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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
二章 奪われた神具
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二、奪われた神具【5】


 橋を越え、ミリアーノは街への第一歩を踏み込む。そして、

「これが国際交易都市……」

 島を覆っていた流れ雲が晴れて、不思議な空中都市が姿を現す。

 街の外れまで真っ直ぐに抜けた一本の大通りの道。その道には二頭立ての馬車が行き交い、その脇道を通行人がごった返していた。その道の果てに目をやれば、遠く向こうに聳え立つ大きな山脈が見える。

「あの山脈の向こうにイベント会場があるのよね。──ってことは、この道が会場までのメイン・ストリートになるわけね」

 覚えておこう。ミリアーノはふむふむと一人頷いた。

 世界中のありとあらゆる異文化が集う国際交易都市。規制も比較的緩く、その国でしか買えないような貴重な品々を扱う行商人の屋台がたくさん並んでいる。

 ミリアーノはある店で視線を止め、興奮に目を輝かせた。

「わぁ」

 急いでその店に駆け寄る。

 その店は珍しい異国の服を取り扱っていた。

「かわいい~」

 ミリアーノは飾られていた服を手に取って見つめる。

 羽織り型の膝丈ほどのワンピース。真っ白な布生地に一つ一つ手作りで細かい刺繍が施されてる。どれも全部違うデザイン。シンプルなものから華やかなものまで、見る物全てに心奪われる。

 恐らく南大陸にある砂漠地方の伝統衣装だろう。南大陸から留学してきた女の子がこんな衣装を身にまとっていて、とても羨ましかったのを覚えている。

「いいなぁ、これ」

 ポシェットから声。

「あのぉ、ミリアーノお嬢様? 目的が違う方に向いておりますが、今は行商に目を奪われている場合じゃないのでは?」

 ミリアーノはテンション落として服を戻す。

「あーうん。わかっている」

 そして、店を後にして大通りを人波に乗って歩き始める。

 歩きながら、ミリアーノはきょろきょろと周囲を観察した。

 屋台の多さ、そして人の多さに呆気に取られる。まるで街全体が大きな祭りでも開いているかのようだ。

 でもここに建てられている屋台や建造物──木造や軽石を使った建築物等──は、全部簡易な組み立て移動式用である。この島の土地はあくまで島の精霊たちに借りている場所。イベントが終われば街は解散、即撤収なのである。

(なんだかもったいないなぁ……)

「あのぉ、ミリアーノお嬢様?」

「何?」

「どこへ向かわれるおつもりですか?」

「あ。そうだった」

 ミリアーノは人の流れから外れ、野菜を売る屋台の傍で休憩し、「ふぅ」と息をつく。

「お嬢ちゃん、野菜はどうだい?」

 店からエルフの店主が声を掛けてくる。

 ミリアーノは丁重に断って、手持ちのパンフレットに視線を落とした。

 開いて現在地を確認する。

「クレイシスと待ち合わせした場所って、たしか大道芸人がいる広場だったわよね?」

 独り言のつもりだったが、フレスヴァがポシェットから答えてくれる。

「はい。そう言っておりましたな」

 ミリアーノはパンフレットに指先を落とす。

「現在地がだいたいこの辺だから……うーん。ここからだとちょっと遠回りになるわね。あ、この先二つ目の角を右に曲がれば、ちょっとだけ近道になりそう」

「行き先が分かりましたかな? ミリアーノお嬢様」

「うん」

 ミリアーノはパンフレットを閉じた。

 再び人の波に乗って歩き始める。

 そして、大通りから二つ目の角を曲がり、歩行者のみが通行できる小さな通りへと入っていった。

 その時──!

 体格の良い中年男がぶつかってきた。

 ミリアーノは地面に尻もちをついて転び、男はこちらに気にすることなく走り去っていく。

 同時に、通りの方から飛んでくる声。

「泥棒ぉー! 誰か捕まえて!」

(え……?)

