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 旧二年五組の教室前まで俺はやってきた――南校舎三階に位置する空き教室である。何年か前には使用されていたらしいが、近年の生徒数減少にともない現在は使われていない。他の二年生の教室とも離れた場所に位置しているので、基本的に人気は少ない。

 この旧二年五組は人目を避ける場所なので、一種の告白スポットともいえる場所だろう。だが同時に、学校内で淫行できる場所ということもできるし、またいじめを行っても教師に見付からない場所ということもできる。

 人目を避けるとは、そういうことだ。

 さて……。

 このポケットに入れてあるラブレターがはたして真なのか偽なのか、この先になにが待ち受けているのか。

「ふぅ……」

 俺は小さく息をついてから扉を開ける。

 ガラリ――

 目に入る。

 寂れた教室。

 差し込む夕日。

 そしてこちらを向いている、一人の女子。

「……こんちわ」

 俺はとりあえず挨拶して、扉を後ろ手で閉めた。

 その女子は、口を開いた。

「こんにちは、加々崎くん」

「……下駄箱に手紙を入れたのって――星海、お前か?」

「うん。そうだよ」

 教室内で待ち受けていた女子――星海るみは、物怖じしない態度でそういった。

 恥じらう様子は微塵もない。かといって笑いそうな気配も感じられない――マジの告白なのか罰ゲームの嘘告白なのか判別がつかない。

 ……手紙には『話があります』としか書かれていなかった。もしかしたらそれは、単に部活の勧誘とか、その程度の話を差している可能性もある(誘われる心当たりなどないが)。

 いずれにせよ下手に動くと、笑いものにされる恐れがある。

 慎重に動かねば。

 とはいえ俺の気持ちとしては、面白く終わってくれればなんでもいい。変な話が来ても、できるだけそれに乗っかってやろうとは思う。ある程度なら笑わせてやるくらいの覚悟もある。

 さあ、どう出てくるか、星海るみ。

 俺は冗談めかすように言う。

「で、話ってなんだよ? もしかして告白とか?」

「え? どうしてわかったの?」

「どうしてって……」――当たったのか? いやとぼけているだけかも――「こんな人気のないとこに呼び出す、しかも下駄箱に手紙を入れたとくれば、ふつうそう思うだろ」

「ふぅん……。嘘告白だとは思わないんだ?」

「……」ほんとうは疑っていたのだが、なんかガチっぽいので信じていたことにしておこう。「まぁな」

 星海は呆れるように溜息を吐いた。俺のすなおな答えに毒気を抜かれたのかもしれない。

 それから星海は両手を広げていう。

「あーあ。どうやって勘違いを解くか考えてきたのに、無駄になっちゃったなぁ」

「いいじゃねぇか」

「いいんだけど」

 星海はやれやれと首を振る。

 ……こんなに喋るやつだったのか、星海。てっきりクールなキャラかと思っていたが案外そうでもないらしいな。

 思っていたよりもふつうの女子、そんな印象だ。

 男子の俺ともふつうに話せているし。

 ――つーかこれ、マジの告白なんじゃないのか? さっき告白かと問うてみたら肯定してきたし……、おいおい、そう思うと緊張してきたぞ。

 今、けっこうヤバい状況なんじゃないの?

 星海は、こちらに歩いてくる。

「話早いなら言わせてもらうよ――加々崎くん」

「なんだ?」

 ヤバい。

 もう告白してくる気だ。

 心の準備を整えなくては。

「加々崎くんって彼女いる?」

「いないけど」

「好きな子いる?」

「いないけど」

「じゃあ、私と結婚しない?」

「いや星海、いきなりコクられても付き合うのは――って、えぇぇ!?」

 なに? いまなんていったこいつ?

 結婚!?

 付き合うではなく、結婚っていったか!?

「付き合うんじゃなくて結婚だよ」

「はぁぁぁあ!?」

 度肝を抜かれた。

 付き合うをすっとばして、いきなり結婚だと……?

「ちょ……っと待て! ちょっと待て! おかしくねーか!? 俺とお前、今日初めて話したくらいの仲だよなぁ!?」

「そうだけど?」

「そうだけどって……、いやいやいやいやいやいや……」

 待て待て待て待て待て。

 話がおかしいぞ。どうしたことだこれは。

 なに? 俺、プロポーズされたの? 今まで女っ気のない人生を送ってきたのに? っていうかまだ十七だぞ? 結婚もできない年齢なんだぞ?

