三、陰謀を阻止せよ【13】
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ポルメルの案内を受け、ミリアーノはクレイシスに肩を貸しながら一緒に遺跡の中へと入っていった。
遺跡内部を最奥まで進むと、ツタに覆われひっそりと佇む古い扉。
ポルメルがその扉に手をかざすと、全てのツタが退いていく。
「え? もしかして開くの?」
訊ねると、ポルメルは無言で扉と向き合い、ゆっくりとその扉を押し開いていった。
「あ、開くんだ……」
暗闇の底へと続いている長い階段。
ポルメルがミリアーノとクレイシスに向け、一鳴きする。
「ばぅ」
「ミリアーノお嬢様。あとはこの階段を下りていけば辿り着けるそうです」
「わかったわ」
「それからミリアーノお嬢様。ポルメルとはここでお別れにございます」
「え、そうなの? どうして?」
フレスヴァは何も言わず、身震いしてポシェットの中へと隠れていった。
「あ、ちょっと!」
ポシェットの中からぼそぼそとフレスヴァは言葉を続ける。
『わたくしめもそうですが、ポルメルも召喚神具が怖いからと申しております』
「なんでそんなに怖がるのよ。精霊の王様が現れるだけでしょ?」
横からクレイシスが口を挟む。
「だからこそ怯えるんだ。相手が精霊王なだけに」
ミリアーノはきょとんとする。
「え? どうして?」
「お前の鳥が最高位の精霊に勝てると思うか?」
「思わない。でもポルメルなら勝てそうな気がするんだけど」
「精霊王に勝てるなら召喚神具に封印されている」
「あーなるほど」
ミリアーノはぽんと手を打って納得した。
ポルメルが口の中からランタンを取り出す。そのランタンを二人に向け差し出し、
「ばぅ」
ポシェットの中からフレスヴァが通訳する。
『明かりをあげるよ。と申しております』
「ポルメルって何の精霊? 口の中から色んなものが出てくるんだけど」
クレイシスがポルメルからランタンを受け取り、
「何の精霊でもなく島の精霊だ。この島に生きる精霊は体内の構造とか生態系とか未知のままだからな。不思議がっても仕方が無い」
「どうして誰も解明できないのかしら?」
「年に一度しかこの島には来られないからだろう。そのうちいつかは解明される」
「まぁたしかにそうなんだけど、はてしなく遠い未来の話になりそうね」
ミリアーノは納得し、ポルメルに礼を言った。
ポルメルに別れを告げ、偽りの火を宿したランタンを手に暗闇の階段を歩き始めるミリアーノとクレイシス。
「──私がリズさんを超える最強の使い手?」
「あの白羽神具が扱えたら、の話だけどな」
「何かの間違いよ。私がリズさんを超えられるはずないじゃない。だって神具の扱い方もいまだによくわからないし」
「だから、白羽神具が扱えたらの話だと言っているだろ。リズにあの神具は無理だ」
「なら私に扱えるわけないじゃない」
「そうじゃない。お前はシンシア・ラステルクの娘だろう?」
「だからって扱えるとは限らないわ。ねぇフレスヴァ?」
と、ミリアーノはポシェットにいるフレスヴァに視線を落とした。
ポシェットからフレスヴァのくぐもった声が返ってくる。
『ごもっともでございます』
「お前、本当に母親から何も聞いていないのか?」
ミリアーノは静かに頷く。
「何も教えてくれなかったわ」
「そっか……」
呟いて。クレイシスはミリアーノから視線を外し、さらに小さな声で続けた。
「もしかしたら関わってほしくなかったのかもな」
「え? 何? 何か言った?」
問い返すと、クレイシスは「なんでもない」と首を横に振って視線を戻してきた。
「ミリアーノ」
「何?」
「白羽神具を取り戻す前に、一つ確認しておきたいことがある」
「確認?」
頷いてクレイシス。
「お前、この島に来たのは『夢で母親に誘われたから』と言っていたよな?」
「え、えぇ」
「なぜ白羽神具を持ってきた? 夢で持って来いとでも言われたのか?」
