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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
三章 陰謀を阻止せよ
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三、陰謀を阻止せよ【1】


 ◆


 いつも逃げてばかりだった。生き残る為に。

 鬱蒼うっそうとした森の中に身を隠し、眠れぬ夜を過ごしながらいつも一人で震えていた。

 頼りない明かりを放つ偽りの火を、光漏れないよう握り締めて胸に抱き、不気味な鳥や獣の鳴き声が聞こえるたびにハイエナ民族が近くに居るのではないかと、その存在に怯えながら闇の中に息を殺して隠れていた。

 でも、いつしかそんな恐怖や緊張感にも慣れ、今ではそれが当たり前のようになってしまっていた。


「お? 居た居た。なんでこんな場所に──テントの中で眠らへんのか? 魔法使い」


 偽りの火を入れたランタンを片手に、こちらへと歩み寄ってくるグランツェ。

 あれから受付で出場登録を済ませたその後、イベント役員から支給されたテントを受け取り、指定された参加者野営の場所で各自テントを張って開催を待つ。

 夜だというのに島の山頂が妙に明るい。

 イベント開始の前兆か。

 ──と、なれば今までの経験からして翌朝が開始となる可能性が高い。

 歩み寄って来ていたグランツェの足が目前で止める。身を屈めて手持ちのランタンでこちらの顔を照らし、声をかけてくる。

「木霊か何かやあるまいし、こんな暗い森の木陰でうずくまって毛布に包まって眠らんでも俺らと一緒の場所で眠ればええやろ。それとも何や? 開催当日は迎えに来いとでも偉そうに言うつもりやったんか?」

 クレイシスはさらに身を丸めて顔を埋め、相手の声を遮断するように毛布で全身を覆い隠す。そして冷めた口調で素っ気無く答える。

「ここじゃないと眠れないんだ。放っておいてくれ」

「眠れないって……どんだけ原始的生活送ってんのや、魔法使い」

「朝になれば合流する。それまで一人にさせてくれ」

 急にがしりと、毛布の上から頭を掴まれる。

「聞こえてんか? 魔法使い」

「やめろ。聞こえている」

「だったら顔ぐらい見せろや。本当に俺らのことを仲間やと思んのならテントに来れるはずやろ? 違うか?」

「……」

 返らぬ言葉に、グランツェが呆れるようにため息を吐く。そしてそのまま無言でどっかりと向き合うようにして腰を下ろしてきた。

 こちらが少しだけ顔を上げていたのに気付いたのか、手持ちのランタンを近づけてくる。おそらく表情から何かを読み取りたかったのだろう。

 真剣な顔つきで、グランツェが訊ねてくる。

「前の仲間となんで決別したんや? 毎年優勝しといて不満があるとか俺にはさっぱり理解できん。まぁお前にも色々と事情があるんやろう。それは理解しといてやる。事情を言いたくないんやったら言わんでもええ。

 ──だが、これだけは答えてくれや。

 俺を道具屋として選んだ理由は何や? 騒ぎの中やったとはいえ、あのとき道具屋は周りに腐るほどおったやないか。なんでその中で俺を選んだんや?」

 クレイシスはあの時のことを思い出して微笑した。

「……怖くなかったのか?」

「何がや?」

「相手はあの氷河大帝国だったんだぞ。怖くなかったのか?」

 グランツェは「あーあのことか」と呟き、虚空を見上げて後頭部を掻いた。

「まぁ、あのときは感情任せやったいうか、自制できんかったいうか。正直あんたが来てくれへんかったらヤバイとは思てた。せやけど、あのときあのまま黙っとったら自分の中で何かが折れるような気がしたんや」

 なぜだろう。

 ミリアーノも、グランツェも、あの獣民族の少年も。

 勝てないとわかっている相手になぜ、立ち向かうほどの勇気を持っているのだろう。

 背負っているモノの違いか? 環境の違いなのか? それとも──。

 クレイシスはようやく気付いて自嘲じちょうする。

「色々考え過ぎだったのかもな、オレ」

「ん? なんや言うたか? 魔法使い」

 クレイシスは無言で首を横に振った。

 そう、今までが考え過ぎだったのかもしれない。周囲のこととか、生きていくこととか、これからのこととか。全てが良い結果になることばかり考え過ぎていて、いつの間にか勝機すらも見失っていた。ただ逃げていればそのうち何とかなると思っていたが、実はそうじゃなかったんだ。相手に立ち向かわない限り、自分の中では何も変わらない。

 クレイシスは被っていた毛布を頭から退け、首元に落とした。

 グランツェが「お?」と驚いた表情を見せる。

「ようやく顔を出したな、カタツムリ」

「誰がカタツムリだ」

 多少苛立つように言い返し、クレイシスは言葉を続ける。

「あんたを道具屋として選んだ理由は単純だ。ミリアーノが道具屋探しの時に唯一・・立ち寄った店──それがあんたの店だったからだ。あの時ポシェットの鳥が彼女に文句を言わなければ、彼女は店の商品に手を出すことはなかったし、その手に取った商品が瓶でなければ鳥を中に入れることもなかった」

「つまり、これは何かの縁や言うことか?」

 縁? そんな言葉で片付けていいのだろうか。

 これは彼女の本能か? それとも、ただの偶然が招いた出会いか?

「それにもしあんたがあの爺さんの孫じゃなかったら、オレはあんたを仲間にすることはなかった」

「どういうことや?」

「恐ろしい爺さんだ。教皇庁神殿の奴等しか知らないオレの情報を知っていたんだからな」

 そう吐き捨てて、クレイシスは虚空から木製の聖杯を出現させた。落下してきた聖杯を手に受けて、クレイシスは手の中のそれを見つめる。

 思い返す、老人の言葉。

(今在る環境を変えたければ正々堂々白羽使いと行動を共にせよ、か)

 聖杯をグランツェに向け、差し出す。

「爺さんからの頼まれ物だ。あんたに渡してくれと、そして『独り立ち記念だ』という言葉も添えてくれってな」

 差し出された聖杯を受け取ってグランツェ。

「これ……間違いない。俺の祖父ちゃんが大事にしていたモンや」

 だが急に「ん?」と顔をしかめて疑問符を浮かべ、

「──って、ちょい待てや。なんでお前が俺んとこの大事な家宝を持っているんや? それに祖父ちゃんから『頼まれた』ってどういうことや?」

「……」

 クレイシスは視線を流す。

 別に話すことをためらったわけではない。事の成り行きを話しても良かったのだがウサギの格好をするはめになった成り行きから話すのは単に面倒臭かったからだ。

 とりあえず黙って、何も考えることなく地面を見つめ続ける。

「……」

「色々事情がありそうやな、魔法使い」

 たしかに色々事情はある。あるのだが……。

 クレイシスは視線を戻す。

 グランツェとしばし目を合わせるが、何も思いつかなかったので話題を逸らすことにした。

「やっぱりオレもテントの中で寝るよ」



 

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