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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
終章 白羽使いのミリアーノ
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終章 白羽使いのミリアーノ【終】


 ◆


 帰り客でごった返している港を遠目に見ながら。

 ミリアーノは街の跡地となった場所に佇み、何かを待っていた。

 ポシェットから顔を出すフレスヴァ。様子をうかがうように恐る恐る声をかける。

「あのぉ、ミリアーノお嬢様?」

「何?」

「帰らないのでございますか?」

「うん。まだもうちょっとだけ、ココにいる……」

 重く沈んだ声。何をするわけでもなく、ただずっと港を見つめ続けている。

「…………」

 かける言葉が思いつかず、フレスヴァはため息を吐く。そしてしばらくして話題を変えた。

「ところで、ミリアーノお嬢様?」

「何?」

「わたくしめ、不覚にも決勝戦にてお嬢様の活躍を見守る前に気を失ってしまったわけですが。その……ちらりと人の話を耳にしたのですが、誰も白羽神具の幻影を見ていないと。

 ミリアーノお嬢様は見られたのでございましょう? 白羽神具の幻影を。

 決勝戦で魔物を消し去り、さらにファルコム皇帝をも石化した白羽神具の幻影。あの正体とはいったい何だったのでございますか?」

「…………」

 ミリアーノはあの時のことを思い出して顔を俯け、気分を沈ませていった。

 フレスヴァが慌てる。

「み、ミリアーノお嬢様、その、失言でございました! わたくしめは、けしてそのようなつもりで言ったのではなく──」

「わかっているよ。フレスヴァ」

 心配させまいとミリアーノはフレスヴァに向けてニコリと笑って見せた。

「もういいの。だってイベントは終わったんだから。白羽神具も奉納しちゃったし、どんな幻影だったかなんて気にしたって仕方ないじゃない」

「ミリアーノお嬢様……」

 心配するフレスヴァの表情。

 ミリアーノにとって、それが何よりも辛かった。


 そんな時。


「よぉ、白羽使いやないか」

 急にポンと後頭部を叩かれ、ミリアーノは振り返る。

 そこにいたのはグランツェだった。

 ミリアーノは驚き目を瞬かせる。

「え? グランツェ。あなたとはたしか──」

 奉納式を終えた後。

 会場で解散し、アーレイは師匠と思わしき人が迎えに来ていてその人と一緒に帰り、そしてグランツェはお祖父さんのところへと戻っていったはずだった。

 ミリアーノは訊ねる。

「お祖父さんはどうしたの? まさかまた喧嘩でもしたとか?」

 グランツェが目を逸らす。隠し事でもしているかのように後頭部を掻いてさりげなく言葉を誤魔化す。

「そんなんとちゃう。ちと寄るところがあったんや。今はその帰り。そっちはまだ帰らへんのか?」

 問い返され、ミリアーノは元気なく俯いた。

「うん……」

 グランツェがからかうように目を細めてニィと笑う。顎に手を当て、

「ははーん。さてはここで白馬の王子様と出会うチャンスでも待ってんのとちゃうか?」

 ミリアーノの顔が一気に紅潮する。拳を握って全力で言い返す。

「ち、ちち、違うもん! そんなんじゃないもん!」

「顔が赤いぞ、白羽使い」

「ひゃぁっ!」

 無自覚に赤くなった頬をミリアーノは両手で慌てて隠した。そして伏し目がちになって弱々しい声で言い返す。

「ほんとにそんなんじゃないもん……」

 無言で。グランツェはくしゃりとミリアーノの頭を撫でた。声のトーンを落として真面目な顔で告げる。

「大魔法使いやったら待たん方がええ。アイツはファルコム皇帝と同じ無法の罪で牢獄から一生出られへん」

「え……?」

 ミリアーノはショックを受けた顔でグランツェを見つめた。頬に当てた手が力なく下がっていく。

「でも私──」

「教皇様も言っとったやんか。『もし可能なら叶えよう』て。どんな願いでも叶えられないもんはある。ファルコム皇帝──いや、今は元皇帝となってしもうた奴の片棒を担いでたんや。その真実を消すことはできん」

「違うの! あれはあの皇帝に」

「無理やり担がされとったとしてもや。無法は無法。罪っちゅーもんはそう簡単に消えるもんやない」

「…………」

 ミリアーノは肩の力を落としてシュンと項垂れていった。そんなミリアーノを励ますかのごとく、グランツェは彼女の肩を軽くポンポンと叩く。急に声を明るめに変えて言葉を続ける。

