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「あーあ。トラックに轢かれて死んでみたいぜ」
「えぇぇぇっ!? な、なにいきなりっ!? 怖っ!」
俺のボケに、友人は飛び退くように驚いた。
その大きなリアクションに俺はすこし笑ってしまう。
「いや、冗談冗談。マジで死にたいわけじゃないって」
「そ、そう? はぁー、よかった……。もう、急に死にたいっていうからビックリしたよー」
そりゃそうだな、と俺は心の中で同意した。
学校からの帰り道。
俺こと加々崎歩は、いつものように友人と下らない会話をしながら帰り道を歩いていた。
友人もいつもどおりにいいリアクションをしてくれる――男子のくせしてけっこう可愛らしい外見をしている友人、というかいわゆる男の娘(本人に自覚無し)である友人のリアクションは見ていて飽きない。
友人は言う。
「アルクってたまに変なこと言うよね」
「そうか?」
まあまったく自覚がないというわけじゃないが。
俺は言う。
「でもなぁ、死にたいってほどじゃないんだけど、今日ちょっと嫌なことあったんだよな」
「嫌なこと?」
「テストだよ」
「あぁ……」
察してくれたように深く頷いてくれた。
それから友人は問うてくる。
「何点だったか訊いてもいい?」
「ああ。あんまり言いたくないんだが――ほんとギリギリだった」
「ぎ、ギリギリ? それはどっちの意味でのギリギリ?」
「ギリギリセーフ」
「ほっ……。よかった」
心から安心してくれているようだった。
友人は、人の痛みやら幸せやらを心から共感できるタイプの人間だ――現代日本ではけっこう珍しいタイプじゃないだろうか? すくなくとも俺の周りにいる優しい人間はこいつくらいしかいない。
俺は言う。
「追試はなんとか免れた――といっても、あんな点数じゃあ次がヤバいけどな」
「そんなにヤバかったの?」
「具体的な点数をいうと30点だった」
「うわっ……。ほんとうにギリギリだね……」
「あと1点なかったら追試だったな」
「ほんとよかったよぉ」
友人はまたも安堵した。
ふつうのやつが30点なんて聞いたら鬼の首を取ったようにバカにしてくるだろう。「塾に通ってないからそんな点とるんだよ」とかいって、痛いところをつついてきたりするだろう。
しかしこの友人はそんな嫌なことをしない。俺が落ち込んだ時はいっしょに落ち込むし、俺が笑った時はいっしょに笑ってくれる。人のすごいところを素直に褒めたりもできる。
そういうところが好きだから、俺はこいつと親友同士でいられるのかもしれないな。
俺は言う。
「しっかし……、なんていうかさぁ、なんで日本って勉強しかねぇんだろうなぁ」
「うん?」
「就職の時ってさ、どこにいっても学歴があるやつが有利になるんだろ? とくに学歴が必要ない職業でも、学歴があるやつのほうが優先される。外国だったらそんなことないのに、なんでかなぁってさ」
「あー。確かにそういうところはあるよねぇ」
「学歴のために大学行くとか、おかしくねぇかなって思う」
「そうだねぇ」
「まあ……まだ一年先の話なんだけどさ、受験は」
「それが救いだよね」
高校二年生の俺らにはまだ余裕がある。
ただ先輩たちはそうではない。三年生の教室の前が通りづらいのはいつものことだが、最近ではとくにそれが顕著だ。あのピリピリとした空気を近くにすると、どうしても無意識に避けてしまう。
俺らも一年後にはあんなふうになるのかなぁ――なんて思うと、急にやるせない気持ちになったりする。
俺は言う。
「今はまだ遊んでられるけど、三年生になったら受験だろ。んで大学生になったら就活だろ。んで社会人になったら、定年まで働き続けるんだろ」
「そうだね」
「んで、それらをまっとうできなかったらニートだろ」
「……そうだね」
「なーんかなぁ――」
はぁ、と俺は溜息を吐いた。
それから言う。
「もっと自由に生きたいよなぁ」
俺はそう言った。
俺らにとっては、自由だけが望みだった。
自由。
それだけが望みなのだ。
「…………」
友人は相槌を打つこともなく、ただ黙っているばかりだった。
なんだか空気が一気に落ち込んでしまった。
無理やり盛り上げようとは思わない。友人は人の機微がわかる人間だ。俺が笑ってごまかしても、それが嘘であることくらいかんたんに見抜かれる。
それでもこの空気は辛い。
というよりも苦い。
友人は言う。
「あ、じゃあぼくこっちだから」
「おう」
「うん」
いつもの別れ道にまで来た。俺はこのまままっすぐ家に帰る。友人は塾へ行く。
別れ際。
「あ、あの、アルク」
「うん?」
友人は、顔を上げて、言ってきた。
「その、ね――あ、あんまり固く考えることはないと思うから……」
「?」
なんだろう。
なにかを伝えたいけど、うまく言葉にまとまらない――そんな様子だ。
っていうかその切なそうな顔がやたら可愛いのはツッコむべきところなんだろうか。茶化さないでよ、とかいって怒られるだろうか。
うーむ。
友人がなにを伝えたいのかはどうしてもわからなかったが、どうにかして励ましたいという雰囲気だけはわかったので、俺は、
「おう。ありがとな」
と、意味を汲み取れないままお礼だけは言っておいた。
友人は、「うんっ」と可愛らしくはにかんだのだった。