三、陰謀を阻止せよ【3】
……え? 幼い声って。
ミリアーノも一緒になってイベント役員へと視線を移した。
さほど距離のない場所で、参加者達に向き合うようにして佇む五歳ほどの女の子。頭部に生えたかわいらしいウサギ耳に愛くるしい目、そしてもこもこ小さなの尻尾。
子供?
ミリアーノはクレイシスに訊ねる。
「ねぇ、まさかあれがそうなの?」
「ん? 何が?」
「さっき集合かけてきた子。もしかしてあれが島の精霊なの?」
「あぁそうだ。彼女は気分屋だ。最初の予選は彼女の案内無しじゃ行くことができない」
「行くってどこに?」
「すぐにわかる」
「ふーん。子供の案内で行くなんて、なんか不思議な気分ね」
空笑いしてクレイシス。
「まさか。彼女はオレが初めてイベントに参加した時からあの姿のままだ」
「え? そうなの?」
女の子は、まるで引率する先生のように明るく元気に片手を高く挙げて、
「参加者の皆さーん。もうしばらくしたらイベント予選会場へと移動になりまーす。そのままお待ちくださーい」
周りが慌しくなる。
荷物を背負ってた者達は次々に荷を降ろし、何やら準備を始める。
オロオロと見回してミリアーノ。
「え? 何なの? 何が始まるの?」
無視してクレイシスも動き出す。グランツェに軽く合図し、
「グランツェ。とりあえずその荷は降ろしておけ。そしていつでも道具を出せるようにしておくんだ」
首を傾げてグランツェ。言われるがままに荷を地面に降ろす。
「道具って何を出しとけばいいんや?」
「出す必要はない、準備だけだ。予選が始まったらすぐにアーレイが言った物を取り出せるようにしていてくれ」
「わ、わかった……」
アーレイが会話に割り込む。
「あの、僕は何を──」
手で制してクレイシス。
「お前の出番はまだだ。だが、周りにいる知識者の観察だけは怠るな」
「わかりました」
ミリアーノも会話に割り込んでくる。
「ねぇ、私は?」
振り返り、クレイシスはミリアーノへと指を突きつける。
「お前も同じだ。周りにいる使い手の行動に注意しておけ」
「それだけ?」
「神具が無ければ何もできないだろう?」
「それもそうね」
ミリアーノは言われた通りに周囲を観察する。そして、
「ねぇクレイシス」
「ん?」
「そういえばリズさん達はどこ? まさか参加しないなんてこと」
「それはない。リズならきっとあのルートを──」
言いかけて、クレイシスはそこで言葉を切る。ミリアーノから顔を逸らし、吐き捨てるように言い直す。
「今はそんなことどうでもいい」
「え? 何? 何を言いかけたの?」
「リズのことは考えるな、ミリアーノ。予選に通ることだけに集中しろ。リズとは決勝戦で必ず会える。必ずな」
「……何それ、どういうこと?」
グランツェが口を挟んでくる。声を落として、
「シードやろ」
不安げな表情を浮かべてミリアーノ。グランツェに訊ねる。
「シードって何?」
「噂で聞いとる。有力なチームは裏でシードの恩恵を受けとるっちゅーことをな」
「……」
答えず、クレイシスは顔を背けた。
ミリアーノはもう一度グランツェに訊ねる。
「ねぇ、シードって何?」
「建前で言えば、強いチームや使い手同士が一次予選で激突しないよう別ルートで二次予選に進ませる──それがシードや。一次予選で這い上がってきた者達を二次予選で叩き落す最悪ルール。そこを勝ち残るのは至難の業や。そして優勝候補のみ別ルートで島の湖に入っていく。そうやろ?」
クレイシスは声を落とし訂正する。
「それは昔のルールだ。最悪だった昔のルールから少しは変えてある。安心しろ。だがシードのことはあまり言わないでくれ」
「その言い方やとあまり変わっているようには聞こえんけどな」
「それでも有力チームが一次で参加するのはフェアじゃない。弱者はその時点でことごとく潰されていく。それよりも、どうせなら先に強い者同士で戦ってもらって数を減らしていた方が下から這い上がるチームにとっては有利だ」
「へぇ。少しは弱者の立場も考えてあるんやな」
クレイシスは手で制す。
「会話はここまでだ。そろそろ始まる」
瞬間──。
森がざわりと揺れ動く。
風に揺れたのではなく何か強い波動のような、不自然な揺れ。
カタカタと何者かがいくつもの幹を叩く音。
鳥の声は一斉に止まり、周囲から音が消えた。
風を感じなくなり、森に異様な静けさが訪れる。
張り詰める緊張、圧迫感。
森の精霊──ウサギの女の子は悪魔にとり憑かれたかのような暗い笑みを見せた。
「それでは皆さん。いってらっしゃい」
彼女から放たれる一陣の風圧。
転倒するほどの強い風に参加者たちは皆、両腕を覆ってガードする。
荷を背負っていた者は風圧で転がり、重い甲冑を着込んでいた者はよろけて転倒する。
一陣の風が去った後、参加者たちはガードを緩めて周囲を見回す。
まるでどこかに転移されたかのように、そこはもう森の中ではなく、密室状態にある大きく荘厳な広間の中だった。