ミリアーノは首を振って否定する。
「あれは私が勝手に持ってきた物なの。お母さんの過去に関すること、少しでも知りたかったから……」
「お前の母親はそれを知ってほしくないから隠していたんじゃないのか?」
ミリアーノは足を止めた。
そのことでクレイシスも立ち止まる。
クレイシスはそのまま言葉を続けた。
「白羽神具は最強であると同時に使い手にハイ・リスクが伴う。あの神具は幻影を成功させれば確かに敵無しの最強だが、反面もし幻影に失敗すれば、通常の神具と違って使い手の命を奪う。
──命を懸ける覚悟が、お前にあるか?」
顔を俯け、ミリアーノは答える。
「私……」
「その覚悟がお前に無いのなら、これ以上先へ進むのは止めよう」
「進むのを止めたらどうなるの?」
「使い手のいない白羽神具を破壊することは簡単だ。リズは決勝戦で白羽神具を破壊し、勝利を宣言するだろう。そして世界は誰にも止められなくなった召喚神具によって滅ぼされていく」
「え?」
「お前ならファルコム皇帝の陰謀を止められる」
ミリアーノの目が点になる。呆けた顔で、
「……何か今サラリと、陰謀とか何とか怖い言葉が聞こえたんですけど」
「皇帝がずっとこんな些細なイベントごときで満足するとでも思っているのか?」
フレスヴァがポシェットから勢いよく顔を出してくる。
「まさかッ! 召喚神具の魔物を解き放つ気じゃないでしょうな!」
「そのまさかだ。オレが皇帝から命じられていたのは決勝戦でリズが持つ神具の魔物をこの世に解き放つこと。
あの時ミリアーノに出会ってなければ、オレはいつも通りハイエナ民族に捕まり、無理やりにでも計画を実行させられただろう。いや、たとえオレが皇帝を裏切ったとしても、神具に陣を刻んでいるんだから計画は問題なく進む。
世界の中枢である教皇庁神殿のトップが表舞台に出てくるのは年に一度のこの日だけ。トップを潰せば世界は混乱し、次なる統率者を求め始める。ファルコム皇帝はそれを狙っているんだ。今までそれが出来なかったのは白羽神具の使い手──シンシア・ラステルクが生きていたからだ」
「私のお母さんが……生きていたから……?」
「そうだ。引退した身とはいえ、彼女が負けたという記録はどこにも存在しない。かつては召喚神具をも打ち滅ぼしたと云われている」
「どうやって?」
クレイシスはお手上げし、
「さぁな。どうやって打ち滅ぼしたのかも記録に残っていない。皇帝はそれを何よりも恐れている」
そして手持ちのランタンで先の道を照らし、言葉を続ける。
「だから皇帝は知ろうとした。白羽神具の強さの秘密を。シンシア・ラステルクは決勝戦を前に、必ずこの遺跡の地下に訪れていたそうだ」
「私のお母さんを見たの!?」
「オレじゃない、ファルコム皇帝がだ」
「もしかしてファルコム皇帝って、お母さんのイベント仲間だったりする?」
「さぁどうだろう。皇帝の言動を見る限り、とてもそういう関係には見えないがな」
かざしていたランタンを下ろし、クレイシスはため息をついた。
「シンシア・ラステルクが王者から退いたのはオレが生まれる前の話だ。噂以外のことは知らない。でも本当に伝説通り、白羽神具が召喚神具をも凌駕する力を持っているならば、オレはこの目で見てみたい」
「見てみたいって──幻影がどんなのかわからないと私だって無理だよ」
「白羽神具の幻影は誰も知らないし見た者がいない。だからこそ記録にも残らない『形無き幻影』だと云われている。皇帝も白羽の正体がわかっていたなら、もっと早くに何らかの手は打っていただろうな」
「……形無き幻影?」
「そのヒントがこの地下に眠っている」
「ヒント? 私にもわかる?」
「わかるものだと願いたい。サラが最近、書物の中からヒントとなる何かに気付いたと言っていた」
「あの知識者の女の子?」
「あぁ。運よくその解説が聞ければ、そこから何か掴めるかもしれない」
「わかったわ。行こう、この地下に」
ミリアーノとクレイシスは再び階段を下り始めた。