二、奪われた神具【18】
「出てお行き! この役立たずのクソガキ!」
声は、とある一軒の酒場からだった。
酒場の入り口には声を発したであろう露出度の高い衣服に身を包んだ巨乳の女性が仁王立ちで佇んでいた。氷河大帝国出身の特有ともいえる長い白髪に狼耳、そして飾りのついた綺麗な白い尻尾を優雅に揺らし、美人なその表情を怒りに歪ませている。
その女性の視線先を辿れば、瓶を大事そうに抱きかかえたまま道端に倒れこんでいる同種族の幼く華奢な少年。酒場からつまみ出されたといった感じか。少年は慌てて身を起こし、衝撃で落ちた眼鏡を掛けなおして泣きそうな様子で必死にその女性の足にすがりついて謝る。
「ご、ごめんなさい! でもこれだけは言っておかないとその方法じゃアミルダさんの身が危険なんです!」
ようやく人ごみを掻き分けてその現場の最前列に来ることができたミリアーノとグランツェ。
グランツェが少年を見てぼそりと漏らす。
「あ。あの子や」
「え?」
ミリアーノは隣にいるグランツェを見上げた後、再びその現場へと視線を戻す。
「知り合いなの?」
グランツェは首を横に振る。
「いや、知り合いやない」
「え?」
「あの子が大事そうに抱いている瓶や。見覚えがあるやろ?」
「瓶? ──あっ!」
それは紛れもなく、忘れもしないフレスヴァを入れた瓶だった。
ミリアーノは今すぐにでも駆け寄りたかったが、そういう雰囲気ではなかったので、ひとまず事の収まりを待つ。
巨乳の女性が足にしがみつく少年を振り払い、道端に激しく転ばせる。
「しがみついてんじゃないよ、鬱陶しい! 何が『一流の知識者を目指したい』だい。勝手にあたい等の船に乗り込んできてここまで付いてきて。全然役に立たないじゃないのさ!」
少年が地面から身を起こして弁解する。
「た、ただ僕は──」
「『ただ』何だい? 古臭い本ばっかり読みふけって、役に立たない道具ばかり勧めてきて。それで一度でも幻影が出てきた試しがあったかい?」
「違います! それは魔法使いの人がやり方を間違っているだけで、僕の指示した通りにきちんとやってくだされば──」
そこまで言って、少年は失言を呪うように自分の口を手で押さえた。
案の定、巨乳の女性の表情が恐ろしく変わっていく。いやに冷静に声を落として、
「なんだい? あたいの旦那の腕にケチつけようってのかい?」
巨乳の女性の後ろ──酒場の中から、体格のがっしりとした筋肉質のガラの悪い男が三人出てくる。しかも背が巨人並みにデカイ。
ガラの悪い男達が放つ威圧に、少年も、そして野次馬で集った周囲も、戦くように後退りする。
パキリパキリと指の関節を鳴らして巨乳女性の合図を待つ。
その男を従えるようにして、巨乳女性は少年を見下し歩み寄る。
「だいたいその瓶はなんだい? そんな小汚い物をどこで拾ってきたんだい?」
少年は視線を伏せて瓶を抱き、答える。
「拾ったんじゃありません。買ったんです」
「買っただって? 今どきそんなくだらない物を売る馬鹿がいるっていうのかい? あんたの言葉に嘘がなけりゃ、その馬鹿な道具屋の面を一度見てみたいもんだね」
「その道具屋ってのは俺や」
周囲にざわめきが起こる。
全ての注目を集めて、ミリアーノは慌てて両手を振って誤魔化した。
「ち、違います。私達なにも言ってないです」
だが、そんなミリアーノを横に押し退けて。
グランツェは一歩、前に進み出る。
「俺がそのガキに瓶を売ってやったんや。文句あっか?」