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その日の六時限目。
体育。
体育館。
俺と友人は隣同士で体育館の隅で座っていた。今日の授業の内容はバスケのシュート練習である。名前順で、呼ばれたらゴールの前に立ってシュートし、時間の許す限りこれを繰り返す。そのため呼ばれるまでの空いた時間は暇である。
ボールをゴールにシュートするクラスメートたちを眺めながら、俺と友人は、暇つぶしに雑談する。
「ねえ、アルク」
「ん?」
「あれから星海さんとどうなった?」
「ん、ああ」
「星海さんと付き合って、確か六日だよね。なにか進展とかあった?」
「いや全然」
「え、ないの?」
「ああ。ない。廊下ですれ違っても挨拶しねぇし、いっしょに帰るとかもない」
「うーん。そっかぁ」
六日前、俺と星海――星海るみは付き合った。それも結婚を前提に付き合ったのだ。
なのに星海のやつ、あれからなんのアプローチもかけてきやしない。
この六日間、何の進展も無し。
ほんとうに付き合っているのか疑問に感じるほどだ。
友人はいう。
「もしかしてぼくがいるから話しづらいのかな? ずっとアルクの傍にいるし」
「どうだろうな」
「ちょっと距離を置いたほうがいいかな、ぼくとアルク」
「いや、そんな気は遣わなくていいぜ。つーかお前がいないと学校生活が退屈すぎる」
「そう?」
「そう」
「まぁ……、ぼくもアルクといっしょじゃなきゃ学校はつまらないかなぁ」
頬をポリポリとかく友人。
俺も友人も、お互いに友達が少ないからな。
俺の人間関係は狭く深くがモットーである。多くの友達は望まない。その代わり数少ない友達とは心から解り合っていたい。
たまに顔見知りになっただけで友達認定するような人がいるが……、俺にはその神経がよくわからない。友達っていうのは、いっしょに遊ぶやつのことをいうはずだろ? 楽しさを分かち合えなくてなにが友達なんだろうか。
俺はいう。
「この際だから相談するけど、星海とはどうしたらうまくいくと思う?」
「うーん。相手が来ないとなると、やっぱこっちからアタックするしかないと思うな」
「俺のほうからかぁ……」
「気が重い?」
「そうだなぁ――俺、学校では目立たない側の人間だからさぁ、星海に話すのは気が引けるんだよな」
「注目浴びそうだから?」
「うん。星海はひそかに人気のある女子だから、尚さら気が重い」
「そっかぁ」
俺はあぐらをかいた。
友人は体育座りになる。
「俺が小説で結果出さないと声かけてこないつもりかな」
「結果……。というと、これ以上何があるかな?」
「んー……。日間ランキングでは一位取ったから……、次は週間ランキングで一位取ることとか?」
「あー。かもね」
日間ランキングでは相変わらず一位を維持している。
次に目指すとしたら、週間ランキングで一位を取ることだろう。
週間ランキングでの『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』の順位は、現在二位。
あともう少しで――週間でも一位だ。
「話しかけてもらうのにいちいちハードル乗り越えなきゃいけないとか、まったくお高いもんだぜ」
「あはは」
友人は可愛らしく笑った。
なんかなぁ。
星海といるよりも、友人といるほうがどうしても落ち着いてしまう。見栄を張る必要がないというか。
友人はいう。
「小説は楽しい?」
「ん、まあな。今も毎日投稿してるけど、辛いとは思ってない」
「うん。読んでるからわかるよ。毎日頑張るなんて、えらいね」
「はは、もっと褒めろ」
「えらいえらい」
「小説の感想も毎日来ててさ、それを読むのも楽しいって思う」
「感想? へぇ。どんなのが来てるの?」
「まぁ『面白かった』とか、『どこどこがスゴいです』とか」
「ふんふん」
「あとは――要望が来てたりするな」
「要望?」
友人は興味深そうに問い直してきた。
俺は、今朝読んだ感想を思い出して、その内容を友人に教える。
「ドラゴンを人間にしたらいいよーとか、ヒロインとくっつけてーとか、そんな感じ。あとラブラブしてーとか」
「あー。確かにそうしたら面白そうだね」
「だよな」
「そういう読者の要望はちゃんと聞くの?」
