三、陰謀を阻止せよ【16】
「我が帝国の夜明けは近い。この世界に我が名を轟かせ、この世に生きる全ての者たちを我の前に跪かせてくれよう」
ファルコム皇帝は懐から白羽神具を取り出すと、それを掲げてみせた。声を大きく張って、
「恐れるものなど何もない! たとえこの神具が最後の足掻きを見せようとも徹底的に叩き壊してくれる! これでこの世界は我がファルコム帝国の物だ!」
兵士たちは一斉に姿勢を正し、右手を掲げて「オー・ワン・ファルコム!」と声をそろえて繰り返し叫んだ。
満足げに微笑むファルコム皇帝。しかし、急にその笑みを消してぼそりと呟きを落とす。
「何かが足りぬ」
気変わりした皇帝の態度に兵士たちが戦くように動揺し、声まばらに萎めていく。
誰がいつ殺されてもおかしくない雰囲気の中で、皇帝は兵士の一人を睨みやる。
ひっと身をすくめる兵士。
皇帝は訊ねる。
「ハイエナ民族どもからその後の報告はまだか?」
声を震わせ兵士。
「ま、まだ何も……。捕まえ次第こちらに連れて来るように指示はしてあるのですが……」
道具屋のトカゲ男が恐れもせずに口を挟む。暢気な口調でお手上げして、
「だから言ったじゃないッスか、皇帝。あのクソガキを連れて行く時は意識をぶっ飛ばしてから連れて行けって。毎年毎年この機会狙ってるんッスから。ハイエナ民族も神々の島じゃぁダメダメの役立たずッスよ」
リズが冷静に口を挟む。
「意識を飛ばしてもらっては困る。彼の意識がある内でないと召喚神具の使える回数が限られてくる」
「リズの言う通りだ」
ファルコム皇帝はトカゲ男に向け、言葉を続ける。
「奴には意識を持たせ魔力を回復してもらわなければ、いざという時の駒にならん」
「その『いざ』ってのが今じゃないんッスか?」
「むむぅ……」
トカゲ男の鋭い突っ込みにファルコム皇帝は顎に手を当て唸る。そのまま隣に居るサラへと視線を移し、
「サラよ。街を観光中に奴を見かけたと言っていたな? その時奴は何をしていた?」
サラは答える。
「着ぐるみで正体をごまかすという阿呆な事をしておりました。最初は知らずに風船をもらおうと近づいたのですが、見知らぬ一般の者に妙なことを口走っていたので怪しいと思い、鎌をかけたら本人でした」
「妙なことだと?」
「新たな知識者を探していたようです。きっと私に対抗しうる者でも探していたのでしょう」
眉根を寄せてファルコム皇帝。首を傾げて、
「……探してどうなるというのだ?」
「私にこの壁画の謎は解けないと踏んでいたんだと思います」
「それきっと、サラ嬢の勘違いッスよ」
再び会話に口を挟んでトカゲ男は言う。
「もしあのクソガキが本当に知識者を探していたんなら色々と面倒かもしれないッスね。リズの話を鵜呑みにして今まで黙っていたッスが、イベントが始まる前にある噂を耳にしたんッス。シンシア・ラステルクの娘が今年この島に現れて街でイベント仲間を探しているって。もしかしたらあのクソガキはシンシア・ラステルクの娘と手を組んで──」
ファルコム皇帝の顔色が変わる。鋭くリズを睨みやり、白羽神具を突きつける。
「リズよ、お前にもう一度訊く。この白羽神具を娘から奪い取った後、その娘の始末はつけたのだろうな?」
動揺を見せることなく平静と答えるリズ。
「その娘は火竜とともに落ちたのですから生きているはずがありません。その噂が真実ならば今頃この計画を妨げていてもおかしくないはずです」
ファルコム皇帝は「ふむ」と納得する。
「たしかにその通りだな。あのシンシア・ラステルクの血を継いでいるならば、とうに我から白羽神具を奪還しててもおかしくない話だ」
「じゃぁあのクソガキの知識者探しは単なる偶然で、白羽とは関係ない話なんッスかね?」
トカゲ男の問い掛けにファルコム皇帝は頭を掻き乱す。
「あーもう良いもう良い。何がどうしてようと構わん。とにかくあのクソガキを誰かここに連れて来い。あやつが召喚神具の封印を解かんと魔物が解き放てんのだ。白羽神具を壊したところで魔物が幻影のままでは話にならんではないか」
呆れるようにため息を吐いてトカゲ男。
「やっぱり国を出発する前にあのクソガキに封印を解かしておけば良かったんッスよ。あのクソガキがこの島で逃げるのは毎年恒例の事じゃないッスか」
ファルコム皇帝は白羽神具をトカゲ男に突きつけながら言い返す。
「そんなことをすれば教皇庁神殿の奴等が勘付いてこの島に来なくなるではないか、この馬鹿者が。世界征服をするには教皇庁神殿を潰さねばならん。我が計画に狂いはない。狂いがあるとすれば、あのクソガキだけだ。いいから早く連れて来い」
気だるく手を挙げて了承するトカゲ男。
「へいへいッス」
「リズ、お前もだ」
「わかりました」
「サラ、お前はここに居ろ」
「はい。皇帝陛下」
そのまま当り散らすようにファルコム皇帝は兵士たちにも白羽神具を突きつけ叫ぶ。
「何をいつまでもボケっと突っ立ってんだカスども! 我の命令が聞こえなかったのか!」
クレイシスはミリアーノの腕を掴んだ。
「え? 何?」
「こっちに来るから逃げるんだよ」
「逃げるってどこに?」
「いいから早く」
言うと同時にミリアーノを連れて急いで階段を駆け上がる。
──が、
「なっ!」
「きゃっ!」
突如としてとんでもない転がり物が階段から沸いたかのように現れ、クレイシスを直撃する。
いきなりのことに避けきれないまま、仰け反る姿勢となるクレイシス。
その彼の後ろに居たミリアーノも、倒れてくる彼の背にぶつかり短い悲鳴を上げて倒れる。
その後二人と転がり物は、折り重なるにして階段を転げ落ちていった。