「でもま、アイツは俺らの大事な仲間やもんな。んで、さっき奇遇にもアーレイと教皇様の飛空艇の前で鉢合わせてな、アーレイと一緒に教皇様に免罪をお願いしといたから。三人でこんだけお願いしたんやから、もしかしたらアイツの刑も少しは軽くなるんやないんか?」

 ミリアーノはそっと顔を上げる。

「グランツェ……」

「来年もまた、このメンバーで参加するんやろ? 一人でも欠けたらイベントに出られへんやんか──わぷっ!」

 無言で、ミリアーノはグランツェの胸に勢いよく飛び込んで抱きついた。

 グランツェが顔を真っ赤にして慌ててミリアーノを引き離す。

「お、おい白羽使い! 何のつもりや、離れろって!」

「ほんとありがと! ありがとうグランツェ!」

「わかったから離れろや!」





 その後──。

 グランツェに別れを告げて、ミリアーノは切り立った崖──島の先端に腰掛けて足を投げ出しぶらつかせていた。

 茜色に染まった夕焼けの空。

 地上と違ってそこから見る景色は、とてもきれいだった。

 もう誰もいなくなってしまった街の跡地。

 港はまばらに人が残るくらいにまで減っていた。残っているといっても離港の準備をしている作業員の姿なのだが。

 日が沈む前までにこの島を離れなければ、精霊の怒りを買うことになる。

 それでもミリアーノはそこから動こうとはしなかった。

 ポシェットからフレスヴァが心配そうに顔を出す。

「ミリアーノお嬢様?」

「ん?」

「帰らないのでございますか?」

 ミリアーノは膝を折り畳んで身を丸めると、そこに顔を埋めた。

「うん。あともうちょっとだけ……ここにいる……」

「納得。否しかし、早く帰らなければこの島の精霊から怒りを買うことになりますぞ。お嬢様をお守りして差し上げたいのは山々ですが、わたくしめにはもうほとんど魔力が残っておりません」

「うん、わかってる」

「それにミリアーノお嬢様? お忘れではないかとは存じてますが、しかし一応念のために申しておきますが、レイグルを港に預けたままでございましょう? レイグルもお嬢様がお迎えに来るのをきっと首を長くして待っているのでは──

 おっ?」

 上空から舞い降りてくる火竜のレイグル。ミリアーノの隣に降り立つと、そこで羽を休める。

 フレスヴァがレイグルに訊ねる。

「預け所からどうやってここに?」

 レイグルはアイ・コンタクトでフレスヴァに意思を伝える。

 納得するフレスヴァ。

「そうでありましたか。時間になったから放置されたのでありますな」

 話題をミリアーノへと振る。

「ミリアーノお嬢様、レイグルも『帰ろう』と言っているではございませんか。それでもまだ帰らないのでございますか?」

 ミリアーノは顔を上げない。その状態のまま言葉だけを返す。

「うん、わかってる」

「ミリアーノお嬢様……」

 心配そうに見つめるフレスヴァ。

 夕日がミリアーノを優しく包み込んだ。

 その光の中で、ミリアーノは顔を上げることなく相棒たちに問いかける。

「ねぇ。フレスヴァ、レイグル」

「なんでございましょう?」

「私、何か変わったと思う?」

「……へ?」

 きょとんとするフレスヴァとレイグル。互いに顔を見合わせる。

 ミリアーノは言葉を続ける。

「これで何事なく家に帰ったらさ、きっとまたいつもの生活が始まっちゃうんだよね? そうしたら私、何か変わっていると思う?」

「え? いや、それはその……何と申し上げますか……」

 気まずく口を濁すフレスヴァ。

 レイグルも困ったように首を傾げる。

「大事なお母さんの形見、なくなっちゃった。それでもいいからってお願いしたのに、あの願いは叶えられないんだって」

「それは仕方の無いことでございます」

 ミリアーノは暗く声を落とす。

「うん、わかってる。仕方が無いから何も変わらない。お母さんの時だってそう。あんなに神様にお母さんを連れて行かないでってお願いしたのに、何も変わらなかった……」

「で、ですがミリアーノお嬢様」

「何?」

「えっと……その……」

「あのね、フレスヴァ。実は私、決勝戦でお母さんに会ったの」

「へ? な、なんですと?」

 驚きに目を丸くするフレスヴァ。

「白羽神具の幻影、もしかしたらお母さんだったのかもしれない。白羽神具が放った強い光の中で私、お母さんを見たの。生きていた時みたいにとても穏やかで、優しく私に微笑んでくれて……」

