二、奪われた神具【13】
店に訪れたのは変声期のまだきていない少年だった。
白髪に白狼耳、そしてふさふさの白い尻尾。北大陸に生息する獣民族の子供だった。
グランツェはため息をつく。
(なんや。氷河大帝国のガキやないか)
見た目十二歳そこそこか。ずり落ちそうな大きな眼鏡──おそらくサイズが合っていないのだろう──の位置を何度も手で正しながら、その少年は懸命に背伸びをしていた。
少年は恐る恐るといった口調で訊ねてくる。
「あ、あの、その……」
「なんや。早よ言えや」
「あ、あの……か、買いたいんです」
「何を?」
「こ、この、しゃべる瓶を買いたいんです……」
「しゃべる瓶やと?」
グランツェは嫌々ながらも陳列台に手を伸ばし、そこに並べていた『しゃべる瓶』を手に取った。
「この瓶が欲しいんか? 坊主」
と、見せる。
しかし少年はなぜか急に行動が落ち着かなくなり、おろおろもじもじと気恥ずかしそうに顔を俯けて髪を何度も手でとき始める。
「あ、あの、僕のこの髪型は坊主ではなくフレッシュア・カットといいまして──」
「無茶苦茶腹立つガキやな。坊主ってのは愛想や。お前の髪型なんてどうでもええねん」
「す、すす、すみません! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
謝ると同時に何度も陳列台に頭を打ちつける。
その度に台の上の売り物が今にも割れそうな音を立てて弾んだ。
「もうわかったからやめろ。これ以上やると大事な売り物が壊れる」
「え、あっ、す、すす、すみません! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
さらに激しい音を立てて弾みだす売り物。いくつかの売り物が割れたのを目で確認した後、グランツェは重いため息を吐いた。別の売り物を手に取って見せる。
「これじゃダメか?」
少年がピタと動きを止め、グランツェの見せる売り物をじっと見つめる。
そして静かに首を横に振った。
「それではなく、僕はその『しゃべる瓶』が買いたいんです」
と、さきほどの瓶に指を向ける。
「そんなにこれがええんか?」
「はい。僕はそれが欲しいんです」
「変なガキやなぁ。しゃべる瓶が気味悪いとか思わんのか?」
すると少年は急に気分を沈ませ、自分の尻尾をぎゅっと抱きしめて心境を語り始めた。
「いえ、あの実は……僕には友達がいないんです。だから話し相手がどうしても欲しくて……その……」
陰気くさくブツブツと、語尾は何を言っているのか聞き取れない。
グランツェはあまりの苛立ちに頭をかき乱して、お人よしに小言を一つ。
「あのなぁ坊主。友達っていうのは自分で探してなんぼのもんや。自分から友達探しに行かんと、いつまで経っても一人やで?」
「い、いいんです。僕、みんなに嫌われていますから……」
「あーもうええ。わかった」
グランツェは少年の前に瓶をドンと置いた。
「売ってやるから金出せ。三百や」
途端に少年の表情がぱぁっと輝く。
「ほ、本当ですか!」
「売らんと何の為に商売しているのかわからんやろ?」
「ありがとうございます!」
少年は袋財布からルビーを三個取り出すと、台の上に置いた。
それを受け取り、グランツェは瓶を少年に手渡す。
「毎度。また来いよ」
「はい!」
少年は礼を言って瓶を胸に抱き、嬉しそうにスキップしながら雑踏の中へと消えていった。
はぁ。と疲れた息を吐いてグランツェ。台に頬杖をつく。
「変なガキ……。なんであんなモンに興味持つかなぁ?」
「ねぇ!」
「うをっ、びっくりした!」
店に駆け込むや否や発してきた少女の声に、グランツェは驚いて台から飛び起きた。
「なんや、いきなり……」
「ねぇ、ここにあった瓶は?」
客としては珍しい、異国の可愛らしい金髪の少女だった。姿形の特徴からして、恐らく東か西の人間種族の濃い地方の出身だと思われる。
グランツェはやる気なさげに売り物を片付けながら答える。
「瓶ってなんのことや?」
「ここよ! ここにあった瓶よ!」
台を激しく叩いて、さきほど瓶があった場所の空間を示してくる。
はいはい。とグランツェ。
「その瓶がどうしたんや?」
「私、その瓶の中に大事な梟を入れたまま忘れていたの!」
ずるり、と。グランツェは肩を滑らせた。どうやらさきほどの『しゃべる瓶』は幽霊の仕業でもアイツ等のイタズラでもなかったというわけだ。
少女が勢いよく台の上に身を乗り出して問い詰めてくる。
「ねぇお願い! ここにあった瓶はどこにあるの? なんなら瓶ごと買うわ!」
面倒くさいことになったもんだ。
グランツェは眉間にシワを寄せると小難しい顔で唸り考え込んだ。なんとなく腕も組む。そして申し訳なく本当のことを告げた。
「……悪ぃ。その瓶やったら、さっき売れたんや」
「え!」
ショックを受けた顔で、少女は力なくその場に崩れ折れた。