終章 白羽使いのミリアーノ【2】
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ミリアーノはリズを睨み据え、言い返した。
「いいえ、まだよ」
懐に持っていた白羽神具を取り出す。
「まだ一つ、使っていない神具が残っているわ」
観客から再び湧き上がる歓声。観客は興奮してか、席を立ってあらん限りの声援を送り始める。
その声援を受けながら、ミリアーノは覚悟を決めた。
残された最後の賭け。
この幻影術に成功すれば彼女と互角に戦うことができる。だがもし失敗すれば、この神具に命を吸い尽くされ死んでしまう。
不安はあるものの、もう一歩も退けない状態だった。
この場を退きたくはない。
召喚神具を破壊できるのはこの瞬間だけ。
このチャンスを失えば、ミリアーノは故郷を失う結果となる。クレイシスも、もちろんアーレイもグランツェもただでは済まないだろう。
決勝戦前に立てた作戦。それは相手が攻撃してくるのを待つということ。でもそれだけではダメだとアーレイは言っていた。事前に相手のペースを乱れさせ、イメージを崩壊させることが大事なのだと。
そんな作戦も虚しく、すぐに窮地へと追い詰められる。それほど相手の実力は並大抵のものではなかったのだ。
ふと背後からアーレイの叫ぶ声が聞こえる。
「ミリアーノさん! 僕が指示したイメージだけを浮かべてください! きっと大丈夫です! 僕を信じてください!」
白羽神具の幻影を生み出すイメージは平和を意味した何かでなければならない。
それ以外は全て失敗となり、その時点で命を落とす。
汗ばむ手の平。高鳴る鼓動。
ミリアーノは静かに目を閉じる。
(きっと大丈夫)
大きく息を吸い、そして吐き出す。
脳裏を過ぎる仲間達の姿。その記憶が、声が、ミリアーノを勇気付ける。
ミリアーノはそっと目を開いた。
(信じよう、仲間を)
白羽神具が仄かに光放つ。
ミリアーノはオリーブの木を脳裏に描くと、白羽神具を持つ手を空高く掲げ、声を張り上げた。
「我が意に応えよ、白羽神具!」
…………。
何の反応もなかった。
観客から歓声が消える。
何の変化も起きない風景。何の幻影が現れるわけでもなく、ただそこに在るのは寂しい雰囲気だけ。
動かないリズ。呆れ笑うでもなく、警戒も解かない。
失敗したわけでもない。
だが成功しているとも言い難い。
もし白羽神具の幻影に失敗しているならば、自分に何らかの苦しみが襲ってきているはずである。
ミリアーノはそろりと一旦、白羽神具を胸元に引き寄せて「おかしいな」と首を傾げて見つめた。
(アーレイ君に言われた通りにやったんだけどなぁ……)
何がいけなかったというのだろう。
ミリアーノはそんな疑問を抱くことだけに気を取られていて、リズの表情の変化に気付かなかった。
「風が……止んだ……?」
それは恐怖心を覚え、動揺に表情が揺らいだリズの心の乱れ。
「え?」
リズの呟きにミリアーノは顔をあげる。
そして初めて目にするリズの怯えた顔。
見えない異常。
何の変化もないはずなのに、たしかにリズだけが何かを感じ取っている。
リズは体勢を崩し、周囲に激しく視線を走らせた。
「な、なんだい、これは!」
闘技場に起きるざわめき。だがこれは観客が動揺し怯えているのではなく、リズの異常を心配するざわめきだった。
何の変哲もない場所で、リズだけがオロオロと忙しく辺りを見回している。
目に見えない恐怖。
リズはやがて、ミリアーノを恐れ戦くようにして後退し始めた。
「い、いったい何を……何を出したんだい? あんた……」
「リズ!」
クレイシスの叫びを聞いて、リズがクレイシスへと振り向く。
「今すぐ召喚神具の力を消せ! お前の動揺で魔物が暴走しようとしている!」
空を見上げるリズ。
その上空にはペガサスの姿をした海馬が煌く刃の翼を広げ、リズを含めた広範囲に攻撃を仕掛けようとしていた。