一、そこにある何かの縁【10】
夜の帳が降りた樹海で、場所を移動せずにレイグルの背後で夜を明かすことにしたミリアーノとリズ。
リズが、常用していたランプに人為的魔法の光──幻影を灯す。
森で本物の火は使えない。なぜなら森の精霊は火の精霊を嫌っているからだ。火は森を焼き払う。たとえ火の精霊にその気が無くとも、森の精霊の一方的な思い込みにより、精霊同士で喧嘩が始まる。それに人間が巻き込まれたらひとたまりもない。
けど、だからといって明かりの無い森で過ごすのは危険だとリズは言う。
ミリアーノはリズの話に耳を傾け、相槌を打つ。
そして話題は、同じ神具の使い手ということに変わる。
「それじゃ、リズさんもその剣でイベントに?」
リズの手にある剣を指差し、ミリアーノは訊ねた。
少し驚いた表情でリズがミリアーノを一瞥し、
「『も』ってことは、まさかあんた、イベントに参加するつもりでこの島に来たのかい?」
「えぇ、そうだけど……」
ミリアーノは頷いて、懐に入れていた白い羽ペンを取り出しリズに見せた。
へぇ。と意外そうな顔でそれを見つめるリズ。
「てっきり観光で来たのかと思ってた」
観光か……。
ミリアーノはがっくりと項垂れる。
(やっぱりそう見られちゃうんだ)
旅の行く先々でそう言われ続けてきたミリアーノ。あまりのショックに気分を沈ませる。
服が問題? それとも年齢? 雰囲気?
どれもこれも当たっていそうで泣きたくなる。
「できればイベントに参加したいなって思っていたの。でも、まだどうしていいかわからなくて……」
リズが唖然とした顔で訊ねてくる。
「まさか『参加は一人で』とか言わないよね?」
ミリアーノは当然とばかりに顔を上げた。
「そのつもりだったんだけど、ダメなの?」
リズが呆れるように肩を落としてため息をつく。
「当たり前じゃない。ある程度の仲間を集めないとイベントには参加できないよ。それにあんたのその軽装備姿、すぐ帰ることを前提にかい?」
軽装備とは恐らくミリアーノが荷物も持っていないことを指しているのだろう。リズの服装を見比べてもミリアーノと大して変わらない。違っていることと言えば荷物。リズは大きなバックパックを背負っていた。おまけとしてサイドに小さな鍋やコップ、ランプや圧縮された寝袋がはみ出すようにして括りつけてある。もちろんバックの中はパンパンに膨らんでいた。
一方のミリアーノの持ち物はというと、現金とポシェット、そして大事な羽ペンとフレスヴァだけである。いや、それだけで充分だった。旅で足りなかった物など一つもない。足りない物は行く先々の宿で全て補えた。
──二人の違いは旅慣れにあった。
ミリアーノはおろおろとする。
「これはその……なんていうか、森で野宿するなんて思わなかったから」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
グサリと胸打つリズの言葉。
「あんた、よくここまで無事に辿り着けたもんだね。よっぽどの強運じゃなければ途中で野垂れ死んでいるところだよ?」
「街を転々とするルートを通ってきたから」
「そうじゃなくて。街を移動する途中の天候とか事故とか、何が起こるかもわからないっていうのに非常食も寝袋も持ってきていないなんて。
まぁ、慣れた奴だけがわかる危険っていうんだろうね、こういうの」
後半は呆れるように呟いて、リズは横に置いていた大きなバックパックの中から干し肉と乾パンを取り出し、ミリアーノに差し出した。
ミリアーノは驚く。
「え? 私に?」
「どうせ食べ物とか持ってきてないんでしょ?」
それに合わせるよう偶然に、ミリアーノのお腹がきゅるると鳴く。
ミリアーノは顔を真っ赤にして慌てて自分のお腹を隠した。
「ち、違うの。これは」
リズがくすっと笑う。
「いいから食べな」
「でも、それじゃリズさんの分が……」
「そういう人のことも想定して、普段から食べ物を多めに持って出てきているから気にしなくていいよ」
ミリアーノはその気持ちに応え、素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
「あとこの寝袋も、あんたが使っていいから」
「いえ、それは──」
「『旅慣れしていない人には優しくしろ』って、あたいの祖母ちゃんの口癖なのさ。だからこれは、あんたが使っていいから」
「……ありがとう」
気まずく頭を下げて礼を言う。
(やっぱり私、観光者向きかも)
ミリアーノはつくづく自分が箱入り娘であることを痛感した。
(フレスヴァやレイグルが一緒に居なかったら、私、どうしていただろう……)
誰かに助けられてばっかりの自分を恥ずかしく思う。
──助けられた。
(あ。そういえば)
ミリアーノは思い出し、「ところで」と話を変えた。