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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
二章 奪われた神具
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二、奪われた神具【12】


 ◆


 とある道具屋で。

 所用で少し店を空けていたその店の主──小麦色に焼けた肌、短い朱髪をツンツンに逆立てた青年──は、番台へと戻ってきた。

 陳列台に変わりなく並ぶ見飽きた売り物。それを退屈そうに眺めてため息を落とす。

「店主の居ない間に売り物が盗られんとか、あり得んやろ」

 一つも欠けることなくきれいに並んだ売り物イコール客が来ていない証拠だ。

「あ。これちょっと位置ずれてんな」

 少し横に移動している小さな瓶を元の位置に戻す。

 誰か来て触って、そのまま置いたか。

「ここは神々の島やし、盗る方があり得んか」


 ふと、さきほど位置を修正した小さな瓶が、ひとりでにカタンと動く。そして声。


「あの、すみませんがそこの人」


「ん?」

 青年は目を向ける。

 小さな瓶の中から、何やら微かに声が漏れ聞こえてきているようだ。

「そこの人、わたくしめの声が聞こえておりますかー?」

「なんやっ! 売り物が急にしゃべるようになっとる!」

 青年は反射的に席を立ち、怯えるように身を引いた。

 なんとなく防御の構えを取る。


 ……。


 なぜか急に静かになった。

 青年は防御の構えを崩し、その小さな瓶と距離を置きながらも興味津々に眺める。

「すげー気味悪。誰かのイタズラか?」

 虫といって投げられたモノが草だった。そんな幼稚なイタズラを思い出す。

「──ったく、アホくさ。誰や、こんなタチの悪いイタズラ仕組んだのは」

 青年は気だるく陳列台に身を乗り出すと、さきほどの小さな瓶を小馬鹿にするように指で弾いた。

 カタカタと揺れる小さな瓶。

 それを合図にするかのように、再び声が聞こえてくる。

「ミリアーノお嬢様! そこにいらっしゃるんでしょう!」

「だぁッ! なんやこれ!」

 青年は怯えるようにその場から飛び退いた。

 悪寒に総毛立つ鳥肌に両腕をさすり、声を震わせる。

「幽霊の仕業とかあり得んやろ、昼間やし。あーでもここは神々の島やし、死んだら神様んとこ逝く言うし。幽霊か? やっぱ幽霊の仕業か?」

 するとタイミング合わせるように肩を叩かれる。

「よぉグランツェ」

「うわっ!」

 飛び上がって驚く店主の青年──グランツェ。

 肩を叩いた友人──耳長民族の青年も飛び退いて驚く。

「な、なんだよ、肩叩いて声掛けただけじゃねぇか。そんなに驚くなよ」

「いきなり声掛けんなや!」

「何をそんなに驚いてんだ?」

「ってかコレ、お前らの仕業やろ! 俺を驚かして何が楽しいんや!」

「は?」

 耳長民族の青年は間抜けな顔で問い返す。

 そんな時、店の客から声が掛かる。

「雰囲気の悪い店だなぁオイ。喧嘩でも始める気か?」

 視線を向ければ、洒落た服を着た二人の友人──鳥人民族とドワーフ族の青年──が、客として遊びに来ていた。まぁ客というより、

「相変わらずこの店には客が居ないのか? グランツェ」

「なんなら俺らがサクラになってやろうか?」

 半眼で、グランツェは鬱陶しく手で払って追い出す。

「何の用や。冷やかしなら帰れ」

 その様子に三人の友人──肩を叩いてきた耳長民族の青年と客として来た二人の友人──は、互いに顔を見合わせて笑う。

「寂しい奴だなぁ」

「せっかく遊びに来てやったのによぉ」

「売れない腹いせに八つ当たりか?」

「うるせぇ、帰れ。商売の邪魔や」

 グランツェはさきほどよりも強く、手を払って彼らを追い出す。

 ドワーフ族の青年が店の商品を手に取って眺める。

「売れるのか? こんなの」

 グランツェはすぐさまその売り物を奪い取って、

「ほっとけや、ほんまに」

 元の位置に戻す。

「ったく。お前らやろ? 大事な売り物にイタズラしたんは」

 鳥人民族の青年が首を傾げて問い返す。

「は? イタズラって何のことだよ」

「とぼけんなや。瓶がしゃべるように細工したやろ」

 ブッ、と。思わぬ言葉に三人の友人は同時に噴き出し、笑い堪えた。

 拳を固めてグランツェ。

「お前ら、今すげぇ俺のこと馬鹿にしてんやろ」

 笑いで引きつる顔をどうにか抑えながら、耳長民族の青年が答える。

「いや、だってお前……」

 同じく腹に手を当てて笑い耐えながらドワーフ族の青年と鳥人民族の青年。

「平和ボケなこの島で、ついに頭がイカレたか?」

「商売繁盛しなくて悩んでいたのは知っていたが、お前とうとう……くくっ」

