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 それから俺と〝そいつ〟は、また別の日に二人になる機会があった。

 教室。

 二人きり。

「や、やあ」

「お、おう」

 よそよそしいふうに挨拶を交わす。

 DQNグループを謝罪させた日から数日後のことだ――あれからDQNグループは〝こいつ〟に構うことはなくなっていた。それだけでも俺のやったことは無駄じゃなかったと思える。

 だがいじめの件を解決してやったところで、俺と〝こいつ〟が卒業で離れ離れになることには変わりない。

 なんにしてももう〝こいつ〟の笑顔を見ることはない――そう思うと、寂しい気持ちが胸に沸いてくる。

 それを言葉にしたとしても余計に辛くなるだけだから決して言いはしないけれど。

 俺はいう。

「あれから、どう?」

「どうって?」

「いじめはもうなくなったよな?」

「うん。おかげさまで」

「そっか」

「――後から知ったことなんだけどさ」

「うん?」

 〝そいつ〟は俺の目を見据えてきた。

 俺は一瞬たじろぐが、真っ直ぐに見つめ返す。

「あの三人も、一校に行くんだってね」

「…………」

「だからあの日の夜、……三人に言ったんだね。もういじめるなって」

「……バレたか」

「言ってくれればいいのに」

「わざわざ言うことでもないかと思って」

「言ってくれなきゃわからないよ」

「そうだな……。わりぃ」

「い、いや。謝らなくても……」

「あ、うん」

「うん……」

「…………」

「…………」

 はぁ。くそ。

 会話が途絶えがちだ。沈黙だって多いし、なにを話したらいいのかわからない。

 もうすぐ離れ離れになってしまうんだから――もっとたくさん話していたいのに。

 俺はいう。

「あ、あのさ」

「うん?」

「…………」

「なに、どうしたの?」

「……ごめん。なんにも考えずに喋っちまった」

「なにそれっ」

「……なんか、お前と話してたい気分で」

「……変なの」

「悪かったな」

「ううん――ぼくもおんなじ気持ちだよ」

「……っ」

 自分の顔が熱くなるのがわかった。

 それから〝そいつ〟は、明るい声でいってくる。

「あのね、いい話……かどうかはわからないんだけど、ちょっと教えておきたいことがあって」

「ん? なんだ?」

「ぼくね――二校に行くことにしたんだ」

「はぁ!?」

 俺は驚いて、大きな声で聞き返してしまった。

 なに?

 一高ではなく二校に行く?

 俺はいう。

「なんでだよ!? 一校に行きたいっていってたじゃねぇか!?」

「うん。でもそれの理由って、どこに行ってもいいからだったし」

「はぁ……?」

「どこに行ってもいいから一校に行こうとしてただけ。……他の理由はぶっちゃけ言い訳だったんだよ」

「どこでもよかったって……。じゃあなんで二校なんだよ?」

「君がいるからに決まってるでしょ」

「――っ!」

 〝そいつ〟は。

 俺の手をぎゅっと握ってきた――あの日の放課後、俺がそうしたように。

「勉強や親も大事だってわかってるけど――今のぼくには、もっと大事なものができたから」

「大事なもの……」

「友達、だよ」

「…………っ」

 心臓がバクバクとする。

 ヤバい。

 俺なんでこんなにドキドキしてるんだ。こいつは男なんだぞ。いやしかしどう見ても見た目は女子だし。

 それに男子だとしても、ここまで率直に好意を伝えてられたら――面映ゆい。

 俺は慌てていう。

「な、なに恥ずかしいこといってんだよ。バカじゃねぇの?」

「えー? ダメ?」

「ダメってことはねぇけど……、でもだからって俺なんかを優先して高校のランク落とすとか、どうなんだって話で」

「んー」

「つーか一校に行かないんだったら、俺がいじめを辞めさせた意味がねぇじゃねーか! おとなしく一校に行ってろよ! ――頼んだわけじゃねぇんだぞ!?」

「そんなこと言うんだったら――」

 〝そいつ〟はゆるく微笑んだ。

 そうして言ってくる。

「ぼくだって、いじめを止めてなんて頼んでないよ」

「う……」

「自分のやりたいようにする――君がそうしてきたんだから、ぼくだってそうするんだ」

「それはズルいだろうが……」

「ズルくないもーん」

 いたずらっぽくそういって、〝そいつ〟は笑った。

 その無邪気さに感化されて、俺も堪えきれず噴き出した。

 俺は溜息を吐く。

「はぁ……。ったく。やれやれって感じだぜ」

「ふふっ。高校に行ったら、改めてよろしくね」

「こちらこそ」

 結局。

 俺のやってきたことは空回りに終わったということだ。

 これならあの三人組を潰す必要なんてなかったか――いや。

 厳密に言えば空回りってわけじゃないのかもしれないな。

 俺が行動を起こしたことで、〝こいつ〟が俺と同じ高校に行くことを決めたというのだから――そこには確かな差異がある。

 俺を友達といってくれて、笑顔を見せてくれている。

 それだけで俺のやったことは――報われたような気持ちがした。

 それだけでこの話はハッピーエンドだ。

 俺はいう。

「そういえば名前訊いてなかったな」

「クラスメートの名前だよ? それくらい知ってようよ」

「そうだけどさ……。じゃあお前は俺の名前知ってるのか?」

「ごめん。知らないや」

「知らないんじゃねーか!」

「ごめんごめん。えへへ」

「ったく――俺の名前は加々崎歩。いっしょに二校に行こうぜ」

「うん、頑張ろうね! ぼくの名前は――」

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