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翌日。
通学路。
俺は、いつも通り友人と二人で学校へと歩いていく。
俺はいう。
「昨日さ、あれから小説書いてみた」
「え、ほんと? 速いね?」
「できることはやったつもり」
「うんうん」
「あとはまぁ、星海がそれを気に入ってくれるかだな」
「そっかぁ」
才能を証明するために書いた最新話。
これを面白いといってくれたなら、俺はこのまま小説を書いていける。
自分を天才だと信じられる。
星海を幸せにしてやれると、約束できる。
友人はいう。
「なるほどね。星海さんがどっちに転ぶか、結果が楽しみだね」
「面白くなかったとかいわれたらどうしよう」
「あはは、そのときは別れちゃえーっ!」
「別れちゃえって……」
こいつ、応援してくれるって言ったんじゃねぇのかよ。
なに昨日の今日で忘却してんだよ。
――伝えたい事。
それは、この世は金が全てではないということ。
俺が金よりも大事だと思うもの――それが伝わってくれれば。
パーソナリティーを知るやつがまったくいなく、友達がいないと噂され、笑ったところを見せてくれない星海に伝われば。
と。
「――っ!」
「あ、星海さんだ」
昨日を彷彿とさせるように、俺と友人は、通学中の星海を発見した。
友人は俺のほうを見る。
「声かける?」
「いや。ちょっとまだ心の準備というやつが……」
そうこうして星海に声をかけるのをためらっていると――
「あ」
星海の目の前。
自動販売機で缶コーラを飲もうとした女の子、その子が缶をすべらせてジュースを落としてしまった。
しかも蓋を開けた瞬間に落としたものだから、中身がだぷだぷとこぼれていく。
通学路に、黒い水溜りが作られていく。
「…………」
こぼれたコーラが、星海の靴にまでやってきた。
女の子は、怯えるような表情で星海をうかがう。
星海は動かない。立ち止まっている。その子を見下ろしている。
「…………」
昨日のことが脳裏によぎる――
足元にまで転がってきたサッカーボールをまったく意に介さずスルーした星海。
――その映像が、鮮明に思い出される。
星海、どうすんだろ。
怒るかな?
それとも昨日みたく無視するかな?
そう俺は眺めていたのだが。
星海は――
「大丈夫?」
といい、
「ジュースこぼしちゃったね。代わりの買ってあげようか?」
と財布を取り出して、120円を女の子に渡したのだった。
星海るみが、関係のない女の子に無償でお金を渡したのだ。
女の子は、
「ありがとう、お姉ちゃんっ!」
と笑顔になる。
横顔で見える――星海も笑顔になっていた。
「ふっ」
「アルク?」
どうやら俺は、自分の才能を信じてみてもよさそうだ。
俺の伝えたかった事。
金よりも大事だと思うもの。
それは〝笑顔〟。
お金とか、時間とか、体裁とか、大事なものはいろいろあるけれど――笑顔こそが最も大事にしなきゃいけないことだと、俺は思うのだ。
クサい台詞だけど――やっぱ笑顔が一番だ。
目の前の光景を見てみるに、星海にはそれが伝わったようである。
「金こそ全て」とまで言い放った星海が、無償でお金を渡したのだ。
伝わったのだ。わかってくれたのだ。
星海の価値観を――変えることができたのだ。
「あ」
こちらに気付いたらしく、星海は俺たちのほうにやってくる。
俺も手を上げて応える。
「よう」
「おはよう、加々崎くん」
「おう、おはよう」
俺はちらと横を見る。
友人、星見のことどう思ってんのかな、仲良くできるかな――とか思っていると、
「あれ!?」
いつの間にか友人が忽然と消えていた。
あいつ……、逃げやがったな?
いや、気を遣ってくれたのか。
俺の挙動に、星海は不審げにいう。
「どうしたの加々崎くん?」
「いや、なんでもない」
「そう?」
それよりもだ。
俺はいう。
「星海。俺の小説、読んでくれたか?」
「うん。昨日更新されたやつなら読んだよ」
「どうだった?」
「面白かった」
ニコ、と微笑む星海。
その笑顔に、俺は苦笑してしまう。
な。
やっぱり笑顔が一番だ。
星海はいう。
「じゃあ私たち付き合うってことで」
「おう。いいぞ――幸せにしてやる」
「頼もしいね、天才くん」
それじゃあ、と星海は振り返ってダッシュする。
「いっしょに登校して噂たてられたくないから、先行ってるね!」
「あ、おい」
おいどういう意味だ。結婚を前提に付き合うのだからもっと堂々としておけよ。
いや。
そんなことよりもだ。
「星海! 一つだけ答えろ!」
昨日から気になっていたことがある。たった一つだけのシンプルな疑問だが、俺にはどうしてもわからなかったものだ。
この際だからはっきり答えてもらいたい――お金を全てと言い放った星海には、是非とも。
「どうして作家なんだ!?」
離れてしまう星海に聞こえるよう大きな声で俺は問うた。
医者や弁護士のほうが玉の輿するなら確実なはずだ。昨日は「印税生活をしたいから」と納得したが――考えてみると、どうにも腑に落ちない。
どうして星海は、作家を選ぶのだろう?
星海は振り返って俺を向く。
そして、離れた俺に聞こえるよう大きな声で答えた。
「だって作家って、カッコいいじゃん!」
俺の疑問を吹き飛ばす、それは単純明快な答えだった。
答えた星海は、学校へ向かって再び走り出す。
俺はしばらく立ち尽くす。
……なんだよ。
金こそ全てとか言ってたくせに、そういう感情的な理由で作家を選んでたのかよ。
ったく。
なんだ。
俺が気にかける必要なんてなかったんだな。
あーあ。
心配して損したぜ。
「空回りしたって感じだね、アルク」
「うお、いつの間に」
友人が隣に戻ってきていた。
しかもいろいろと察されているようだった。
俺は頭に手を置いていう。
「なんつーか――俺が伝えるまでもなく、星海のやつはわかってたった感じでさ」
「ふぅん?」
「恥ずかしいことしたって心持ちだよ。やれやれ」
俺は俯いた。
上がる口角を隠したかったのだ。
「まったく――しかもおかげで俺に才能があるかどうかもうやむやになっちまった」
「星海さん、面白いっていってたじゃん」
「口先だけかもしれないだろ? だから星海の価値観に語りかけたかったんだ」
「星海さんのこと信用してあげなよ」と困り顔になる。
「こういう類のは、はなから信用してないからな」
俺は顔を上げた。
学校のほうを眺めて、そうして俺は宣言する。
「でも、まぁ、期待してくれる人もいることだし――頑張ってみようとは思うぜ」
「応援してるよ!」
自分に才能があるかどうかはわからないまま。
だけど自分に期待してくれている人がいるのは確かだ。
それだけで、頑張る理由は十分だ。
「うっし、じゃあ本格的に頑張っていきますかぁ!」
俺は小説家になることを心に決めたのだった。
隣では、友人が微笑んでいた。




