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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
二章 奪われた神具
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二、奪われた神具【15】


 ◆


 道具屋が連なる道沿いから一本裏手の道は、多くのテント住居が張り巡らされていた。

 安全平和なこの島でも夜は何が起こるかわからないからなのだろう。

 島の精霊からの借り物の土地でありながらも、人々は地上と変わらない生活を送っている。

 洗濯物が干されていたり晩御飯の準備をしたりと、まるで本当の街の暮らしぶりを見ているかのようだ。

 その中の一つに、さきほどの老人と道具屋の青年の住居はあった。

 意外に小さく狭い二人用のテント。その入り口付近で。

「なんじゃ。そういうことじゃったのか」

 石を置いて造った堀に鍋を置き、それを取り囲むように四人で座って。

 老人はミリアーノから事の経緯を聞いて愉快に笑い、そう言った。

「ワシはてっきり三角関係のもつれかと想像を膨らませて、つい」

「『つい』で孫を蹴り倒すなや、祖父ちゃん」

 青年──グランツェが、さきほど蹴られた顔を手で覆ったまま呟く。

 本当になんか見ていて痛そうに思えるのだが、当人がこんなにも冷静でいるのは慣れているせいだからだろうか。

 ぐつぐつと。

 鍋からおいしそうな匂いが食欲をそそってくる。

 ここでの火の使用は大丈夫なのらしい。おそらくこの土地を支配している精霊が森の精霊と違って火を敵視していないからなのだろう。誰が調べたのかは知らないが、常識のようにここでは普通に使われている。

 ミリアーノはグランツェに向かって申し訳なく謝った。

「本当にごめんなさい。私、あなたのお祖父さんがそんな想像していたなんて全然知らなくて──」

「普通そうやろな。だから気にすんなや」

 とだけ告げて鍋の中をかき混ぜる。

 言葉では許してくれたものの。声には怒りがこもっていた。表情もなんだか不機嫌そうだ。

 もう一度謝ろうとミリアーノは口を開きかけたが、隣から無言でウサギが腕を掴んできて「これ以上言わない方がいい」とばかりに首を横に振る。

 そうだよね。とミリアーノは元気なく俯いて口を閉じる。そして、明るい話題に変えようと老人に向き直る。

「ねぇ、お爺さん。私のふくろうが戻ってくるって本当?」

 老人はニカッと歯を見せて笑った。

「あぁ。もちろんじゃとも」

 それを聞いて、ミリアーノは胸に手を当てホッと安堵の息をつく。

「良かった」

 老人が一件落着に満足し、腕組みして何度も頷く。

「うむうむ。鳥は飛んで帰ってくるもの。昔から飼い鳥とはそういう習性をもっておる。ワシが飼っていた鳥も──」

「でもね、お爺さん。鳥は鳥でも私の梟は体が重くて飛べないの」

 ウサギが横から口を挟む。

「つまり珍種の豚だ」

 老人が驚く。

「なに、珍種の豚じゃと? 他所の国では豚のことを梟と呼ぶのか?」

 ミリアーノは全力で首を横に振る。

「ううん、鳥よ。どこの国でも梟は梟だから誤解しないで。本当に鳥なの。でも鳥なんだけど私の梟は体が重くて飛べないの」

 老人は考え込むように腕を組んで唸った。

「うーむ、そうじゃったのか……。それならば皆で手分けして探すしかないのぉ」

 そう呟いて、流すように老人はグランツェへと目を向ける。

「ならばグランツェ。お前もこの子達と一緒に、その鳥を探してきてやるんじゃ」

「はぁ!?」

 グランツェが明らかに拒絶する態度で顔を歪める。

「なんで俺がコイツ等と一緒に探さな──」

「元はと言えばお前がその瓶を他人に売るから悪いんじゃ。責任とって探して来い」

「祖父ちゃん!」

 グランツェが拳を握り締めて立ち上がる。

「俺かて商売したんや! 売れただけでも感謝してしてほしいもんや!」

 老人も負けじと杖を手に立ち上がる。足腰をヨロヨロと震わせながら、

「感謝じゃと? 道具の良し悪しもわからんヒヨッコのくせに何が商売じゃ!」

 ミリアーノは仲裁しようと慌てて立ち上がった。

「えっと、あの」

 だが言葉にならない。

 再び隣からウサギが腕を掴んでミリアーノを制止する。

「やらせとけ、ミリアーノ」

「でも……」

「不満があるなら言い合った方がいい。それがお互いの為だ」

 グランツェが感情任せに老人に怒りをぶつける。

「祖父ちゃんの売る道具なんて全部古びたダセェ骨董品やないか! 今どきはダガーとか槍とか剣とか、そういうモンが売れるんや!」

「この大たわけ者がぁ!」

 老人は喚いて杖を投げ捨てた。

 その杖の行方をミリアーノとウサギは目で追う。

「必要なのか? あの杖は」

「わかんない」

 お手上げして首を横に振るミリアーノ。

 それをよそに老人はしっかりとした足腰で胸を張り、グランツェをびしっと指さす。

「道具の心もわからんヒヨッコが粋がりおって! 何が今どきはタイガーじゃ! 何が山羊じゃ! 何が梟じゃ!」

「お爺さん、『梟』は私が言ったんだけど……」

「待てミリアーノ。それ以前に突っ込むべきところはたくさんあったはずだろう?」

 ウサギに止められ、「そうだよね」とミリアーノは口を噤む。

 老人の愛のこもった説教は続く。

「お前に『道具心』というものがわからん限り、ワシはお前を一人前の道具屋とは認めん!」

「時代はもう変わったんや! いつまでもそんな古びた精神にこだわっとったら道具屋として成り立っていけんのや!」

「出て行け! お前のような孫はもうワシの孫でもなんでもない! 出て行って好きなようにやるがよい!」

 老人の売り言葉を買うように、グランツェは言い返した。

「分かったよ! 出て行ったるわ、こんなとこ!」

 早々とその場を立ち去る。

「待って!」

 ミリアーノはグランツェを追いかけようとして──。だがお爺さんのことが心配になり、振り返る。

 その視界に入るウサギ。

 ウサギは落ち着き座ったまま、こちらをじっと見ている。

 彼ならばこの場を任せられる。

 ミリアーノはウサギに頼んだ。

「あなたはお爺さんをお願い」

「あとは任せろ。早く行って来い」

 ウサギは面倒くさそうにシッシとミリアーノを手で払った。




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