 言葉半ばでミリアーノの声が涙で詰まる。走馬灯のように蘇ってくる母の記憶。

 会いたくて、でももう二度と会えなくて。

 抱きしめてくれていたあの温もりを、もう一度肌に感じたかった。

「それでね、フレスヴァ。お母さんが消える間際に私にこう言ってくれたの。

 『もう泣かないでね』って……」

 フレスヴァの目にぶわっと涙が溜まる。

 ミリアーノはそっと顔を上げ、零れ落ちる涙を手の甲で拭ってフレスヴァを見つめた。

「ねぇフレスヴァ。私、何か変わったと思う?」


「変わっただろう? 白羽使いのミリアーノとして」


 ふと背後から聞こえてきた彼の声。

 ミリアーノはハッとして振り返った。

 そこには小型飛空艇に跨ったクレイシスの姿。

 クレイシスは懐から白羽神具を取り出すとミリアーノに向けて差し出し、

「ほら、忘れ物だ」

「え?」

「これがないとお前のことを『白羽使い』と呼べないだろう?」

 ミリアーノは目に残る涙を拭って、彼の持つ白羽神具に指を向ける。

「え、でもそれ……奉納したはずの──待って。それ以前にどうしてあなたがそれと一緒に? どういうこと?」

 混乱するミリアーノを見つめ、クレイシスは意味ありげに微笑した。白羽神具に魔法をかけ、ミリアーノに向けて放り投げる。

「また機会があったらどこかで会おうぜ、白羽使いのミリアーノ」

 その言葉を残し、クレイシスは小型飛空艇を走らせ、島から大空へと飛び立っていった。

「え、あ、ちょっ……!」

 呼び止めたが、彼の姿はあっという間に遠く彼方へと行ってしまった。

 呆然とするミリアーノの前に、淡い光を帯びた白羽神具が舞い降りてくる。

 それを両手ですくうようにして、ミリアーノは手の平に受け取った。

 呟く。

「お母さんの形見、取り戻してくれたんだ……」

 脱走の上の盗難だったのではと思い、ミリアーノは心配に辺りを見回してみる。

 しかし神殿兵の姿はおろか、追いかけてくる気配もない。

「……」

 島にただ一人残されて、ミリアーノは呆然とする。

 結局、奉納した物をどうやって取り戻したのかはわからなかったけども。

 でも、なんとなくわかる。

 彼は大空へと飛び立っていったのだから。──そう、自由な明日へと。

 ミリアーノは彼の飛び去った空を見つめてやんわりと微笑んだ。安堵のため息とともに肩を撫で下ろし、

「あーぁ、行っちゃったよ。何があったかぐらい話してくれてもいいと思うんだけどな」

 そしてふと思い出す、あの時のこと。

 ミリアーノは顔をしかめて、

「ねぇ、フレスヴァ」

「どうなさったのでございますか?」

「クレイシスがさっき乗ってたあれって……小型飛空艇じゃなかった?」

「む? たしかにそうでありましたな」

「墜落するんじゃないかしら?」

「あのぉミリアーノお嬢様? わたくしめ思ったのですが、彼は召喚するほどの強い力を持つ大魔法使いなのですから、もしかしたら浮石の力を使わず自分の魔法で飛んでいるのでは?」

「…………」

 ミリアーノはようやくあの時彼が言っていた意味を知る。

 フレスヴァが「やれやれ」とお手上げしてため息をついた。

「これも何かの縁といいましょうか。これでまた、来年もこの島に来なければならなくなりましたな」

 赤く染まる空に溶け込むようにして、ミリアーノは白羽神具を胸に秘めるとニコリと微笑んだ。

「お家に帰ろうっか。フレスヴァ、レイグル」







※ 最後までお読みくださり、ありがとうございました。

  貴重なお時間をこの作品にいただけましたことを心からお礼申し上げます。


  継続してお気に入り登録くださいました十五名の方々、ご評価してくださった方、そして感想をくださいました池之月様。

  本当にありがとうございます。


  もうここで長く語るのも何ですので、これからは総合短編集にて作品の裏話を語りたいと思います。ですので、ご興味のある方はいつかそこでお会いしましょう。


  また次回作にて皆様にお会いできることを願いまして、本編を終了しようと思います。


  ありがとうございました。

 

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