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幻想 《 ファンタジア 》   作者: 高瀬 悠
二章 奪われた神具
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二、奪われた神具【1】


 朝の木漏れ日が差し込む樹海で、ミリアーノは寝袋の中で心地よい眠りについていた。

 すやすやとまだ眠りの中にいるミリアーノの頬を、相棒の火竜──レイグルが鼻頭を何度も当てて揺すり起こす。

「う……う、ん……」

 目を覚まさない様子を見かねてか、レイグルは彼女の頬を舐め始めた。

「まだもうちょっと……」

 体勢を変えて肢体を折り込み、うずくまるようにして身を丸めるミリアーノ。

 するとレイグルがまた鼻頭を近づけてきて揺すり起こしてくる。

 耐え切れずに肩を震わせクスクスと笑って、

「わかったわ、起きるからやめて。くすぐったいよぉ」

 ミリアーノはようやく目を覚ました。寝袋から手を出してレイグルの下顎に触れ、にこりと微笑む。

「おはよう、レイグル」

 そしてレイグルの喉元を優しく撫でてあげる。

 レイグルが気持ちよさそうに目を閉じ、甘えるように鼻頭を摺り寄せてきた。

 相棒の元気な様子にミリアーノはホッと胸を撫で下ろして安堵する。

「良かった。元に戻ってくれて……」

 ミリアーノは寝袋から這い出し、身を起こした。

 そこでようやく気付く。

 寝袋へと視線を落として、

(あれ? 私、いつの間に寝袋に?)

 昨夜はどうやって寝袋の中に入ったのだろう。記憶がすっぽりと抜けていた。

 レイグルが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ミリアーノは小首を傾げてレイグルに訊ねた。

「ねぇ、レイグル。私がどうやって寝袋に入ったか知らないよね?」

 レイグルも首を傾げる。

 そりゃそうだ。知るはずがない。

 ミリアーノはレイグルの反応のかわいさに思わず抱きつく。

「ごめん。聞いてみただけ」

 そしてレイグルから離れ、今在る状況を知ろうと周囲を見回してみた。

 まるで昨夜のことが夢であったかのように誰の姿もない。

(リズさん、どこか行っちゃったのかな……?)

 それに助けた彼も姿がなくなっている。

 消え行く意識の中で聞こえてきたリズの言葉。


【まさかこんなところであの最強とうたわれた伝説の白羽使い──シンシア・ラステルクの娘に会えるなんて】


(お母さんのこと、何か知ってそうな感じだった)

 今までずっと謎に包まれていた母の過去。それがちょっとだけ、紐解けてきたように思えた。

(でも『白羽使い』って……)

 更なる疑問が心の中に生まれる。もしかしたらこの島で誰かに聞けば、もっと詳しくわかってくるかもしれない。

 

 ふと、聞き覚えのある声がミリアーノに掛かる。

「目、覚めたみたいだな」


 ミリアーノが声のする方に振り向くと、樹木の向こうから姿を現したのはあの時助けた銀髪の彼だった。その手には──

「ミリアーノお嬢様、お助けをッ!」

「フレスヴァ!?」

 生け捕りにされたフレスヴァがいた。

 彼は捕まえたフレスヴァへと視線を落とし、

「あぁ、これか? 子豚を見つけたから食材に使おうと思っていたんだ。腹減っただろう?」

「こ、子豚って……」

 ミリアーノは唖然とした顔で言葉を失う。

 青ざめたフレスヴァが必死の思いで泣き叫んでくる。

「ミリアーノお嬢様! どうか、どうかお助けを! お助けをぉーッ!」

 なんだか可哀想になってきた。

 フレスヴァを指差し、ミリアーノは彼に申し訳なく返答する。

「き、気持ちはありがたいんだけど。聞いての通り、私の連れなの。そして、それ豚じゃなくて一応梟だから」

 彼はまじまじとフレスヴァを見つめた。

「梟? これが? 新種の豚だろう?」

「えっと、まぁそれ言われると何とも言えないんだけど。森の精霊なの。それでいて私の大事な執事よ」

 彼はミリアーノへと視線を変え、嫌々そうに顔を渋める。

「豚を執事にするなんて変わった奴だなぁ」

「えっと、だから……」

 どこをどう修正していいかわからず、ミリアーノは眉間に指を当てて考え込んだ。

 その間にも彼はフレスヴァが食べられないとわかってか、さも興味なさそうにフレスヴァを放してやった。

 彼の手から落下し、ぽてんと地面に尻餅ついた後、フレスヴァは命懸けな形相で涙ながらにこちらに駆け込んできた。

「ミリアーノお嬢様!」

 はいはい。と、母親のような気分でポシェットを開けてフレスヴァを迎え入れる。

 ポシェットに飛び込んで隠れるフレスヴァの元気な姿に安堵したミリアーノ。ホッと息をついて、彼へと視線を戻す。

「フレスヴァのこと、見つけてくれてありがとう」

 すると彼は素っ気無く顔を逸らして肩を竦め、

「別に。オレはこの島の精霊に頼まれて退治してやっただけだ。朝からぎゃぁぎゃぁと騒がしかったからな、そいつ」

「そ、そぅ……」

「ペットの管理ぐらい飼い主がちゃんとやれよ」

「だからペットじゃなくて執事だって。それよりあなた……えっと、名前──」

「クレイシスだ」

「ねぇ、クレイシス。なんでまだここに居るの?」

 機嫌を損ねたらしく、彼が怖い顔で睨んでくる。

「誰のせいでこんなところに居ると思っているんだ? お前のせいだぞ」

「え? 私の?」

「そうだ。言っとくが、あの匂いを嗅いだ奴は普通二時間で目が覚めるもんなんだぞ。それなのにお前がいつまでも無防備にぐぅぐぅと寝ているもんだから、リズから『目が覚めるまで傍にいて守ってやれ』って頼まれたんだ。ありがとうの一言ぐらい言えないのか?」

「そ、そうだったんだ。ごめん、ありがとう。──で、リズさんは?」

「リズならもう街に向かった」

「街って、この島にあるあの【国際交易都市】のこと?」

「他にどこがある?」

「ご、ごめん。そんなに怒らないでよ」

「怒ってねぇよ。普通に答えただけだ」

「ごめん……」

 気まずくなって、ミリアーノはそそくさと寝袋を折り畳み始めた。

 適当に丸めて小脇に抱え、レイグルに近寄り手綱を取る。

 乗りやすくなる為、レイグルが地面に伏せてくれた。

 レイグルに乗る前に、ミリアーノは彼──クレイシスへと振り返る。

「今までごめんね、ありがとう。私もこれからその街に向かうことにするわ」

 ミリアーノは相手の返事も待たずに早々とあぶみに片足を置いた。

 跨る前に、彼の声がミリアーノを引き止める。

「待ってくれ。お前に一つ訊きたいことがある」


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