二、奪われた神具【2】
ミリアーノはきょとんとした顔で振り向いた。
「何?」
「話はリズから聞いた。お前、イベントに参加する為にこの島に来たんだってな」
「えぇそうよ」
「やっぱり今回の出場は王者の座奪還ってやつか?」
「…………」
ミリアーノは眉間にシワを寄せると小首を傾げて問い返す。
「王者の坐骨関節症って何?」
「それはそれでオレが知りたい」
「あなたが言ったんでしょ?」
「どう聞けばそうなる? ──それよりお前、白羽使いなんだろう?」
「白羽使い? なにそれ」
「違うのか?」
クレイシスが素っ頓狂な顔で驚く。ミリアーノを指差して、
「え? いや、だってお前、シンシア・ラステルクの娘なんだろう? リズから聞いた話だと白羽神具も持っていたと──」
「えぇ」
さも当然とミリアーノは頷く。鐙から足を下ろし、クレイシスと向き合う。
「確かにシンシア・ラステルクは私のお母さんの名前よ」
「じゃぁ白羽使いで間違いないだろ? お前」
「……」
ミリアーノは首を横に振った。
「もしかして、母親から何も聞いてないのか? 白羽神具のこと」
その問いかけに無言で頷いて。
ミリアーノは悲しげに表情を曇らせると、きゅっと唇を噛み締めて口を閉ざした。
一変した様子にクレイシスが心配そうに問いかけてくる。
「どういうことだ? そのつもりで参加しに来たんじゃなかったのか?」
「…………」
自分の知らない母親の過去を、白羽神具のことを、みんなが知っている。
なんでだろう。なんで私だけ知らないんだろう。
ミリアーノはこぼれそうになる涙を手の甲で拭った。そして答える。
「わかんない。ただ、ここに来れば何か分かるんじゃないかって。お母さんみたいに参加してみたら自分の中で何かが変わるんじゃないかって。そう思ってこの島に来たの」
ミリアーノは顔を上げる。涙を払うように微笑して、
「笑っちゃうかもしれないけど、私、死んだお母さんから夢の中でこの島に一緒に行こうって誘われたの。だからここまで来たの。この島はお母さんがとても好きだった島で、小さい頃、枕元でよくお話してくれていたから」
『ねぇ、お母さん。聞かせて。お空に浮かぶ神々の島のお話』
まだ幼かったあの頃の記憶。
王様が宝物を競っていたこと。この島には神様がいること。そして、この島はとても豊かで幻想的だということ。
でもそれだけ。一つのファンタジーとしての話でしか、母は語ってくれなかった。どうしてその話に母が詳しいのか気にしなかったのは、この島のイベントの話は有名で、あの頃は誰もが口にしていたから。どこの国が優勝したとか、誰が今年の英雄か、とか。
でも、七年ほど前から急に、誰もあまり口にしなくなった。
クレイシスが落胆に肩を落として問いかけてくる。
「じゃぁ……イベントには参加しないってことか?」
ミリアーノは首を横に振った。にこりと笑う。
「参加はするよ。昔、お母さんが白羽神具を使ってイベントに出場していたっていうことは調べたの。きっと参加してみれば何かが分かる。もしかしたら昔お母さんと一緒に参加していた人にも出会えるかもしれないし、だから──」
急にクレイシスが真顔になる。
「お前、何も知らずに白羽神具を使う気だったのか?」
「え?」
「何の覚悟もなく、神具に殺されるかもしれないということも知らずに……」
小さく呟き漏らし、クレイシスはそこで口を噤んだ。
「どういうこと……? それ」
言葉を払うようにして話題を変えてくる。
「もういい。とにかく、リズから伝言を頼まれている。『白羽神具を返してほしければ決勝戦まで来い』ってな」
「──!」
ミリアーノは慌てて懐に手を当てた。
「無いッ! 無いわ、私の大事な白い羽!」
どこを探しても白羽神具は見つからない。
「大事なお母さんの形見なのに!」
「だから──」
「泥棒! 私の白い羽を返してよ!」
「いや、オレに言うなよ。持っていったのはリズだ」
「じゃ取り戻してきてよ! あなたとリズさんっていったいどんな関係!?」
「え……?」
クレイシスが驚いた顔で目を瞬かせる。
「知らないのか? 関係も何も、オレとリズは同じチームなんだが……」
ミリアーノの眉間にシワが寄る。険しい顔をして疑いの目つきで彼を見やる。
「同じチーム? あなたとリズさんが?」
「あ、あぁ。知らずに話していたのか? ずっと」
「えぇ。だってリズさんは砂漠の谷帝国の人でしょ。あなたと同じチームだなんて何かの間違いだわ」
「何の間違いだ、それは。リズは傭兵だ。毎年ファルコム皇帝から金で雇われて出場しているんだ」
「じゃぁもしかしてあなたも?」
「オレはファルコム大帝国に住んでいるから出場しないといけないんだ」
ミリアーノは納得してポンと手を打った。
「あ、なるほど。そういう仕組みだったのね」
「いや、今更知ったのか? それ」
「だって私、この島もイベントのこともあんまり詳しく知らないもの」
「…………」
クレイシスの頬がひくひくと引きつる。呆れるようにため息を吐いて、
「なんか色々と大変そうだな、白羽使い。ま、これから先も苦労が多いと思うが一人で頑張れよ。じゃぁな」
後ろ手を振って去っていく。
ミリアーノは慌てて彼の元へと走り、背中の服を掴んで引き止めた。
「ちょっと待ってよ。私の神具は? 取り戻してくれないの?」
振り向いて面倒くさそうな顔をするクレイシス。
「は? なんでオレが?」
「だってリズさんと仲間なんでしょ?」
「だったらなんだ?」
無視するように歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ」
ミリアーノは慌てて彼の服を引っ張って止めた。
「取り戻してって言ってるでしょ」
再び振り返り、面倒くさそうに答えてくる。
「だから、なんでオレがそんなことしなければならないんだ?」
「あ。そういうこと言うんだ……」
ミリアーノは企みある笑みを浮かべた。
その様子に動揺を見せるクレイシス。
「な、なんだよ」
「あっそ。わかったわ」
彼の服を放してくるりと踵を返す。
そしてレイグルに向け歩きながら、人差し指を立て、意地悪く言った。
「あなたを追いかけていた人たちって、まだどこかこの辺の上空を捜していそうよね。
──レイグル」
ミリアーノの声を聞いてレイグルが首をもたげて反応する。
すると急に彼が焦ったように追いかけてきて、今度は逆にミリアーノが引き止められる。
「わ、わかった、わかったよ。言う通りにする。だからやめろ、それだけはやめてくれ」
「どうしてそんなに怯えるの? そんなに怖い人たちなの?」
「あぁオレにとってはな。だから──手伝えばいいんだろ? 手伝えば」
「手伝いって? 私の神具を取り戻す?」
「そうだ。ただし、一つ条件がある」
「条件?」
ミリアーノはきょとんとした顔で小首を傾げた。