一、そこにある何かの縁【4】
ミリアーノは手綱を少し手前に引き寄せ、火竜に速度を落とすよう指示した。
火竜の速度が徐々に落ちていく。
豆粒くらいだった物体はしだいに大きくなっていった。羽ばたかず、真っ直ぐに伸びた白い翼。そして向かってくるスピード。明らかに生き物では出せないスピードである。
ミリアーノは呟く。
「もしかしたら小型飛空艇かもしれない」
しかも──
「一機だけじゃない。後ろに三機、すごいスピードでこっちに向かってきているわ」
後ろを振り向いてみたが誰もいない。自分の後ろに大型の飛空艇が待機していたのならまだ納得がいったのだが……。
(ちょっとした移動に使っているわけじゃなさそうね。しかも何だか様子が変だわ)
小型飛空艇は街中を散策する為に開発された遊具物である。浮石の面積を小さくし、誰でも簡単に操縦できるよう軽量化して乗れるようにしてある。だけどデメリットが一つ。浮石を小さくされたことにより、ただでさえ脆いモノが更に脆くなったことで、無茶な乗り方をすれば浮石はすぐに砕け散ってしまう。
そんな乗り物をこの果てしなく広い──ましてや空中で使うなど自殺行為に等しい。
「誰かに追われているのかしら?」
追われていて空に出てしまった。と、結論付ければ納得がいく。
小型飛空艇は狭い所でもスイスイ行けて小回りもできるので、追っ手から逃げる際によく使われている。きっと逃げるのに夢中になって地上の感覚で島から出てしまったのかもしれない。
フレスヴァが心配そうに訊ねてくる。
「どうするのでございますか? ミリアーノお嬢様」
「どうするもこうするも、向こうが避けないなら私が避けるしかないじゃない」
「ごもっともで」
「でもこの状況からして助けに入った方が良さそうよね。このまま放っておいたら墜落するわ」
「しかし相手は四人でございますぞ? どうやって助けに入るのでございますか?」
「四人も一気に助けられるわけないでしょ。先頭の人を助けて島に引き返せば、あとの三人も自然と引き返してくれるわよ」
「なるほど納得。否しかし、先頭の方を助けてしまっては何か厄介事に巻き込まれてしまう恐れが……」
「そんなこと言っている場合? いつ墜落するかもわからないものをこのまま見過ごしたら目覚めが悪いじゃない」
「そうでありますが……」
悩んでいる様子のフレスヴァだったが、ふと何かに気付く。
「ところでミリアーノお嬢様」
「なに?」
「飛行している相手を空中でこちらに移すというのは可能なのでございますか?」
「そんなのやってみないとわからないでしょ。救出のチャンスは一度きり。ここで交錯する時よ。向こうは鉄の塊で、こっちは生身。もし失敗すれば私達がどうなるかわかるわよね?」
「…………」
ミリアーノは手綱を持つ手に緊張を走らせた。ごくりと生唾を飲み込んで続ける。
「生存確率ゼロだから」
フレスヴァの体がカタカタと小刻みに震え出す。気まずく視線を逸らして、ぎこちない声で、
「そ、そそ、空怖い、空怖い」
すぐにもそもそとポシェットの中に身を隠していく。
ミリアーノは「もう!」と不機嫌に顔を曇らせ、ポシェットをばしばしと叩いた。
「そんな弱音吐かないでよね。こっちまで不安になってくるじゃない」
ポシェットの中から声。
『ならば見なかったことにして、さりげなく避けてみてはいかがです?』
「できるわけないでしょ! 私がやるんだから上手くいくに決まっているじゃない」
不安を隠しながらも、ミリアーノはこちらに乗り移りやすくする為にさらに火竜の速度を落とした。
肌を叩いていた風が撫でるほどの微風へと変わる。
これ以上速度を落とすとこちらの飛行が難しくなるので危険だ。
ミリアーノは前方を見据えて覚悟を決める。
(ここには私しかいないんだから助けてあげないと……)
機影の姿はしだいに大きくハッキリしてくる。
一機を追いかける形で後ろに三機、それぞれ一人ずつが機体に跨っていた。
ミリアーノは緊張を落ち着かせようと深呼吸をした。
(よし!)
手綱をきゅっと握り締める。
──そんな時だった。
急にミリアーノに襲い掛かる鋭い頭痛。ピンと弦を張ったかのような突き刺さる痛みが頭を貫通して駆け抜ける。
たまらずミリアーノは頭を抱えて蹲った。
(何、この痛み! こんなときに)