二、奪われた神具【16】
グランツェが去った後、老人はその場にぺたりと力なく座り込んだ。
「ワシかてわかっておったわぃ、そんなこと」
そう寂しそうに呟いて、懐から古びた木製の聖杯を取り出す。懐かしそうに見つめながら、
「昔は皆、こういう物を求めておったんじゃが……。時代の流れというものか、何もかもが変わっていってしまうような気がするのぉ」
ため息を吐いて項垂れる。
すると横からウサギがスッと手を差し伸べる。
「それ、見せてもらっていいですか?」
老人は顔を上げ、
「む? これか?」
「はい」
「若いのに珍しいのぉ。こういうものに興味があるのか?」
「まぁ……そんなところです」
老人は気を良くしたようでニカリと笑う。
「そうかそうか。それならばこんなものよりテントの中に──」
「あ、いえ。オレはあなたがその手にしている聖杯に興味があるんです」
ウサギは老人の手にする聖杯を指し示した。
腰を浮かせていた老人。再び腰を下ろして「仕方が無い」とばかりに聖杯をウサギに差し出す。
「まぁお前さんがそう言うなら見てみなさい。ただのガラクタじゃがのぉ」
差し出された聖杯を受け取って。
ウサギは聖杯をそっと撫でた。デザインや形などこれといった特徴はなく、ただ杯としての役割でしかない古びた器。しかも一部分が欠け、大きく亀裂が走っている。普通なら捨てられているはずの物なのだが──
「あなたはとても良い目をしていますね、御老人」
「そう思うか?」
「はい。これはとても素晴らしい道具です。オレが魔法をかけてやれば、使い手の力できっと最高の幻影が生み出されると思います」
老人が自慢げに鼻を伸ばして腕を組み、何度も頷く。
「そうじゃろう、そうじゃろう。──ん? お主、魔法使いじゃったのか?」
「はい。今はちょっと事情があってこんな格好していますが」
「魔法使いならば今のこの時代は生きにくかろう。幻影を出す為に魔力を奪われ続け、命を落とす者も少なくないと聞く。最近では魔法使いに人権すらも与えない国があると──」
「だからこそ、誰かがそういう国を壊して平和をもたらしてくれれば良いのですが。例えば伝説の女神ミネルヴァの降臨、とか」
「ほぉ。かの白羽神具の使い手シンシア・ラステルクの再来か」
「はい」
ふむ、と老人は口を濁す。
「じゃが、彼女は一年前に死んでおる。それでもお主は奇跡を信じ続けるのか?」
ウサギは小さく笑った。
「信じたいと、そう思える人物に出会いました」
「ふむ。お主はその人物とイベントに出るつもりか?」
「まぁ、そんなところです」
「道具屋は決まっておるのか?」
「いえ、まだです」
「ならばワシの孫を連れて行け。イベントではきっと、お主等の力となるじゃろう」
「それを決めるのは本人と、チームの主力である使い手です」
老人は笑った。
「そうじゃったのぉ。しばらくイベントに参加せんうちにボケてしもうたわい。じゃがのぉ、これだけは言っておく。ワシの孫を仲間にせんかったらお主等はきっと後悔するぞぃ」
「後悔すると思います。こんな素晴らしい道具を取り扱っているのだから」
言って、ウサギは持っていた聖杯へと視線を落とした。言葉を続ける。
「この聖杯、不死鳥の宿り木から造られていますね?」
老人の表情から一瞬にして笑みが消えた。真顔になり、スッと目を細める。
「ほぉ。ワシはまだ一言も不死鳥のことは口にしておらんぞ? なぜわかった?」
「不死鳥の鼓動を感じたんです。……オレを呼んでいます」
「さてはお主、ただの魔法使いではないな?」
ウサギはハッと我に返ると慌てて自分の口を手で塞いだ。
「やはりな」
老人は興味深そうにウサギに迫る。
「何を隠そうその聖杯はお主が言わんとせん『召喚神具』じゃ。それを見分けられる人物はこの世にたった一人。
──ところでお主、名を何と言う?」
「…………」
ウサギは肩を落として重いため息を吐くと、観念して自分の名を口にした。