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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
三章 陰謀を阻止せよ
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三、陰謀を阻止せよ【7】


 狼は、着地と同時に獣から人型へ。


 その見知った姿に四人は驚く。

 最初に声をあげたのはグランツェだった。

「お前は、あの時の──!」

 白い尻尾を優雅に揺らし、獣民族の女性は奪った瓶を手にして笑う。後から追ってきた男三人を背後に並べて、

「役立たずのクソガキだったとはいえ、あたいのチームのメンバーを勝手に奪っておいて、タダで済まそうなんて思うんじゃないよ。これはその代償。今回はこれでチャラにしておいてあげるよ」

 アーレイが今にも泣きそうになりながら必死に訴える。

「返してください、アミルダさん! それは僕達の神具です!」

 女性は笑う。

「『返してください』だって? 生意気言うんじゃないよ、アーレイ。誰のお陰でこの島に来られたと思っているんだい?」

 ──瞬間。

 糸張るかのような殺気に包まれ、女性は右横へ視線を走らせる。

 そこに居るクレイシス。

 大男の一人が何かを察して女性の盾になるかのごとく立ち塞がる。

 クレイシスの手には圧縮された風魔法。それを保持し構えたまま、射殺すような目で大男を睨む。

「死にたくなければその女に神具を返すように言え」

 フッと鼻で笑って大男。

「やるならやれ。それと同時に魔法を幻影無しに直接、殺戮さつりく目的に使ったお前も精霊に殺され死ぬ。ここに残るは互いの死のみ」

 大男とクレイシスは数秒間無言で睨み合う。

 その睨み合いはすぐに終わりを告げる。

 ふいに、クレイシスの頭上に降ってくる大量の水。

「…………」

 滴る水をそのままに、気勢をそがれたクレイシスは手の中の魔法を消した。

 次いで飛んでくるグランツェの声。

「急げ、魔法使い! 早いモン勝ちや!」

 水に濡れたアーレイとミリアーノは一緒になって獣民族の女性へと『あっかんべ』をする。

 ミリアーノの手には水の溜まった瓶。

 獣民族の女性は油断していたことに気付いてハッと我に返る。

「なっ──! しまった、大魔法使いは囮!?」

 クレイシスは女性に向け小馬鹿にするように微笑した。ミリアーノの持つ瓶へと手をかざし、

「残念だったな」

 瓶に仄かな光が宿る。

「アーレイを失ったこと、後悔するなよ」

「まさかあたい等の行動を読んでいたっていうのかい!」

 女性は動揺を隠せず焦りながらすぐに、震える手で瓶を握り締め、目を閉じてイメージを浮かべる。

 盾となっていた大男が構えを解いてクレイシスに感心する。

「さすがだな、大魔法使い」

 クレイシスはお手上げして肩を竦め、

「オレも頭上に水が降ってくるまでアイツ等の行動に気付かなかったさ。恐らくアーレイがお前等の性格を理解した上で咄嗟とっさに機転を利かせたんだろう」

 大男はそれ以上何も言わず、苛立たしげに舌打ちだけを残した。



 ミリアーノは瓶を手に、目を閉じてイメージする。

 水。

 蛙に攻撃する。

 ミリアーノは目を開く。

 応えるように、瓶から水の幻影が飛び出していく。

 ミリアーノが放った水の幻影の隣を、アミルダの出した水の幻影が争い走る。

 どちらが早いか。

 二つの水が蛙の魔物に襲い掛かる。

 勝負の決め手は一瞬の判断だった。

(──違う!)