 ミリアーノが去っていった男へと目を向けた時にはすでに、男は石像になって道に固まっていた。

 バックを盗まれたのであろう女性の格好をした犬面民族の人が、その石像となった男に蹴りを入れてバックを取り戻し、肩を怒らせながら去っていく。

 ミリアーノはぽかんと口を開けたまま、終始その様子を見つめていた。すると、

「大丈夫かね? 君」

 見知らぬ通行人がミリアーノを心配して手を貸してくれる。

「あ、はい……」

 手を借りてミリアーノは立ち上がり、そして石像となった男を指差しながら、その通行人に訊ねた。

「すみません。お聞きしたいんですけど、あの石像ってさっきの──」

「あぁそうだよ。この島で争いや騒ぎを起こせば森の精霊の裁きを受けて石になるんだ。ここは地上と違って精霊が支配する土地だからね」

 ミリアーノはそこでようやく、あの時リズが言っていたことを理解した。

(そうか。こういうことになるってことだったんだ……)





 ミリアーノは人通りがまばらな道を歩きながら、ポシェットにいるフレスヴァへと声を掛ける。

「そうよ。だからつまり、そういうことなんだよね」

「はい? 何がでございますか?」

警邏隊けいらたいよ。どうして居ないのか不思議だったのよね」

「?」

 フレスヴァは話の趣旨がつかめず首を傾げて疑問符を浮かべる。

「あーごめん、フレスヴァ。さっきの石像になった人のこと。この島にはたくさんの人が居るのに警邏隊が一人も居ないって不思議だよねって思っていたの」

「この島の精霊はわたくしめとは気が合いませんな。短気というか小心者というか、すぐに魔法で人間を石にするなど精霊の風上にもおけません」

 腕組みして怒るフレスヴァに、ミリアーノはクスッと笑う。

「あ。もしかしてフレスヴァ、あの時石にされたことまだ怒っているの?」

「当然でございます」

「いいじゃない。もう許してあげたら? だってこの島がこんなに平和なのは、この島の精霊さん達のおかげなんだよ?」

「そうではありますが、なぜわたくしめを石にする必要など──」

 云々、以下略。

 ミリアーノはフレスヴァの話をそのままに、ある店の中へと目をやった。

 足を止める。

 入り口がとてもオープンな感じの簡易な酒場。中に入るには勇気が要りそうな人相の人たちのたまり場だった。そこでは異国の人たちが同じ空間で楽しく飲みあっており、すでにだいぶ酔っている人、石像になった人たちが多々見受けられた。

 平和な反面、そのしかし。

 血の気の多い輩が集まるこの酒場では、この島のルールはストレスが溜まりまくりのようである。

 まず一つに、物が投げられない。

 次に、武器も所持できない。

 締めにムカツク相手に手が出せない、の三重苦。

 口と小物が唯一の武器となる。

 よくよく観察してみれば、中の男たちは意気投合というわけではなく、こめかみに青筋立てて目を血走らせ、睨みをきかせつつも笑顔で低レベルな口喧嘩をしている。

「あ? なめてんのか、てめぇ」

「上等じゃねぇか、おい。てぇんとこのチンケな帝国なんざ、地上に帰ったらこうしてこうしてこうしてくれる」

 ぽきぽきぽきと、焼き鳥の串を細かく折っていく男。

「おぅ、いいぜ。イベントが終わったら、てめぇんとこの鼻クソみてぇなショボイ町を襲撃に行ってやるよ」

 と、鼻の奥を指でほじる下品な男。

 挙句の果てには店の奥でケツを叩きながら、

「お前の皇帝でーべーそぉ~」

 と言い出す者や、

「てめぇの皇帝ブタゴリラぁー」

 舌を出しながら罵り合う男達の熱いバトル。

「…………」

 ミリアーノは何事もなかったかのように視線を遠いお空へと飛ばして、再び歩き出した。

「きれいな空ね」

「というわけでございまして──って、わたくしめの話を聞いておりますか? ミリアーノお嬢様」

 あー。まだ続いていたんだ、あの話。

「聞いていたわよ。ちゃんと」

「ですから」

「あ、ねぇ見てフレスヴァ」

「ぎゃぁ!」

 グギっとフレスヴァの顔を無理やりその方向へと捻る。

「向こうに大道芸人のいる広場が見えるわ」

「み、ミリアーノお嬢様……わたくしめの首が……」

「途中で道間違えちゃったんだけど無事に着いて良かったわ」

「へ?」

 間の抜けた声を出すフレスヴァを無視して、ミリアーノは大道芸人がいる広場へと向かって駆け出した。

 だが──

 ミリアーノは足を止める。

 広場へと抜けるあと一歩のところでミリアーノの行く手を遮る三人の黒服の男たち。

 しかもなんだか見覚えがある。

(うっ! まさか……)

 嫌な予感にミリアーノは顔を引きつらせた。





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