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とりあえず俺は自分の部屋を整理し、甚平から私服へと着替えたところで、甘木を家に上げた。
「あれ、先生。着替えちゃったんですか?」
「そりゃ、あれはパジャマだからな」
「似合ってたのに、もったいない」
などと会話しながら俺の部屋へと歩いていく。
……しかし、その「先生」と呼ぶのはなんとかならんのか。最初のうちは気をよくしていたが、こうも連呼されると段々居心地が悪くなってくる。
俺は扉を開ける。
「おう。上がってけ」
「ここが先生のお部屋ですかー! お邪魔しまーす!」
「てきとうなところに座っといてくれ」
「はーい」
といって甘木はベッドに腰掛けた。
いや、確かに俺はてきとうなところに座ってくれと頼んだが、ベッドに座るのはてきとうすぎるだろ。
こうもふつうに座られると注意するのもためらわれるし。
「で、なんの用だっけ?」
といいながら俺は、勉強机の椅子を引き出してそこに座る。ベッドには座らない。さすがにほぼ初対面の女子の隣に座るのは気が引けた。
まぁ……つい先日、別なほぼ初対面の女子から結婚を前提に付き合えとコクられた俺がいうのもなんだという感じもするが。
甘木はいう。
「なんの用って、さっきも言ったじゃないですか。先生の作品作りのお手伝いをしに来たんですよぉ」
「ああ。そうだっけ――で、そのお手伝いってえ具体的にどういうことなの?」
「単刀直入にいうと、ネタ出しです」
「ネタ出し?」
「はい。いやぁ、昨日もいろいろと考えてきたんですが――」バッグの中身をゴソゴソ漁る。「ついにこれが日の目を見ることになって、私も嬉しいですよぉ」
甘木はバッグの中から何かを取り出した。見てみると、それは手帳のようだった。
俺は手帳を指差す。
「え、まさか」
「はい。実はわたしも先生の作品のネタ出しにメモ帳を使ってたんですよぉ!」
「!?」
え?
なんで?
俺も自分の作品のネタ出しにメモ帳を持参している。自分の作品を面白くするのは自分なのだから、これは当たり前だろう。
だけど甘木のそれは、他人の作品を面白くするためのネタ帳である。俺の作品用のメモ帳だと?
俺はいう。
「え、どうしてそんなものを……?」
「どうしてって、やだなぁ先生。言ったじゃないですか〝いっしょ〟に『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』を面白くしてきましょうって」
「……そうだっけ」
なんか言葉のニュアンスが前聞いたときとは若干違っていた気がするのだが、それは俺の気のせいだろうか。
甘木はそのメモ帳を開いていう。
「まぁまぁとりあえず聞いてくださいよぉ。いろいろネタを出していくので、ぜひとも参考にしてください」
「ふぅん……。聞いてみようか」
「はい――まずですね、新キャラの提案なんですが」
「え? 新キャラ?」
「はい! やっぱりですねぇ――今登場してるキャラを挙げますと、男らしい主人公・可愛らしいヒロイン・強引な女の子の三人じゃないですか?」
「そうだな。メインのキャラはその三人だな」
「でですね! このメンツだったらぜったいにメガネキャラって要ると思うんですよ!」
「メガネキャラ?」
「はい! できれば腹黒キャラでお願いします! すっごく萌えると思いますから!」
「そうかな」
「そうですよ! ――あー、あとヤンデレキャラも欲しいんですよねぇ」
「ヤンデレかぁ……」
「はい! 今はちょっとヤンデレって下火だと思うんですけど、でもぜったい需要はあるんで!」
「んー……」
俺は頬をポリポリとかく。
腹黒メガネにヤンデレかぁ。
今のメンツにそんな濃いキャラクターを二人も足して大丈夫だろうか。そもそも俺にその二キャラクターが書けるだろうか。
甘木はいう。
「それでですねぇ、作品の方向性にもちょっと意見があるんですよぉ」
「方向?」
「はい。先生の作品に登場するメインヒロイン、あの子すっごくかわいいじゃないですか?」
「ああ。あいつか。ボーイッシュだけど主人公に一途なあのメインヒロインだな」
主人公とはつねにいっしょに行動しており、ひそかに主人公のことを好いている。けれど主人公からはもう女として見られていず、成就しないであろう恋にやきもきする。そんな可愛らしヒロインだ。
ちなみにそのヒロインはぼくっ娘だ。
「あの子私も好きなんですよぉ。ツンツンしたあのサブヒロインの子よりも、メインヒロインの子のほうがかわいいですよぉ」
「ふむ」
「すくなくとも私はそうです。で、ここからが方向性への提案なんですけど」
「おう」
「主人公とサブヒロインはもうくっつけて、メインヒロイン視点で物語を動かしてみてはどうですか?」
「メインヒロイン視点……って、えぇ!?」
「でですね、魅力的な男性キャラクターをたくさん出して、メインヒロインを振り向かせようとする。メインヒロインは『ぼくには好きな人がいるから』で断るから、男性キャラクターたちは必死にあの手この手で口説こうと――」
「おい待て」
「え? なんですか? ここからがいいところなのに」
「いや……」
俺は後頭部をかいた。
それから静かに俺はいう
「もしかしてさぁ……、お前、俺の小説を乙女ゲームみたいにしようとしてない?」
「え? えぇー?」
「ヒロイン視点で物語を書いて、複数の男性キャラクターから言い寄られるって……完全に乙女ゲームじゃねぇか」
「んー、そんなつもりはなかったんですけどねぇ」
甘木はニッコリと笑った。
腹の黒そうな笑顔だった。