 ミリアーノはイメージをかき消した。



 ミリアーノが放った水の幻影は、蛙に当たる寸前で消えてなくなる。

 残ったアミルダの幻影が蛙の魔物に直撃した。

 蛙の魔物はアミルダを見て答える。

「ブー。不正解」

「えっ! どういうことだい!?」

 愕然とするアミルダとそのチーム。直後に彼らの居た場所の床が消えてなくなる。

 悲鳴を上げながら、アミルダとその仲間は穴の開いた暗い闇の底へ消えていった。

 アーレイが駆け寄り、彼らの居た場所──すでに閉じてしまった床に手をつき叫ぶ。

「アミルダさん!」

 床の下から彼らの声が聞こえてくることは無かった。

 グランツェがその床を見つめて恐々と身を震わせる。腰抜けたように尻もちをつき、

「あ、あり得んやろ。イベントで殺されるとか……」

 その呟きにクレイシスが答える。

「彼らは殺されたんじゃない。転送させられたんだ、スタート地点に」

 蛙の魔物へと視線をやり、言葉を続ける。

「もうそんな時間か。

 これから先、間違えたチームから順に失格となる」



 消えかかりそうなほども薄くなった蛙の魔物は、参加者に向け告げる。

ときは来た。不正解となったチームから順に強制退去とする。

 我、消えるが早いか、それとも汝自ら消えていくか。全ては刻の運しだい」

 周囲の雰囲気が二つに分かれる。

 諦めて神具を投げ出す者、最後の正解に賭けて消えていく者。

 参加者たちの数は次第に減っていった。



 そんな中、ミリアーノは手の中にある瓶の水を見つめていた。

 仄かに淡い緑色の光を帯びた水。

 透き通っていて瓶の底の部分まで見える。

 とても穏やかな光で、それでいて、どこか懐かしい。

 ミリアーノは無意識に呟き漏らす。

「この感じ……どこかで見たことある……」

 それは遠い昔。

 もしかしたら夢の中で見たことなのかもしれない。

 ふいにポンと肩を叩かれて、ミリアーノはびくりと身を震わせた。

 振り向く。

 するとそこには肩を叩いてきたであろうクレイシスと、どこか諦めた表情のグランツェ、そして謝るタイミングを見ているアーレイの姿があった。

 クレイシスがポシェットを指差して半眼で呻く。

「お前の鳥がさっきからうるさい」

「え?」

「──しようもないワガママ娘で自分勝手なミリアーノお嬢様ぁ。わたくしめの声は聞こ……」

 こちらに向けて言いたい放題に暴言を吐いたであろうフレスヴァと、しっかり目が合う。

 フレスヴァの顔から吹き出る冷や汗。そろりと視線を逸らし、声を震わせる。

「と、とととってもキュートでかわいいミリアーノお嬢様ぁ。わたくしめの声は聞こえておりますか?」

 ミリアーノの頬が引きつる。

「これ終わったら覚えていなさい、フレスヴァ」

「ひぃぃ」

 フレスヴァは慌ててポシェットに身を隠した。

 クレイシスがミリアーノに訊ねる。

「不正解に気付いたのは偶然か? それとも──」

 ミリアーノは首を横に振って答える。

「違うの。これじゃ答えになっていないって思ったの」

 泣きそうな顔でアーレイ。

「僕、やっぱり間違えていたですか?」

 クレイシスがフォローする。

「いや、アーレイのレシピは間違っていない。オレも納得できた。たとえ誰かが水の幻影で通過していたとしても、アーレイの考えたレシピで使われる水とは性質が違うからな」

「性質が違うやと?」

「地上の精霊とこの島の精霊とでは作り出す魔力が違うんだ。だからこれで通過できるはず。──ん? いや、待てよ」

 急にクレイシスは何かに気付いて考え直す。

 グランツェがぼそりと。

「もうすでに誰かが使ったんと違うんか? 魔法使い」 

「可能性はある。天井から水が降ってきた時点でこのレシピに気付いた奴がいたかもしれない」

「それじゃもう僕達はこのまま──」

「あぁそうだ。打つ手が無ければこのまま蛙は消え、その時点でオレ達は失格となる」

 ミリアーノが突然閃く。

「そうよ! 思い出したわ!」

 三人の注目が集う。

 ミリアーノはにこりと笑うと悪戯っぽく舌を見せた。

「ちょっとトンチになるんだけどね。お母さんから聞いた話でこんなのがあったの」



 蛙は最後の言葉を告げる。

「冬が訪れた。我、再び眠りに──」

「ちょっと待って!」

 ミリアーノの叫びが広間に響いた。

 だが蛙は消え行く。

 ミリアーノは急いで目を閉じ、イメージをする。


 【我、幼い頃は水の中。成長したら陸に出る。さて、我とは誰?】


 瓶の中の水に生まれる『おたまじゃくし』。そしてそれが成長し、瓶の中から一匹のウシガエルが這い出てくる。

 ミリアーノは目を開き、同時にウシガエルに命じる。

「行って!」

 瓶の中からウシガエルが飛び出す。

 それは高く宙を飛び、弧を描いて見事に蛙の魔物の額に貼り付く。

 ミリアーノは蛙の魔物に向け、びしっと指を突きつけて勝利の笑みを浮かべた。

「不正解とは言わせないわ! これが間違いだと言うんなら、次から問題を変えることね!」  


 蛙の魔物は笑った。顔にウシガエルを貼り付けたまま、

「たしかに不正解とは言えぬな。──よかろう。通るがいい」


 

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