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 ……このままこいつに主導権を握られていると話がとんでもない方向に進んでいくかもしれない。甘木が手にしているあの手帳に、あとどれくらいの〝提案〟があるかわかったもんじゃない。

 俺はいう。

「まぁ甘木、話はだいたいわかったよ。できるだけそれらの意見を取り入れていきたいと思う」

「ほんとうですか!?」

「ああ――だからまぁ、提案は一旦置いとこうじゃないか。もう十分だぜ」

「え……?」

 突然、悲しそうな顔をする甘木。

 ぎょっとした俺に構わず、甘木は情けないような声でいってくる。

「も、もしかして私、メイワクだったんでしょうか……?」

「えっ!? いや、そんなわけじゃ……」

「私、先生の作品が面白くなればと一生懸命考えてきたのに……」

「いや、あの、そんな暗い顔すんなって! な!?」

「そうですよね……。一読者がここまで意見をいうなんて差し出がましかったですよね……。ぐす、もう今後このような行動は慎むようにします……。ご迷惑をかけてほんとうに申し訳ありませんでした……」

「いや! あのさ、そんなことないって! ――俺、お前の意見をすごく参考にしてるから!」

「……ほんとですか?」

「ほんとだって! だからそんな……泣きそうな顔すんなよ……」

「これからも私(の意見)を使ってくれますか?」

「ああ、もちろんだ」

 にぃぃ、と甘木は、打って変わって悪そうな笑みを浮かべた。

 あ、あれ?

 この場面にその悪人面は似合わないんじゃないですか、甘木さん?

