三、陰謀を阻止せよ【6】
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飾りのついた白く綺麗な尻尾を優雅に揺らし、自慢の豊満な胸を、組んだ腕の上に乗せてある一点を観察し続ける獣民族の女性。
その女性に巨人並みの体格を持つガラの悪い男一人が心配そうに声をかける。
「このままずっと何もやらないつもりなのか? アミルダ」
その男を手で制して、女性は「しっ」と言って黙らせた。
「お待ち、お前さん。まだだよ。まだもう少し、このまま待つよ」
「何を待っているんだ? 急がねぇと今年も一次で終わりだぞ?」
背後に待機する大男二人も同意するように無言でうんうん頷く。
「あれをごらんよ、お前さん」
女性に顎先で示され、その先に。男は目を向ける。
「あのガキに見覚えあるだろう?」
「あー居るな。役立たずのアーレイか」
「その隣に大魔法使いクレイシス。彼の魔法がかかった神具を奪えば、二次予選なんて楽勝ものだよ」
「だが決勝戦には最強の使い手リズが居るんだぞ? それに道具屋と知識者は頭がイッてるような、とんでもなくヤバい神具を造る奴らだ。噂では命乞う奴にも慈悲無き攻撃を見舞うって」
「大丈夫だよ、お前さん。ここは神々の島。死にはしないよ」
「それでもさっきから嫌な予感ばかりしてならねぇんだ」
女性はその男の胸を叩いて元気付ける。
「大の男が弱音吐いてんじゃないよ。しっかりおし。──お、アイツ等ようやく動き出したようだね。準備しな、お前達。アイツ等の神具が完成次第、奪いに行って一次を通過するよ」
◆
「『瓶に水を汲め』とはどういうことや?」
指示を受け、グランツェは荷から適当に手の平サイズほどの瓶を取り出しながら、首を傾げる。
アーレイは眼鏡の位置をくいっと正して、
「僕が思うに、わざわざ幻影の属性をこの空間に合わせて、欠けたワン・ピースを作る必要なんてないんです。クレイシスさんの言う通りに耐性・戦闘力を気にしなくていいのなら、この空間自体が幻影なのですから、それらを融合させて神具を造れば、生み出される幻影はその属性なんです」
「ん? どういうことや?」
「ですから、蛙を倒すには同じ属性は無効ですが、蛙を倒すのではなく蛙に吸収させるのですから、蛙が攻撃してきた魔法をこちらでリユースして与えてやればいいんです」
「ようわからんが、つまりなんや? わざわざ蛙の『言葉の意』に従う必要はなかったいうことか?」
「それは違います。僕達に足りなかったモノ──それは水なんです」
「水やと?」
「水属性の幻影が手元に無かったから造れなかったんです。僕は蛙という生き物を見たことがありません。だから水や川、虫といったキーワードから造るという意識が強く、無理だと言ってしまいました。でもそれは間違いだったんです。僕はやはり知識者として未熟でした。それ以外から造るという考えが思い浮かばなかったのですから」
「今も水なんてもんはどこにも無いやろ?」
その言葉に、アーレイは勝ち誇るような笑みを浮かべて天井を指差した。
「水ならあります。この上に」
「上やと?」
完全に蚊帳の外になったミリアーノ。同じく蚊帳の外のクレイシスを真似て、暇で周囲を観察していたのだが、ふと視線を向けた蛙の魔物に起こる異変に気付いて慌てて三人に知らせる。
「ねぇ見て! あの蛙、姿が少しずつ消えかかっているわ!」
クレイシスが舌打ちする。他の参加者達との間に所々の空間が出来ており、すでに何十チームかの通過者が出たことをうかがわせる。
「まずいな、この状況。時間が掛かり過ぎた。これ以上の通過者を打ち切る気だ。
──急げ、グランツェ! アーレイ!」
声を受けて立ち上がるグランツェとアーレイ。
「は、はい!」
瓶を手に、グランツェは余裕の笑みを見せる。
「耐性とかは考えんで良かったんやったな。じゃぁあとはこれに水を汲めば予選突破や」
「よろしくお願いします」
「了解。任せろや」
堂々と胸を張り、グランツェは三人よりも数歩前へと進み出る。
一人わけわからずオロオロするミリアーノ。
「え? なになに? 私どうすればいいの?」
クレイシスから腕を掴まれて、傍へと引き寄せられる。
ミリアーノはクレイシスを見つめた。
「え? なに?」
「オレの近くに来ておけ」
「どうして?」
「アーレイもな」
見れば、クレイシスはアーレイも腕を掴んで近くに引き寄せていた。
「そうしないと──」
グランツェが蛙の魔物に指を突きつけ、勢いよく叫んだ。
「答えは蛙や!」
蛙の魔物はグランツェを見下し、答える。
「ブー。不正解」
それと同時に、真上の天井から大量の水がグランツェとそのチームの頭上に降ってくる。
グランツェはずぶ濡れになりながらも瓶の中に水を溜めた。
そして瓶を手に、濡れた髪をかき上げながらグランツェは仲間たちへと自慢げに振り返る。
「どや? 瓶に水を溜め──」
クレイシスは自分の周りの結界を解いた。
全くといっていいほど水に濡れていない三人。
彼らの周りには弾かれたであろう水たまりが。
クレイシスはさも当然とした顔で、さきほどの言葉を続ける。
「また濡れるぞ。あのように」
と、グランツェを指差す。
「──って、お前! それ出来るやったら最初からやれや、この卑怯野郎!」
一人だけずぶ濡れのグランツェが怒りに喚く。
ミリアーノとアーレイは一緒になってグランツェに頭を下げた。
「あなたの努力は無駄にしません」
「ご協力ありがとうございました」
「アホかー! お前らほんまに仲間意識あるんか!」
喚くグランツェをよそに、クレイシスは真顔になってグランツェの元へと歩み寄る。
「な、なんや魔法使い」
防御の構えでグランツェ。
クレイシスは瓶に向けて右手をかざし、答える。
「魔法をかけに来ただけだ」
瓶に仄かな光が生まれたことを確認した後、クレイシスはミリアーノの名を呼ぶ。
「ミリアーノ」
呼ばれ、ミリアーノは目を向ける。
「急げ。あとはお前が幻影を出せばクリアだ」
ミリアーノはにこりと笑って元気よく頷いた。
「うん。わかったわ」
アーレイが仕上げの言葉をミリアーノに送る。
「ミリアーノさん。あとはその水そのものを幻影として生み出し、蛙を攻撃するイメージをしてください」
「わかったわ、アーレイ君。ありがと」
そして、グランツェの元へと歩み寄る。
歩み寄ってきたミリアーノに、グランツェは水の溜まった瓶を差し出す。
「頑張れや」
「うん。ありがと」
グランツェから瓶を受け取ろうとした、まさにその瞬間だった。
「これはあたい等がいただいていくよ」
白く綺麗な一頭の狼が、グランツェの手から瓶を奪っていく。
「あっ!」
ハッとした時にはすでに遅く、瓶はその狼に奪われてしまった。