「待てやお前ら。しかも『ついに』とか『とうとう』ってどういう意味や?」

 訊ねるグランツェに耐え切れなくなった三人の友人は、とうとう盛大に笑い始めた。

 ひぃひぃ笑いながら、

「あー笑い過ぎて腹痛ぇー」

「面白ぇ奴だよなグランツェ」

「しゃべる瓶だって、しゃべる……だははは!」

 グランツェは呆れるようにため息を吐いて、三人をそれぞれ面倒くさそうに手で払う。

「笑い過ぎや、お前ら。もういいから帰れ。商売の邪魔や」

「あー悪ぃ。もう笑わねぇってグランツェ」

「機嫌なおせよ」

「しゃべるだって……しゃべる、だははは!」

 一人笑う耳長民族の青年を、二人の友人とグランツェが同時に睨む。

 三方向からの鋭い視線を向けられ、耳長民族の青年が畏縮いしゅくするように笑いを消して謝る。

「ごめん……」

 ドワーフ民族の青年が咳払いして取り直し、改めてグランツェに真面目に話しかける。

「お前が古風重んじる家系に生まれたのはわかるが……その、なんだ? なんというか、道具屋なんだからもっとこう派手にやらねぇか? コイツんとこなんか剣と槍を扱いだしたんだぜ?」

 鳥人民族の青年が胸を張る。

「すげぇだろ?」

「ふーん」

 さも興味なく適当に相槌打って、グランツェは台の下から古布を取り出すと売り物を磨き始めた。

 耳長民族の青年が売り物の一つである古びたわんを手に取って、顔を歪める。

「こんなダセェ道具なんて売って何がしたいんだ? もっとこう俺たちと一緒に派手にやらねぇか?」

 顔も合わせずグランツェは答える。

「ンなことは俺の祖父ちゃんに言ってくれや」

 陳列台に身を乗り出して鳥人民族の青年。


「お前なぁ。俺らがこんなに誘ってんのにいつまで意地張る気だよ? そんな似合いもしない田舎者の格好してガラクタなんか売って何が面白いんだ? もっと輝けよ。お前の人生だろう? 古いこだわりに意地張ってないで、俺たちみたいにデザインにこだわったカッコイイ服とか着てさ、若者相手に剣とかダガーとか売って儲けろよ。じゃねぇとお前の店、本当に潰れちまうぜ?」


「そうだよグランツェ。俺らと一緒に店やろうぜ? な?」


「毎年優勝している道具屋なんて見ろよ。すげぇモン扱ってんだぜ? 俺らもそういうのを見習ってさ、色んな武器を取り揃えてみるってのはどうだ? お前もそういうのに憧れているって言ったじゃねぇか、グランツェ」


「そうだよ。そしてゆくゆくはチームに入れてもらって強そうな魔法使いとタッグ組んでさ、道具屋の聖地であるこの島のイベントに参加して、使い手が俺らの道具でカッコイイ幻影を生み出して優勝するんだ。考えただけでも最高だろ? な?」


 グランツェはうんざりとばかりに肩を落として重いため息を吐く。磨く手を休めず、言葉を返す。


「俺かて色々と家の事情があるんや。人生がくすもうと店が傾こうと俺の知ったことやない。道具が売れればそれでいいんや。お前らこそ、いつまでも俺に構っている場合やないやろ? 早くチームに入れてもらわんと、それこそ俺と共倒れや」


 耳長民族の青年がグランツェの肩をぽんぽんと叩く。去り際に、 

「あーぁ。お前、道具屋としてイイ腕してんのにもったいないよな」

 ドワーフ民族の青年もお手上げしながら去り際に、

「気が変わったらいつでも声かけろよ」

「とりあえずコレ一本だけでも試しに売ってみろ」

 と、鳥人民族の青年が陳列台の上に一本のダガーを置いていく。

 慌てて顔を上げるグランツェ。

「あ。お前勝手にこんなモン──!」

「売れれば問題ないだろ? じゃぁな」

「ちょ、待てや! 売れなかったらどうするんや!」

 さぁな。とばかりに肩をすくめて、素知らぬ顔で鳥人民族の青年も去っていく。

「おい!」

 再度グランツェが声を掛けたが、三人の友人はこちらを振り向きもせずに人ごみの中へと消えていった。


「はぁ……」

 ため息を吐いて。グランツェは気が抜けたように項垂れ、陳列台へと視線を落とす。

「ったく。俺にどうしてほしいんや? アイツ等は」

 愚痴りながらも自然と、グランツェの目は友人が置いていったダガーへと流れていく。

 流行のものというだけあって、やはり一番輝いて見える。

 つい見入ってしまい、思わず手がダガーへと伸びていく。

 恐る恐るといった感じにそれを手に取り、見つめる。

 黒の柄に竜の彫りこみが入った、今人気のデザインだった。

「こんなんどこで仕入れてくるんや? アイツ」

 観察ついでに色んな角度から眺め回す。

 鋭い両刃に白い煌きが走る。

(この刃……あの有名流派の鍛冶師の癖が出とる。なんでこんなモンを造って──)


 そんな時だった。


「あのっ!」

 ふいに掛けられた幼い少年の声に、グランツェは我に返って顔を上げた。

 



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