 甘木は嬉々としていう。

「ほんとですかー! よかったー! じゃあこれからもいぃぃぃぃーっぱいお手伝いさせていただきますね!」

「お、おう」

「まだまだ50個くらいはアイディアがありますから、焦らずじっくりと面白くしていきましょう!」

「50……だと……」

 あれ、なんか目眩が……。

 くっそ、なんだよ、今のは嘘泣きだったのかよ、畜生。

 …………。

 でもまぁ、いいか。ほんとうに泣かれたほうが嫌だし、それに俺の作品を面白くしたいって気持ちは純粋だものな。

 嘘泣きだって、かわいい後輩のオチャメだと思って甘んじて受け入れてやろう。にしてはずいぶん狡猾なオチャメだが。

 俺はいう。

「とにかくそういうわけで提案については一旦置いて――それよりも甘木、俺としても自分の作品を面白くしていきたいのは山々なんだが」

「お、いいですねぇ」

「俺は、じつは小説を書き始めたのが一週間ほど前くらい――正確にいえば八日前でしかないんだよ」

「え!? そうなんですか!?」

 甘木は身を乗り出した。そうとう驚いているらしい。

 それから甘木はいってくる。

「すごいですよ! 書き始めて八日であんあに面白いものを書けるなんて!」

「ん、そうかな」

「はい! やっぱり先生はさすがです! 天才です!」

「そ、そうかな~?」

 まいったな。

 その言葉にはどうも弱い俺だ。

 俺はいう。

「とはいえやっぱ経験ってものが少ないからさ、具体的にどう書けば面白くなるかがよくわからないんだよ」

「ふむ?」

「小説を書く上での鉄則とか、面白くするテクニックとか――俺も自作を面白くしていきたい。だからそういう〝面白くする方法〟的なものを知りたいんだ」

「面白くする方法ですか」

「なんでもいいんだけど、なにか知ってないか?」

「そうですねぇ――そういえばどこかで聞いたことがあるんですけど、〝冒頭には気合を入れよ〟という格言めいた言葉があったような気がします」

「冒頭……?」

「はい。やっぱり小説って、漫画とかと違って一気に読むのはキツいじゃないですか?」

「確かに」

「本屋さんとかで小説を手にとって、試しに立ち読みするにしてもそんなに読めないものです。だから読者は、最初の段階で面白いって思えた小説を買うわけです」

「ああ、そうか。逆に言えば、最初の段階でつまらないと思われたらもう終わり――最初で読者の心をキャッチしなくちゃいけないわけだな」

「そういうことです」

「これ、ネット小説でも同じこと言えるよな? 俺も最初の数行でうーんって思ったらブラウザバックするぞ」

「そうですね。とくに一行目には心血を注ぐべきだそうですよ――小説というものは最初が肝心ということでしょう」

「なるほどなぁ。とても参考になった」

「いえいえ、どういたしまして」

「ただ一つだけ問題があるぞ」

「はい。なんでしょう」

「それ、今知っても遅いよな? もう連載始めちゃってるもんな?」

「遅いですねぇ」

「オイっ!」

 なんの悪びれも見せない甘木に、俺はほとほと呆れる。

 〝冒頭には気合を入れよ〟――なるほど確かに有意義なテクニックではあるが、すでに連載を始めた今となっては使えないテクニックじゃないか。

 しかし甘木はいう。

「いえ先生。落ち込むのはまだ早いですよ」

「べつに落ち込んではねぇが……」

「この〝冒頭には気合を入れよ〟は、なにも第一話でしか使えないテクニックというわけじゃないと思います」

「なに?」

「まず……、連載小説は一話一話区切って話を展開してくわけですよね」

「そうだが?」

「だとすると、その一話一話の始まりごとにもこの〝冒頭には気合を入れよ〟を使うといいんじゃないですか?」

「あ? ……どういうことだ?」

「だからですねぇ、〝小説全体の冒頭〟ではなく〝一話ごとにおける冒頭〟に気合を入れるということです――こうしたら、その話の第一印象がグッと良くなって、続きを読みたいと思ってくれるはずです」

「ふむ……」

 なるほど。

 いわれてみれば、始まりから面白そうな雰囲気が出ていれば、続きが気になってすいすい読みたくなるかもしれない。

 逆に始まりが面白くなさそうであれば、いくら読んでいる小説とはいってもちょっと面倒臭いと思ってしまうだろう。それが続くと、いずれはその小説を読むのをやめる……なんてことにもなる。

 実際、最初の段階で説明がダラダラ続くと、気圧されるというか、敷居が高い感じがして読むのをためらってしまう。

 逆に主人公とライバルが対峙しているシーンから始まると、おっと思って、どうなるかが気になりすいすい読んでしまう。

 一話ごとの冒頭にも気合を入れる。

 これは有用なテクニックだ。使うようにしよう。

 俺はいう。

「ふむ。〝冒頭には気合を入れよ〟……か。これは使えるな。覚えておこう」

「それは嬉しいです――その他にも〝ピーク・エンドの法則〟というものもあるんですよ」

「ピーク・エンドの法則?」

「はい。これはさっきの話の反対で、話の最後で面白くするといいというテクニックです」

「話の最後でか?」

「ええ。人間の記憶で忘れられにくいのは二種類あって、一つがピークの時はどうだったかという事、もう一つがエンドの時どうだったかという事。この二種類なのです」

「一番スゴい時と、一番最後の時か」

「その二つを合わせて、一番スゴいことを一番最後に持ってくると、相乗してとてつもないインパクトを与えられるそうですよ」

「ほぉ、なるほど」

 そういえば小説を読んでいると、やたら話の最後に衝撃の事実が明かされるなぁと思っていたけど――そうか、それはこの〝ピーク・エンドの法則〟を使っていたわけなのか。

 話の最後で面白い展開に持っていけば、記憶に残りやすい。

 しかも次の展開が気になる。

 〝ピーク・エンドの法則〟。

 これもすごく重要なテクニックになりそうだ。

 俺はいう。

「つまりオチが大事ってことだな」

「はい。それとか、話の途中でどれだけ暗くても最後が幸せならハッピーエンドになるっていうのもそんな感じですよね」

「逆もまた然りか――他には?」

「他には……、実体験を元にして、そのエピソードを物語に使うといいとも聞いたことがあります」

「あー。それは俺も聞いたことがあるぞ」

「ほんとですか?」

「ああ。確かジョジョ四部の岸辺露伴がいってたんだ、『「マンガ」とは想像や空想で描かれていると思われがちだが実は違う!』『自分の見た事や体験した事感動した事を描いてこそおもしろくなるんだ!』ってさ」

「おお! まさにその通りです!」

「やっぱリアリティって大事なんだよな」

「大事だと思いますよぉ」

 露伴先生曰く、リアリティこそが作品を面白くするエネルギーらしいしな。

 甘木はいう。

「参考までに訊きたいんですけど、先生はなにか物語に使えるようなエピソードとかってありますか?」

「俺? んー、そうだな」

 俺は考えて記憶を探った。

 …………。

「え? もしかしてなにもないんですか?」

「いやそういうわけじゃない。あるにはあるぞ」

「おぉ。それは物語に使えるほど面白いエピソードですか?」

「おう。なんならこの話を元にして小説を一本書いてもいいと思えるくらいだぞ」

「それはそれは! どんなエピソードかお聞きしたいです!」

「いいぞ――まず、俺には一人、とても大事な親友がいるんだが……」

「一人しか親友がいないんですか?」

「黙って聞け。――その親友との出会いのエピソードがなかなかいい話なんだ」

「へぇ、どんなですか? どんなですか?」

「ああ。あれは中三のころの冬の話で――」

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