一、そこにある何かの縁【8】
削られた森の地面へと降り立つ二人。
二人の横にパラシュートがはらりと舞い落ちる。
鬱蒼と生い茂る森の樹海は陽の光を遮るほども深く、削られた地面から先が見えないほど暗く翳っていた。
人間の侵入を快く思わない島の樹海に、ミリアーノは悪寒を感じる。
ここに長居は無用だ。
ふと、ミリアーノは相棒の火竜の姿を見つけた。
「レイグル!」
駆け寄ろうとして相棒の異変に気付き、すぐに足を止める。
なぎ倒された樹木の終始地で対峙する二頭の火竜の石像。
一頭は二足立ちで今にも炎を吐きださんとばかりに構え、もう一頭はそれを威嚇するように四つん這いで体勢低く牙をむき出していた。
ミリアーノは不安を覚えて一歩後退する。
「こ、これはいったい……?」
目前の光景が理解できずに呆然と呟いた。
リズが額に手を当てて疲労のため息を吐く。
「やっぱりこうなると思った」
「どういうこと?」
ミリアーノはリズへと振り向き、問いかけた。
リズがお手上げして諦めの笑いを見せる。
「この島は昔から平和の島として有名なのさ。特に森の中はあたい達の目に見えるものから見えないものまで、数多くの精霊達が住んでいる。
何が住んでいるかもまだ解明されていないこの島で争い事なんてしようものなら、争い事をする生き物はみんなこうやって石に変えられちゃうのさ」
「そんな! じゃ、レイグルは──」
「けど大丈夫。次の日には元に戻ってケロリとしているはずだから」
「本当?」
「本当さ。精霊は生命あるモノを殺すことなんて出来ないからね。だからどうすれば争いが止まるか、みんなで考えるんだってさ」
と、リズがこめかみをトントンと指で叩いてみせた。
なるほど。ミリアーノは納得する。そしてレイグルへと視線を戻した。
「──あ!」
見えた。
一瞬だったけど、レイグルの後ろに隠れるようにして、なにやら蠢く小さな生物がいる。
「何か……いる」
「どうかしたのかい?」
訊ねるリズに、ミリアーノはその方向を指で示した。すると、
「あ、ほらまた」
ひょいと。森と同じ色をした小さな草のお化けが見え隠れする。しかも一匹だけじゃない。よく見れば何十匹も隠れている。
リズがくすくすと笑う。
「あれが島の精霊さ。見るのは初めてかい?」
「島の……?」
「そう。専門家が言うには森の精霊の一種らしい。姿を見せてくれるのはこの種の精霊だけ。だけどまだ詳しく解明されたわけじゃないからアイツ等が絶対安全って保証はどこにもないんだけどね。
ただわかっていることは一つ。
あたい達の火竜を石にしたのはアイツ等さ。たぶん、あたい達も石にしようかどうしようか迷っているんじゃないかな」
ミリアーノはおろおろとする。
「ど、どうしよう。この騒ぎのこと、ちゃんと謝った方がいいかな?」
「大丈夫。あの様子じゃ、あたい達が何もしなければ何もしないって感じだね」
「本当?」
すると「待ってました」とばかりにポシェットからくぐもった声が聞こえてくる。
『森の精霊とあれば、このわたくしめにお任せを!』
急にひょこりとポシェットから顔を出してくる小型梟──フレスヴァ。それはまさに春を迎えた小動物のように嬉輝いていた。
リズが顔をしかめてフレスヴァを指差す。
「なにこれ?」
ミリアーノは苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
「名前はフレスヴァ。一応これでも森の精霊なの」
「精霊だって? あんたの国じゃ精霊と人間が共存しているのかい?」
「事情はよくわかんないんだけど、代々ラステルク家を守護し、色々と身の回りの世話をしてくれる執事的存在なの」
「精霊が人間の面倒を見るのかい?」
「主に口だけのお仕事なの」
フレスヴァがポシェットから紳士的に挨拶をする。
「どうも初めまして。ラステルク家の守護兼執事をしております、名をフレスヴァと申します。森の精霊のことならば、このわたくしめにお任せを。
こう見えてわたくしめ、『森の番人』と恐れられておりましたので、この状況はわたくしめが打開してみせましょう」
とぅ! と、フレスヴァは掛け声を発しながら意気揚々にポシェットから飛び出した。
そして空中で懸命に羽ばたいてみせる。
恐らく本人としてはカッコ良く飛んでいるつもりなのだろう。その肥満体は重力に逆らうことができずにゆっくりと地面に下降していっている。
リズがぼそりと、
「梟かと思った」
「本当は梟なの」
「飛べないのかい?」
「体が重くて飛べないらしいの」
めげずにフレスヴァは地面スレスレを超低空飛行──いや、すでに足で直立ながら、
「それではミリアーノお嬢様。わたくしめが挨拶に行ってまいります」
「うん、わかったわ。気をつけて、フレスヴァ」
手を振るミリアーノに勇気付けられてか、フレスヴァは向かう。
ほぼ歩行ながらに羽ばたきつつも、森の精霊たちに挨拶しに行く。
「神々の島に住む紳士淑女の精霊の皆様。どうも初めまして。わたくしめはフレスヴァと申しま──」
言葉半ばにゴトリ、と。フレスヴァは石となって地面に倒れた。
リズがぼそりと、
「思いっきり敵視されているし」
「きっと微妙な飛び加減が怖かったんだと思う」
「森の番人と恐れられているじゃなかったのかい?」
その問いに、ミリアーノは人差し指を顎に当てて首を傾げる。
「実は私も初耳だったりするのよね。きっと自称だったんだと思う」
「ふーん。それにしても──」
リズが腕を組んで唸り考え込む。
「こんなにも島の精霊が過剰に警戒するなんて。争い事以外で生き物を石にすることなんて無いはずなのに……」
「そうなの?」
「実際あたい達は石にされていないだろう?」
「そういえば……そうね」
ミリアーノは自分の無事な姿を見て納得した。
ふとリズが何かを閃いたらしく、ぽんと手を打つ。
「あ。もしかしたら」
「もしかしたら?」
リズはレイグルへと目を向けた。