニックを、俺は三つも教えてもらった。
一、冒頭には気合を入れよ。
二、ピーク・エンドの法則。
三、実体験を元に書くとリアリティが宿る。
この三つはほんとうに役立ちそうだと思う。
面白い小説を書くためには、やはりテクニックも抑えておかなければならないからな。きっと覚えておこう。
甘木はいう。
「それじゃあ先生。ここら辺で」
「おう。玄関まで送っていくぜ」
俺と甘木は部屋を出た。
歩いて、玄関に着く。
靴を履きながら甘木はいう。
「先生の作品、ぜったいに面白くしましょうね!」
そういって家を出ていったのだった。
扉が閉まる。
途端、静寂。
一人になったところで、俺はしばらく玄関で立ち尽くし、それから独りごちた。
「健気な後輩ではあるよな……」
甘木。
あいつは、本気で俺の小説を面白くしたいと思ってくれている。
真摯な読者に出会え、さらにいろいろと意見をくれるというのはすなおにありがたいと思う。
けど、
「腹黒とかヤンデレとか好きじゃねぇんだよなぁ……」
甘木の出してくれる意見は、正直言ってあまりピンとこなかった。
それは単に俺のセンスがなくて、甘木のセンスについていてけてないだけなのかもしれないけれど――甘木のいうそのキャラクターたちを出すことに、俺は乗り気ではなかった。
俺はいう。
「ま……、でも書かないわけにもいかないだろ」
俺は自分の作品を面白くする義務がある。
俺が結婚を前提に付き合っている女子――星海るみを幸せにしてやるためには、売れる作家にならなければならないのだ。
売れるためには、頑張らなくちゃならない。
〝書きたくないから書かない〟などと甘えていてはプロの作家にはきっとなれやしない。
これも一つの勉強だと思って、甘木の意見を取り入れていこうじゃないか。
大丈夫。
読者の意見を取り入れておけば、間違いはないはずだ。