「可能な限りは聞く。要望は、面白さの原料だと思ってるからな」
「へぇー。読者の意見をちゃんと聞くなんて、立派だねぇ」
「はは、もっと褒めろ」
「えらいえらい」
「だろだろんへへ」
「でもどうなのかな。ぼくの意見をいうと、ヒロインとはまだくっつかないほうがいいと思うよ」
「え? そうか?」
「ここでくっついちゃったら後の展開で苦しむと思う」
「……いわれてみればそうだな。くっついた後のことなんも考えてねぇ」
「ちゃんと考えてから展開させたほうがいいと思うよー」
「……そーだなー」
友人の注意で気付かされた。
後先考えておかないと展開に詰まるかもしれない。
もうすこし慎重になって書いていくべきだろうか。
俺はいう。
「ところでさ」
「うん?」
「俺、メモ帳買ったんだよ」
「メモ帳?」
「おう。小説のネタが思いついたときに書く用のメモ帳。最近これにめちゃくちゃネタを書き込んでる」
「へぇ! 面白そうだね!」
「実は今も持ってきてて……」
「え? 体操服なのに?」
「まぁな」俺はポケットからメモ帳を取り出した。「これだよこれ」
「おぉー! すごい!」
取り出したメモ帳に釘付けになる友人。
実をいうと、今日はこれを見せたかったのだ。
メモ帳の表紙には『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった ネタ』と書いてある。この中身には、思いついたネタがギッシリと詰まっている。
メモ帳を持ち歩くようになったのはつい三日前である。これを持ち歩いていると、とたんに作家だという実感が湧いてくる。気分もそれなりに乗ってくるので、今の俺には欠かせないアイテムだ。
友人は興味津々にいう。
「貸して! 見たい!」
「ダメダメ。こいつは企業秘密だ。見せらんねーぜ」
「えー。気になるよー」
「ダメだって」
「えぇ……。ダメ……?」
「……ったく」――かわいい――「しゃあねぇなぁ……。じゃあ、ちょっとだけだぞ? ほんとちょっとだけだからな?」
「わぁい!」
俺はメモ帳を手渡した。
友人は目をキラキラさせてその中身を見ていく。
「わぁ……! こんなにいろいろ考えてるんだね……!」
「まぁな。作家志望たるものネタはたくさんストックしとかなきゃ」
「ふふ、このネタとか面白そう」
「おうおう。あんまり見すぎるなよ。情報漏洩だぜ」
「あ、ごめん、もう全部見ちゃった」
「おい!」
「えへへ。いいじゃない。面白かったよ――ここに書かれたネタが作品で出てきたら、ニヤニヤしちゃうかも」
「ったくよー。しょうがねぇなぁ――ここで見たこと、誰にも喋らないでくれよ?」
「喋らないってば! ぼくとアルクだけの秘密!」
「ああ。二人だけの秘密だぜ?」
「うんっ!」
返されたメモ帳を受け取って、それをポケットに仕舞った。
メモ帳の中身はほんとうは誰にも見せるつもりがなかったのだが……、まあ、友人にならべつにいいだろう。口外しまい。
この中身には大事な情報がたくさん詰まっている。とても大事なものだから洩らされるわけにはいかない。ましてや無くしたりするわけにはぜったいにいかない。そんなことになったら作家生命の危機である。
このメモ帳は。
命を賭してでも守らなければならない代物だ。
大事に大事に仕舞っておかなければ。
俺は、メモ帳を仕舞ったポケットをポンと叩く。
と。
「加々崎!」
そうこう雑談している内に俺の番が回ってきたようで、俺は、先生に名前を呼ばれた。
「ん、呼ばれた。行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
友人は手を振って見送り、俺は立ち上がってゴールの前にまで小走りした。
位置につく。
さあカッコよくシュートを決めてやるぞ――と思って意気込んでいると、隣にいる先生が俺の肩に手を置く。
ん?
なんだ?
怪訝に思って、先生の顔を見てみると、殺気ビンビンの笑顔をしておられた。というか笑顔で怒っていた。
そして言う。
「加々崎ー? 授業中に雑談するんじゃないぞー?」と指を食い込ませるように肩を握ってきた。
「いだだだだだっ!? すんません! マジすんませんっ!」
ちょ、やめて、作家にとって腕は命だから!
作家生命の危機だからっ!