 俺はいう。

「いや、そもそもの話、星海は結婚できるけど俺は無理だって」

「愛に年齢は関係ないよ?」

「あるわ! 法的に無理だっていってんだよ!」

「そんなの愛の力で乗り越えてよ」

「そこまでの愛なんてねぇだろ! 俺たちの間に!」

 なんだこいつ。頭おかしいんじゃないのか? っていうかこんなキャラだったのか? もっと知的でクールなやつかと思っていたのに……。

 結婚って。

 ……いや、もしかして星海は、前々から俺のことを意識していたのだろうか? 俺は今までそれに気付かなかったが、星海の思いはついに振り切れていきなり結婚というかたちで表面化した……とか。

 だとしてもいきなり結婚はねぇだろ。物事には順序ってものがあるだろ。

 ダメだ、こいつ、どっちにしても頭のネジが外れてる。

 いっそ怖い。

 星海は言う。

「まぁまぁ、加々崎くんが十八になるまで待っててあげるから、結婚を予約するってことでね」

「待て、星海、待て」

「じゃあ披露宴でまた会いましょう」

「待てって言ってんだろぉーっ!」

 っていうか披露宴までもう会わないつもりかよ! 交際期間ゼロで結婚すんのかよ、おめぇはよぉー!

 俺はいう。

「とりあえず……、とりあえず話し合おう」

「話し合い? 大丈夫。親は了承すると思うから」

「親とじゃねぇよ! お前とだよ! お・ま・え・に! 話があるんだよっ!」

 あまりのバカバカしさに頭痛を感じつつも、俺は、教室から出ていこうとする星海を呼び止めることに成功した。

 何事もなく出て行こうとしてんじゃねぇよ……。

 俺は問う。

「っていうかさ、それって冗談じゃないの?」

「私は気心の知れない相手には冗談を言わない主義なので」

「気心も知れてねーのに結婚とか吐かすから信じられないんだろうが」

「一目惚れでした」

「は?」

 星海はくるりと振り返って、俺のほうを向いた。

 面食らってしまった俺は、そのまま星海の話を聞く。

「一目あなたを見て、『私にはこの人しかいない』、そう思いました」

「はっ……!? ちょっとまて……!」

 先ほどとは違った空気に気圧されて、上手い言葉が出てこない。

 ……さっきから「待て」としか言えてないし。

 完全に星海のペースだ。

「なんていうのかな……、やっぱり運命としか言い表せないんだけど、すごいめぐり合わせだなって感じたの」

「は、はぁ……」

「加々崎くんって彼女いないんでしょ?」

「え。うん。いないけど」

「じゃあ、決まりでいいじゃない」

「待てって! だからって結婚はいくらなんでも……」

「それは予約でいいっていったじゃない――訂正します。結婚を前提に付き合ってください」

「それなら可能ではあるけどさ……。でも……」

「好きな人も他にいないんでしょ?」

「……いないけど」

「うん。じゃあやっぱり付き合おう」

「だから!」

「大丈夫。私、けっこう尽くすタイプだよ」

「あー! もう!」

 俺は、近くにあった机を、バンと叩いた。

「そうじゃねぇって! なんでそこまで俺が好きかを訊いてるんだよ!」

 うわぁぁ。

 めちゃくちゃ恥ずかしい質問じゃねぇか。

 どんだけ思い上がってるやつの台詞だよ。

 星海は言う。

「それはもう言ったでしょ、一目惚れだって」

「……おかしいだろ、一目惚れからすぐ結婚って――星海って……なんていうかそんな軽率に動くキャラじゃないように思うんだよ」

「そう?」

「そうだろ。だってクラスでのお前の人間関係を見ればわかる。男子から人気があって、それなのに女子からやっかみをもらってない――女子同士の仲とかよくわからないけど、それってかなり上手く立ち回らないとできないことなんじゃないのか?」

「買いかぶり過ぎ」

「かもしれない。けど勉強もスポーツもこなせるって、そうとう要領のいい証拠だ。すくなくともバカではありえない」

「…………」

「裏があるとしか思えない」

「……加々崎くんって思ったよりも疑り深いんだね。もし本気で告白してきた女子にそんなこといったら、妄想狂だって思われちゃうよ――まあ、それくらいじゃなきゃ、面白い小説なんて書けないかもだけど」

「小説……!?」

 え? 何? なんてこいつ、いきなり小説の話を?

 というか――「面白い小説なんて書けないかもだけど」……?

 星海は口を開く。

 俺の目を見て。

「昼休み」

「…………」

「加々崎くん、すっごいはしゃいでたよね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、話、聞こえてちゃって」

「……まぁ、大声で叫んだ俺が悪いからな」

「で、その会話――ランキングとか一位とかいろいろ聞こえてきてたの」

「……おう」

「初めはね、ニコニコ動画とかの話してるのかなーとか思ってたけど、聞いてるうちにどうも違うらしいってわかった――もしかしてと思って、あとでスマホから確かめてみたの」

「…………」

「私も〝そこ〟を知ってたからね。けっこう頻繁に読んでるんだけども――」

 星海はポケットからスマホを取り出した。

 そしてその画面を俺に見せ付ける。

「これ」

「!」

「『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』って小説。これ、加々崎くんが書いた小説だよね?」

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