二、奪われた神具【20】
ざわりとどよめき立つ周囲。誰もが皆、作業の手を休め、彼に注目する。さすがは毎年優勝するだけあって、かなりの有名人だったようだ。
クレイシスはミリアーノとグランツェの横を過ぎ去り、巨乳女性のところへと歩いていきながら教鞭を振るかのように言葉を続ける。
「幻影がこの島で戦っても石にならないのは知っているよな? 魔法に魔法をかけても意味を成さないし、所詮は幻影だからだ。
──じゃぁ幻影が人を殴れるのか?
『幻影だから人体をすり抜ける』なんて二次予選で安直なことを言っていた奴がいたが、これは大きな間違いだ。幻影は魔法使いの実力でどうにでもなる。嘘だと思うなら試してやろうか?」
巨乳女性と程よく距離を置いて立ち止まり、クレイシスはその女性の足元へ視線を落とす。
無残に割れて砕け散った瓶。そして状況が読めずに呆然としている梟。
無視して、クレイシスは砕けた瓶の残骸に向けて手をかざした。
すると応えるかのように瓶の破片が淡い緑色の光を放ち、カタカタと微動し始める。
「ミリアーノ」
「は、はい!」
急にクレイシスに名を呼ばれ、ミリアーノは慌てて返事をした。
振り向きもせず、クレイシスは訊ねる。
「この世で一番強い奴って、どんな奴だと思う?」
「え? えっと……」
ミリアーノは顎に手を当て虚空に見つめると、考えを巡らせた。
それと同時に瓶の破片からみるみると何かが生まれ出てくる。それは想像通りの──筋肉隆々で巨人並みの体格をした──いかにも城の門番をしていそうな巨岩歩兵が姿を現した。
「うわ、本当に出てきた」
ミリアーノは生まれ出てきたそれに、驚いて身を引く。
巨岩歩兵が足元に居る小さな巨乳女性を一睨みする。
声も出せずに驚き顔でその場に腰を抜かす巨乳女性。ガラの悪い三人の男も、まるで赤子のように巨乳女性の傍に寄り添い、怯えている。
そんな彼らの様子にクレイシスが冷酷な笑みを浮かべる。そして更なる脅しを加える。
「たしか好きにやってよかったんだったよな?
──あぁ心配するな。人間と同じように殴る寸前で石になることはない。これは頑丈な魔法の塊だ。もっとも最初から石で出来ているしな。
で、本題だが……」
言葉に合わせるかのように巨岩歩兵が体勢を変え、彼らの前で大きく腕を振りかぶる。
「幻影に殴られたことはあるか? 殴られて生きていた奴なんて、まだ見たことないけど」
巨乳女性は涙目で身を震わせ、隣にいた男──旦那と思われるその人──の肩を激しく揺する。
「あ、あ、あんた、この状況をどうにかしておくれよ! 同じ魔法使いなんだろう?」
「無茶言うな! アイツに勝てるくらいなら毎年優勝している!」
「どうすんのさ!」
「逃げるしかねぇだろッ!」
吐き捨てるのと逃げ出すのは同時だった。
「あ、ちょっと! あんた!」
追いかけるように巨乳女性も逃げ出す。
残された二人の男も無言で顔を見合わせ、そして逃げ出していった。
周囲から感嘆と拍手が起こり、サインや握手を求めて野次馬たちがクレイシスに群がっていく。
事なきを得て、ミリアーノは安堵のため息を吐いた。
「良かった。クレイシスが来てくれて」
彼女の隣で一人、混乱に頭を悩ませるグランツェ。
「なんでや? わけわからん。なんであの大魔法使いがこんなところに。しかもなんで俺らに加勢するんや?」
ミリアーノは「え?」と首を傾げて問い返す。
「『なんで』って……彼、ずっと私と一緒に居たんだけど。もしかして気付かなかった?」
「アホ言うな。お前と一緒に居たのはウサギの格好した変わり者やろ」
「そうその変わり者。ずっとウサギの格好をしていたの」
「いや、あり得ん」
それがあり得るんです、これが。
言い返す言葉が喉まで出掛かっていたけども、ミリアーノは止めた。イメージは壊さないでいてあげよう。
「ミリアーノお嬢様ぁー!」
涙を流しながら駆け寄ってくる手乗り梟のフレスヴァ。
「フレスヴァ!」
ミリアーノは座り込んで両手を広げ、駆け寄ってくるフレスヴァを迎え入れた。
ようやく、ミリアーノとフレスヴァは念願の再会を果たす。
「ごめんなさい、フレスヴァ」
「もう二度とわたくしめを瓶の中に入れたりしないでくださいよ?」
「わかったわフレスヴァ。私、もう二度とあなたをポシェットの中以外に入れたりしない」
「ぐぎゃ!」
フレスヴァを無理やりポシェットの中へと押し込んで。
「あのっ」
ふいに聞こえてきた声に、ミリアーノは目を向けた。