二、奪われた神具【17】
◆
人ごみの多い街の中で見失ってしまいそうになりながらも、ミリアーノは懸命にグランツェの背中を追いかけた。
「ねぇ、待って!」
小うるさく感じてきたのか、グランツェがようやく足を止めてくれた。
やっと追いついて、ミリアーノは彼の傍で腰を折って膝に手をつくと、息を切らしながら言葉を続けた。
「さっき、から、待ってって、言っているでしょ!」
グランツェが面倒くさそうな顔でこちらへと振り返ってくる。
「何の用や?」
「どこへ行く気?」
「どこへ行こうとお前には関係ないやろ」
そう吐き捨てて、グランツェは再び背を向けて歩き出す。
「もう! だから待ってって言っているでしょ!」
そんな彼の背中にがしりとしがみついて、ミリアーノは全体重をかけて引き止めた。
疲労のため息を吐いて振り返るグランツェ。
「なんで待たなあかんのや?」
「だって、あなたのお祖父さんが──」
「お前には関係ないやろ」
「本当にこのままでいいと思っているの?」
「俺んとこの問題や。お前には関係ない。いいから離せ」
振り解いて歩き出す。
「……」
去っていく彼の背をしばらく見つめていたミリアーノだったが、やがて目を鋭くさせると空になった手をぐっと握り締め、大きく息を吸い込んだ。
叫ぶ。
「関係なくないもん!」
さほど距離のない場所で、グランツェがびくっとして振り返ってくる。
「な、なんや、突然」
ミリアーノはなおも叫び続けた。
「あなたが居なくなったらお祖父さんは絶対寂しがるよ!」
「ってか、こんくらいの距離で喚くなや。もちっと声落とせ」
耳をふさいでグランツェ。
だがミリアーノは声を落とさなかった。
「どんなに意見が食い違っても仲直りだけはしないと、あとで絶対後悔する!」
「お前はそうかもしれんけど、俺は俺。ほっとけや、ほんまに」
「ほっとけないもん! 私だってお父さんと喧嘩して家を飛び出してきちゃって、今すごく後悔しているんだから!」
この島に行くことにすごく反対していた父。現実の荒波を知っているからこそ止めてくれたのはわかっている。それでもミリアーノは、自分を信じて家を飛び出し、相棒とフレスヴァを連れてこの島にやって来たのだった。
ここに来るまでの辛かったことや寂しかったこと、今頃父はどんな想いをしているかなどを考えると、ミリアーノの目に自然と涙が溜まっていった。でもその涙を流したくなくて、必死に我慢しようと下唇を噛み締める。
「……」
グランツェが「はぁ」とため息を吐いて、ミリアーノの傍へと歩み寄ってくる。
そして、くしゃりとミリアーノの頭を撫でた。
「わかったからもう泣くなや。また祖父ちゃんに誤解されるやろ」
無言でこくりとミリアーノは頷いて、目の涙を手の甲でごしごしと拭った。
グランツェは続ける。
「勢いで飛び出した手前、俺にもプライドってもんがある。一人で色々と考えたいことがあるんや。酒の一杯でも飲んだら家に帰る性質やからほっとけや、ほんまに」
「……」
一息の間を置いて、ミリアーノはぼそりと、
「意外と素直だったんだ」
「『意外と』ってどういう意味や」
「しかもすごく純粋」
「やかましいわ、アホ」
軽くポンとミリアーノの頭を叩いた後、グランツェはくるりと背を向けた。
歩き出す。
その背を見つめ、ミリアーノに笑顔が戻る。残る涙を完全に拭って、彼の背を追いかけ、そして無防備な片腕にしがみつく。
いきなりの行為に驚くグランツェ。慣れないことだったのか、顔が茹蛸のように真っ赤になり、必死に振り解こうとする。
「な、なんやお前! 離せや!」
「酒場に行くんでしょ? 私も付き合うよ」
「離せや、こら! どう見てもお前未成年やろ! そのくせ酒場に行くとはどういう教育受けとんのや!」
「私が飲むのはオレンジジュースだよ」
「あるか、ンなもん!」
「じゃ、持ち込みで」
「アホか!」
「まぁそう堅苦しいこと言わないで」
「お前、ほんまどういう教育受けて──」
そんな時だった。
「あたいにそんな口叩いておいて許されるとでも思っているのかい!」
女性の怒鳴り声が聞こえてきた。
割と近くで聞こえてきたように思えたのだが、なにせこの人ごみ。どこから聞こえてきたのか見当もつかない。
ミリアーノとグランツェは一緒になって視線をさまよわせ、声主を探した。
するとある一点に人垣ができ、ざわめきが始まる。
「何かしら?」
「行ってみよか」
興味津々に、ミリアーノとグランツェはその人垣の中心地へと掻き分けながら足を進めていった。