二、奪われた神具【11】
「お前がオレのことを『弱そう』と言うから、ほんとそうだよなと思ったんだ」
ウサギは片手を顔前へと持っていくと、無言でしばらくそれを見つめる。
やがて何かを思い噛み締めるようにきつく握り締めていくと、止めていた言葉を続けた。
「戦うだけの力は持っているのに、それをせずに逃げ回っている。それって結局負け犬と一緒なんだよな」
「戦うって、誰と?」
問いかけてみたが、それに対する答えは返らなかった。代わりに、
「なぁ、白羽使い。聖樹の森帝国って聞いたことあるか?」
聖樹の森帝国……?
ミリアーノは聞き覚えないの言葉に首を傾げた後、静かに首を横に振った。
「聞いたことないわ」
「だよな。オレの故郷、本当はそういう名前なんだ」
「え? でもあなた、ファルコム大帝国だって」
「五年ほど前にファルコム大帝国の攻撃を受けて消滅したんだ。その後、土地を占領されて仕方なくそう名乗っているだけだ。噂じゃ誰かがイベントで失敗したんじゃないかって云われている」
ミリアーノは身を乗り出して迫った。
「本当なの? それ」
「別に珍しい話じゃない。この島は世界中の人間が集まる場所だ。関わらずに済んだことに関わるはめになるなんてことはよくあること。そんな覚悟もなくこの島に来たなんてどうかしている」
「そう……」
俯いて、ミリアーノは膝を折りたたみ身を丸めた。今頃になって、あの口うるさかったフレスヴァの言葉が身にしみる。
(私、本当にこの島に来てよかったのかなぁ)
母のことだ。きっとそれが何かの縁だというに決まっている。
「なぁ、白羽使い」
呼ばれ、ミリアーノはウサギへと視線を向けた。
相変わらず背中向けたままのウサギ。その状態で質問を続けてくる。
「お前はイベントに参加すること、怖くないのか?」
ミリアーノは膝に顔を埋めたまま答える。
「……わかんない」
「頼みがある。イベントに参加して、オレ達のチームを潰してくれないか?」
「え?」
「お前にはリズに勝てる力がある」
リズさんに勝てる……? 私が?
彼の言葉が信じられずに、ミリアーノは呆けた顔で頭を横に傾けた。
ウサギが静かに上半身を起こす。そして気持ちを切り替えるように自嘲し、肩を竦めてみせる。
「なぁーんてな。なんでオレ、お前にこんなこと話したんだろう? お前に話したら何かが変わるとでも思ったのかな?」
「ねぇクレイシス」
「ん?」
ミリアーノは真剣に、言葉を切り出した。
「私の仲間になってよ。そうすれば、きっと何かが変わる気がする」
「変わる?」
「本当は嫌なんでしょう? 故郷を攻撃した帝国の名を背負って参加すること」
ウサギが鼻で笑う。
「オレにファルコム大帝国を裏切れって言うのか?」
「だって嫌なんでしょう? ファルコム大帝国の名前で参加するのは」
「まぁな」
「じゃぁ私の仲間になってよ。イベントで勝って神具を奉納して、そしてお願いごとをするの。『もう戦争をするのはやめよう』って。そしたら戦争なんてこの世からなくなる。ファルコム大帝国に逆らっても大丈夫になる。みんな自由になれて誰にも怯えることなく平和に暮らせる。ね? そうしない?」
……。
冷めた口調でウサギ。
「平和な頭してんだな、白羽使い。毎日悩みなんてないだろう?」
「だからあるって言っているでしょ!」
「勝てる自信はあるのか?」
……。
ミリアーノは言葉を少しためらったが、やがて真剣な顔をして胸を張り、ハッキリと答えを返す。
「あるよ」
「それはオレの言葉を鵜呑みにしての自信じゃないよな?」
「リズさんだってあなたが欠けるんだから何かが変わるはずでしょ?」
「オレが欠けたらチームの力が変わるとでも思っているのか?」
「それじゃあなたはチームに居ても居なくてもいい存在だった。違う?」
「面白いこと言う奴だな、白羽使い。オレの魔法使いとしての実力を馬鹿にしているのか?」
「だったら最初から誘わない。そうでしょ?」
言って、ミリアーノはウサギへと右手を差し出した。
ウサギはその手をしばし考え込むように見つめた後──。
差し出したその手を掴んで握手を交わした。
「いいだろう。乗った。ただし、その言葉には責任を持てよ。もしお前が負けるようなことがあれば、お前もオレも共に地獄行きだ」
「わかったわ」
ミリアーノは握手を解いて勢いよくその場を立ち上がる。
「そうと決まれば善は急げよね。残る仲間はあと……魔法使い、使い手、えっと」
指折り数えていく。
「道具屋、知識者──二人だ。大丈夫か? 白羽使い」
「そう二人。道具屋と知識者ね。なんだかやる気がみなぎってきたわ」
やる気を出すミリアーノをよそに、ウサギがテンションを落として頭を抱える。
「オレは急に不安がみなぎってきた」
「休憩は終わり。さっそく探しに行きましょ。フレスヴァも居るから大丈夫よ。──ね? そうでしょ、フレスヴァ」
ぱふ。
ポシェットに手を当ててはじめて気付く、空気の抜ける音。異様なポシェットの軽さ。
(あれ……?)
忘れている? いや、そんなはずはない。
そんな自分を認めたくなくて、でも現実は居ないわけで。
目を点にして何度もポシェットを叩いてみるミリアーノ。
だが何か入っている感触はないし、聞こえてくるのも抜ける音だけ。
そういや変に静かだと思っていたのよね。さっきから。
ミリアーノの異常な行動が気になったのか、ウサギが首を傾げて訊ねてくる。
「何しているんだ?」
呆け顔でミリアーノ。いつからこんなに軽かったかを虚空を見つめて脳裏で探る。
探りながら、心あらずの声で答える。
「……居ないの」
「何が?」
「フレスヴァ」
「なんだそれ」
「私の鳥」
「あーあれか。そういやお前、たしかどこかの道具屋で小さな瓶に中に入れて遊んでなかったか?」
……。
みるみる蘇ってくる記憶。
ミリアーノはハッと思い出して叫んだ。
「あー! あの時蓋を閉めたまま忘れてきちゃった!」
「おーい……」