二、奪われた神具【14】
遅れて駆けつけてきたウサギの着ぐるみが息を切らしながら少女に訊ねる。
「どうだった?」
「売られちゃったんだって……」
「売られた? 誰に?」
「わかんない……」
そう呟いて、少女は顔に手を当てて泣き始める。
「私、もう二度とフレスヴァに会えないかもしれない」
おろおろと対応に慌てだすウサギ。
「いや、そのなんだ。泣くなよ、探せば見つかる。オレも一緒に探してやるから」
だが少女は話を聞いていないようで、
「ごめんなさいフレスヴァ! 私がこんなことしたからいけないんだわ! こんなことをしたから!」
ひたすら何かに謝り泣き続けている。
その様子をただただ呆然と見ることだけしかできないグランツェ。首を傾げる。
「な、なんや? いったい」
すると、少女の泣き声で気になったのか、店の前にぞくぞくと人が集まり始めた。
出来上がる人垣。指を向けたり、ひそひそと耳打ちしたりと、なんとも異様な空気だ。
その中にいたワニ族の子供が、母親の服を引きながら指を向けて不思議そうに母親に訊ねる。
「ねぇ、見てママ。お姉ちゃんがお店の前で泣いているよ」
「見るんじゃありません。きっと呪いの道具でもあったんでしょう」
それが始まりとばかりに別の方向からも話し声が聞こえてくる。
「ねぇ、なんかここであったの?」
「この道具屋に来た女の子が急に泣き出したのさ」
「でも普通泣くか?」
「泣くほど怖いものを売っていたとか……」
「呪われた品物とか扱ってそうだしな」
「そういや、なんか俺、噂で聞いたことある。この店で物を買った客が次々と謎の奇病に冒されたとか」
ひそひそと囁きあう声に、グランツェの頬は引きつっていった。黙って拳を握り締める。
「え、営業妨害や、コイツ等……」
「なぁお前!」
ウサギの着ぐるみがいきなり店の台を叩いて勢いよく迫ってくる。ぐんと近づいてくるウサギの円らな瞳に、グランツェは思わず身を仰け反らせた。
「な、なんや?」
「早く誰に売ったか教えてくれないか? オレ、こんな場所にいつまでも長居するわけにはいかないんだ」
「更に誤解を広めるようなこと言うなや」
「こんなに目立ったらオレの身が危険なんだよ。いいから早く教えろ」
「ってか誰や、お前。さっきから偉そうに」
「今は通りすがりの知らない人ということで気にしないでくれ。色々と事情を抱えていて早急にココを立ち去りたいんだ。いいからさっさと教えろ」
グランツェのこめかみに怒りが走る。客相手に感情のまま睨みつけ、ドスの聞いた声で、
「その前にお前の連れをどうにかしたらどうや? このままじゃ商売あがったりや」
「オレだって昨日会ったばかりの連れだから、どう扱っていいのかわからないんだ」
「グランツェ!」
威勢の良い老人の怒鳴り声が、周囲の時間を一瞬にして止めた。
人々が道を開けてその人物に注目する。
そこに佇んでいたのは一人のシワがれた老人だった。まるで雨に濡れた子猫のように小刻みに震える貧弱な体。小枝のように痩せ衰えた肢体に、ちょっぴり寂しい白髪頭。さきほど叫んだ時に落としたのであろう足元には入れ歯があり、口元は巾着袋の入り口を彷彿とさせるように萎んでいた。
ひとときの沈黙を置いた後。
やがて老人は、足元に落としていた入れ歯を拾い上げると、それを何事なく口に入れた。
周囲が苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる中、
「祖父ちゃん……」
グランツェは祖父の体を気遣い、心配に呟いた。商売熱心な祖父のことだ。きっとこの騒ぎを聞いて来らざるをえなかったのだろう。
グランツェは介助しようと一歩踏み出す。
──その時だった!
急に老人の目が獲物を見つけた鷹のように鋭く変わる。杖を投げ出し、裾を捲りあげて片足を後方へと引く。
(って、いきなり何を始める気や祖父ちゃん!)
老人は瞬時に駆け出すと、少女の前を踏み切りにしてトップアスリートをも驚くジャンプを見せた。
周囲から驚きの声が上がる。
構えた老人の右足が陽光に煌き、標的位置にいたウサギの頭部めがけてその右足を放ってくる。
振り向きもせず、ウサギが身の危険を感じてサッとその場に座り込む。
「なっ──!」
避けやがった、コイツ!
しまったと思った時にはすでに遅く、ウサギの真ん前に居たグランツェは老人の放った強烈な飛び蹴りを顔面で受けることとなった。
「このスペシャル大たわけ者がぁぁぁっ!」
老人の蹴りを受けて、グランツェは後方へと吹っ飛び、区画として仕切られていた壁に激突。
……そこで意識は途切れた。