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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
一章 そこにある何かの縁
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一、そこにある何かの縁【7】


 火竜は風に乗り、飛行物の側面を舐めるようにして旋回していく。

 警笛や罵声を浴びると同時にひたすら謝り続け、ミリアーノはようやく流れから一旦外へと抜け出すことに成功した。

 島の上空で体勢を整えて安定させる。

 額の冷や汗を拭って、やっと安堵のため息を一つ。

「ふぅ。危なかった」

 本当は『危なかった』の一言では済まされないことだった。運が悪ければ大事故を引き起こしていたかもしれないからだ。

 ミリアーノは今にも飛び出さんばかりにバクバクと動いた心臓に手を当てた。両手は小刻みに震え、手の平にはじっとりと汗がにじんでいる。

(航路に入る前に少し休憩した方がいいかも)

 この状態で航路に入るのは危険だ。なぜなら興奮状態と焦りに押され、狭い間隔に入ってしまいがちになるからだ。

 ミリアーノはその場で大きく深呼吸する。


 一回、二回……。


 しだいに心臓が落ち着きを取り戻していく。

 周囲を見回し、少しずつ分析する余裕が生まれてきた。

 真下に広がる島の絶景に、ミリアーノは目を輝かせていく。

「わぁー。これが神々の島なのね!」

 島の大半は樹海に覆われており、その中心には鋭く切り立ったいくつもの岩山があった。その岩山に囲まれた窪地には大きな湖になっていて、人々はそこを神が舞い降りる秘境の地として崇めていた。

「あの湖がイベントの舞台……」

 『フィールド』──そう呼ばれている。得た情報によると、今は美しい湖だが、開催の日になるとその湖が自然と塩の塊になって白い闘技場の舞台が誕生するのだと云う。どうしてそういう現象が起きるのかはいまだ解明されていない。

 ミリアーノはある一点に目を止めた。

 島の北側だけ緑がないからだ。

 そこは島が人間に一時的住居を許可している場所だった。精霊しか住むことができない島──

(それが神々の島……)

 だからこそ、地上の人々はこの島をそう呼んでいる。

 ミリアーノはさきほど通り過ぎてきた人工の係留港へと目をやった。

 浮かぶ簡易な人工の係留港と、神々の島とを結ぶのは太く大きな架け橋。

 あれを渡って、みんな島の中へと安全に入っている。

(とりあえず係留港に降りるしかないってことね)

 相棒の火竜もだいぶ疲れているはずである。早く降りてあげないとかわいそうだ。

 ミリアーノは航路の流れを目で追いながら独り言を呟く。

「係留港に行くには……なるほど。ここからだとあともう一息ってところね。流れがこうだから、入るには一度あの向こうまで回って、それから入らないと──」


「邪魔よ! 退いて!」


 どこからか威勢の良い女性の声が飛んできた。

 次いで襲いくる重い衝撃。

 ミリアーノは反射的に手綱を握り締め、四肢を引き締めて衝撃に耐えた。

 体が激しく横転し、逆さまになる。

 ぶつかってきたのは一回りも大きい火竜だった。ぶつかってきたというよりは襲い掛かってきた感じだ。気性が荒く、今にも噛み付かんばかりに口を大きく開けて鋭い牙を見せている。

 どうやらこの火竜、こちらの火竜を掴んだまま島の森の中へと落とそうとしているようだ。

 一回りも大きいその火竜の背の上で、赤毛をショートカットにした褐色肌の女性が叫んでくる。

「火竜から離れて! じゃないとあんた、このまま火竜の背に押し潰されて死ぬよ!」

 たしかにこのまま火竜に乗っていては島の地面に落ちた時に押し潰されてしまう。

「助けてあげるから! あたいを信じて!」

 ミリアーノは急いであぶみから足を抜き取ると、くらの上で両足をそろえ、そこから一気に折りたたんだ膝をバネにして跳躍した。

 空中に投げ出したその身を、同じく火竜から飛び降りたその女性が抱き掴む。


 女性の背からパラシュートが開く。

 落下速度も弱まり、ゆっくりと空中を舞い降りていく。


 二匹の火竜は砲弾のようにして森の中へと落ちていった。

 島の大地を一直線に削り、濛々もうもうと砂煙を昇らせる。


「レイグル!」

 ミリアーノは相棒である火竜の名を叫んだ。

 すると女性が宥めるように声を掛ける。

「大丈夫。ただの子供の喧嘩だから」

「でも──!」

「大丈夫だって。それにこれは航路の真ん中でボケっとしていたあんたが悪いんだよ? まずはあたいに謝ってもらいたいんだけど」

 ハッとして、ミリアーノは慌てて謝った。

「ご、ごめんなさい! 私、ここが空いていたから──」

「さっきの暴走騒ぎ、あんたでしょ?」

 言われ、ミリアーノは無言でこくりと頷いた。

 女性がため息をつく。

「まったく。ここは田舎の上空じゃないんだから冷静になったら即座に判断してもらわないと困るんだよ。それが出来ないようなら最初から乗らないこと。いい? わかった?」

 身の縮こまる思いだった。

「ごめんなさい……」

 女性の表情がフッと和らぐ。

「もういいよ。次からはちゃんと気をつけるんだよ。

 あたいは南大陸にある砂漠の谷帝国のリズ。あんたは?」

 ミリアーノはしばらく呆然と女性──リズを見つめていた。

 答えないミリアーノにリズが首を捻る。

「……あんた、名前は?」

 そこでようやくミリアーノはハッと我に返った。慌てて答える。

「わ、私は水の帝国のミリアーノ・ラステルク。東大陸の」

「ラステルク……」

 リズの顔が一瞬険しくなる。しかしすぐに何事もないように表情を戻し、

「へぇ。──ところであんた、この島に来るのは初めてかい?」

「えぇ」

「だからあんな無茶苦茶な飛び方をしていたんだね。まぁ相手があたいだったから良かったものを、もし衝突していたら大惨事に」

「あっ!」

 ミリアーノは『衝突』という言葉で思い出した。

「忘れていたわ! 私、人を助けて──」

「人?」

「どうしよう! レイグルがその人を掴んだまま下に落ちちゃったの!」

「落ちたって、火竜と一緒にかい?」

「そう! 助かるかしら?」

 リズの表情が急に悲しく曇り、声を沈ませて答える。

「だったらもう諦めた方がいいよ。火竜の喧嘩に巻き込まれたら、人間はひとたまりもないからね」

 その言葉に、ミリアーノはしゅんと項垂れた。


 

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