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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
一章 そこにある何かの縁
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一、そこにある何かの縁【2】


 ポシェットの中でフレスヴァが「ぎゃぁぎゃぁ」と騒ぎ出す。

「何をお考えですか、ミリアーノお嬢様! 神々の島ですぞ! お転婆にも程があります!」

 ミリアーノは白々しく顔を背けて、

「今日も良い天気よねぇ~」

「──って、完全無視でございますか!」

「フレスヴァもこの光景を目に焼きつけて感動してみたら?」

「すでにディープ・インパクトに焼きついていますよ! こんな行為を黙認したら、わたくしめは旦那様に大目玉を食らってしまいます!」

 はぁ、と。ミリアーノは重いため息を吐いて、呆れるように肩をすくめる。

「ほんと堅物ね、フレスヴァって。神々の島を間近で見られる瞬間なんて、もう一生来ないかもしれないのに……」

「来るわけないでしょう! この時点でわたくしめの人生はジ・エンドでございますよ!」

「ねぇねぇ! あれ見てフレスヴァ」

「──って、振っておいて完全無視でございますか!」

 ミリアーノは目前の光景に喜びの声を上げる。

「神々の島に、もうあんなに人が集まってる」

 だんだんと見えてくる島の周囲。

 島の周囲には無数の小さな影がたくさん飛び交っていた。

 数多の帝国からやってきた飛行艇や火竜、大鷲や鳥羽人が島の周囲を往来している。

 あの島では年に一度、神具を使って世界最強を決めるイベントが催される。

 その開催日はもう間近。

 故にこんなにもたくさんの人が集まってくるのだ。

 もちろん、ミリアーノもそのイベントに参加しようと意気込む一人だった。

「いったいどんな人たちがあの島には来るんだろう。楽しみだなぁ」

 呟いて、自分の服を見下ろす。

「あ。もうちょっとお洒落してくれば良かった……」

 ショートパンツに半袖シャツ、薄手のジャケット。火竜の乗り手としては身軽で相応しい服装だが、恋をするにはラフ過ぎて女の子らしくない。

「ま、いっか。べつに恋をすることもないだろうし、それにあの島には観光で行くわけじゃないしね」

 フレスヴァが首を傾げて問い掛けてくる。

「と、言われますと?」

 ミリアーノはぴっと人差し指を立て、笑顔で答えた。

「もちろんイベントに参加するために行くのよ。これから」

「なっ──!」

 声を詰まらせるフレスヴァ。その顔がみるみる一変。途端に、せきを切ったように喚き立ててくる。

「何をお考えですか、ミリアーノお嬢様! イベントに参加するですと? 何を馬鹿なことを申されているのですか! イベントはお戯れで参加するものではありませんぞ!」

 キーンと響く声にミリアーノはうんざりと両耳をふさぐ。

(やっぱり連れてくるんじゃなかった)

 ため息をついて答える。

「わかっているわよ、そんなこと」

 彼が怒るのも無理はない。

 神々の島で催されるイベントはただの祭りではない。

 イベントの伝統は古く、その昔、空を漂うこの島に誰もが神がいると信じていた。そこで各帝国の王様が神の恵みを求めてこの島にお供え物をしたのが始まりなのだと云う。

 金銀宝石、財宝の数々。

 世界中の空を漂い流れるこの島には各帝国の財宝が次々と置かれていった。

 そんな中、一人の王様が、とある国の財宝にケチを付ける。


『この財宝じゃぁ、国が知れるな』

 

 そこから始まった王様たちの意地と見栄の張り合い。果てに『どこの帝国が最高のお供え物か』という滑稽こっけいなバトルが勃発ぼっぱつ

 しだいに有形の物では限界が出てくる。そこで生まれたのが魔法の道具──『神具しんぐ』だった。精霊の力を借りられる異種民族──魔法使いの技量と、道具屋の目利きで選ぶ道具。そして具現化できる使い手と呼ばれる者とが組み合わさることで織り成す、美しき幻影の素晴らしさ。

 それこそが神への最高の贈り物だといえよう。

 以来毎年、神々の島ではイベントが催されるようになり、幻影を競技するという風になったわけだ。

 まぁ、そんなわけで──

「ねぇ聞いてフレスヴァ。私、どうしてもこのイベントに参加してみたいの」

「冗談言わないでください! 神々の島で催されるイベントは各帝国の意地とプライドをかけた──」

「建前は『栄光と名誉をかけた』ね」

「そんな神聖なる試合なんですぞ! 祖国を巻き込む戦争に発展したら、どう責任を負われるつもりなんですか!」

「だから、戦争にならないように気をつけるわ」

「ミリアーノお嬢様!」

「あーはいはい。わかっていますよーだ」

 んべっと舌を出して、ミリアーノはぷいっとそっぽを向く。

 するとフレスヴァが急に泣きすがって懇願してくる。

「ほんと。お願いですから、本気でイベントに参加するのだけはやめてください。わたくしめは平穏で安全な執事生活をエンジョイしたいのでございます」

「人生って、やっぱり山あり谷ありでしょ」

「平坦が好きなんですッ! わたくしめは!」

 ミリアーノはフレスヴァへ顔を向けると、ふっとその顔を緩めた。にこりと微笑んで、

「大丈夫だって。参加するのはこれが最初で最後。それならオッケーでしょ?」

 顔を渋めるフレスヴァ。

「し、しかし……」

 優柔不断そうに言葉を濁し、顔を伏せて返答に戸惑う。

 ミリアーノは最後の押し手とばかりに、懐から白い羽ペンを取り出した。フレスヴァの目前で振ってみせる。

 フレスヴァが驚く。

「そ、その神具は!」

「そうだよ。お母さんの形見、持ってきちゃった。えへへ」

「『持ってきちゃった』じゃございません! それは奥様の大事な──」

「わかってる。でもね、聞いてフレスヴァ。私、十六歳の誕生日の夜に、お母さんの夢を見たの。

 すごく不思議な夢。

 見知らぬ森を歩いていたら、お母さんが迎えに来てくれて、そして私の手を引いてこう言ったの。

 ──『一緒に神々の島に行ってみない?』って。

 もしかしたらあの島に行けば、死んだお母さんに会えるような気がして……」

 ふと母の面影を思い出し、心の奥底にずっと押し込めていた感情が込み上げ、目のふちにじわりと涙が浮かんだ。ぎゅっと目を閉じ、激しく首を横に振って涙を払う。

 そして目を開いて肩を竦め、何事もなかったかのようにニコリと笑うと、ちろりと悪戯っぽく舌を出した。

「──なんてね。会えないってことぐらい、ちゃんとわかっているよ。でもね、フレスヴァ。お母さんが夢でそう言ってくれたのは、きっとそこに何かの縁があるからなんだよ。

 ううん、何も無くったっていい。あの島に行けば、自分の中で何かが変われる気がするの」

「ミリアーノお嬢様……」

 同情を見せるフレスヴァを直視することができず、ミリアーノは前方に浮かぶ神々の島へと目をやった。

「独り立ち記念っていうのかな。いつまでも家でめそめそ泣いている女の子にはなりたくないの。私もお母さんみたいにこの神具でイベントに参加してみたい」

 母は生前、自分の過去を何一つ語ってはくれなかった。父も、結婚後の母のことは語ってくれても昔の母のことは一切語ってはくれなかった。

 だから知りたい。

 昔の母のことを。

 この神具を使ってイベントに参加していた、あの頃の母のことを。



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