三、陰謀を阻止せよ【20】
「……ク」
皇帝は笑い耐えるように肩を震わせクククと漏らした。
「窮鼠猫を噛むというが、まさかそんな物で我を脅してくるとはな。血迷って頭でもイカレたか? クレイシス。
それでどうするつもりだ? 使い手でもないお前がそんな物を突きつけたところで無意味だということがわからないのか?」
「無意味なのはわかっている」
「ならば、それは大人しくこっちに返すんだ」
「断る」
ぎりりと。皇帝が怒りに顔を歪ませ奥歯を噛む。
「我に逆らえばどうなるか、忘れたわけではあるまいな?」
「現状は変えられる」
「ほざけ! 現状は変わらん! 我に召喚神具がある限りな!」
クレイシスは白羽を突きつけたまま、薄く余裕の笑みを浮かべた。
「召喚神具がこの世に一つだけだと思うなよ、ファルコム皇帝」
視線を外すことなく、傍にいたグランツェへと声をかける。
「グランツェ」
床に寝転がって放心していたグランツェが急にむくりと上半身を起こす。
「なんや」
「あんたが独り立ち記念に祖父さんからもらったあの聖杯、少しの間貸してくれないか?」
「何に使う気や?」
疑問に首を傾げながらも、グランツェは懐にいれていた聖杯をクレイシスに投げてよこした。
受け取って。
クレイシスは聖杯の声なき声に応える。
「暗闇から解放してやるよ、不死鳥」
聖杯に刻まれる古代文字。
──瞬間、金切り声にも似た甲高い鳥の咆哮が空気を叩いて地下全体を振動させた。
グランツェが慌ててミリアーノのところへ逃げてくる。
「な、なんや! 何が起こっとるんや!」
「わかんない、わかんないよ私にも!」
ミリアーノもそこにいた兵士やリズさん達も、不安に周囲を見回していた。
風の音か、それとも怨霊の何かが闇の底へと招く声か。低く唸るような呪われた声があちこちから反芻して聞こえてくる。
まるで今にも地面や壁から手が伸びてきて引きずり込んでいくかのような雰囲気だ。
そんな中で皇帝だけが一人、狂喜に笑う。
「そうだ、そうやって魔物を召喚し続けるがいい!」
クレイシスの背後に生まれる漆黒の巨大な闇。
闇の門が静かに口を開いていく。
そこから姿を現す、火をまとった大きな一羽の鳥──不死鳥。
皇帝は立ち上がって歓喜する。
「おぉ! この魔物も我が物に相応しい!」
クレイシスの横を通り抜け、皇帝は不死鳥へと近づく。
──だが、
「む?」
皇帝は気付いた。みるみると炎に包まれていく自分の体を。
「ひ、ひ、ひぃぃぃっ!」
悲鳴をあげながら逃げ出し、兵士たちの前に転がり込む。
「陛下!」
「皇帝陛下!」
駆け寄る兵士たち。自らの服を脱いで皇帝に覆いかぶせる。
リズがトカゲ男に向けて鋭い声を飛ばす。
「ダグラ!」
「言われずともわかってるッスよ!」
トカゲ男はそう言って、荷物の中から急いで鞘に収まった短剣を投げて渡す。
リズは受け取り、その神具に命じた。
「水よ」
短剣から水が生まれて皇帝を包み込む。
ようやく炎から解放される皇帝。
燃えにくい素材を着ていた為か、皇帝は奇跡的に無傷だった。
「リズよ、あれを壊せ……! 壊すんだ……!」
怒りか恐怖かもわからない声を震わせ、皇帝はリズにそう命じる。
皇帝の命を受け、リズは持っていた短剣をその場に捨てた。帯剣していた召喚神具を鞘から抜き放ってクレイシスのところへと歩み寄る。
そして一定の距離を置いて立ち止まり、抜き放った召喚神具の剣先を彼に向けて構えた。
「忘れたのかい? あんたはこの剣に陣を刻んでいるんだよ。あたいがこれに命じたら──」
「リズ」
遮るように、クレイシスは言葉を切り出す。
「お前が戦うべき相手はオレじゃない。そして戦う場所もここじゃない」
睨み合うリズとクレイシス。
やがて、リズがフッと力抜けたように微笑する。
「あんたがそんな顔をするなんてね。そういやあたいと初めてチームを組んだ時、あんたこう言ったね?
『お前は最強の使い手じゃない』と。
あんな伝説ごときの白羽使いがこの世の最強だと本気で信じているのかい?」
「あぁ。オレはミリアーノに全てを賭けるつもりだ」
「彼女がイベントで負けたらどうするんだい?」
「リズ、お前が負けたらどうするつもりだ?」
「あたいが負けるだって?」
リズは高らかに笑った。
「随分な自信だね、クレイシス」
「ミリアーノはお前に無いものを秘めている」
眉根をひそめてリズ。
「あたいに無いもの? 天才の素質ってやつかい?」
「違う。無鉄砲で何者にも屈しない大胆な発想だ。だからこそ白羽神具がこの世で最高の幻影を生み出す最強の神具なんだ」
「面白いこと言ってくれるじゃない」
「嘘だと思うなら勝負してみればいい」
クレイシスは魔力の宿った白羽神具をリズにみせた。言葉を続ける。
「神具の魔力はこれで互角。あとは──」
不敵な笑みを浮かべて、
「言わなくてもわかるよな?」
「…………」
リズはスッと構えを解くと、召喚神具を鞘に収めた。
「あたいは負けないよ。最強の使い手だから」
踵を返し、背を向けて。リズはその場から身を引く。背中越しに、
「決勝戦で待つ。邪魔者はあんたの魔力がかかっていない神具で全部片付けておくから、タイムリミットまでに白羽使いを闘技場に連れてきな」