一、そこにある何かの縁【9】
ミリアーノもつられて同じ方向へと目をやった。
相変わらずレイグルの後ろでは森の精霊がざわざわと蠢いている。
リズが問いかけてくる。
「ねぇあんた。さっき人を助けたとか言っていたよね?」
「え、えぇ」
「あんた、自分の火竜を見て何か思わないのかい?」
「レイグルを?」
そう言われてみれば。ミリアーノはもう一度レイグルを観察してみた。
(あっ! もしかして)
ようやく気付く。
レイグルはまるで背後の何かを守っているかのように威嚇し構えていた。
リズが続ける。
「あんたが助けたって人、どこにもいないだろう? この森に住む精霊は怪我した人を放っておけない習性があって、だからきっと──」
リズの足がレイグルへと向かう。
ミリアーノは危険を感じて慌てて呼び止めた。
「ち、近づいちゃ危ないよリズさん!」
だがリズはミリアーノに振り向き安堵の笑みを見せる。
「大丈夫。あんたもこっちに来てごらん」
そう言って手招く。
多少の不安を残しながらも、ミリアーノは恐る恐るリズの後ろをついていった。
リズと二人でレイグルに近づく。
するとレイグルの背後に隠れていた森の精霊は、怯えるようにしてどこかに逃げていってしまった。
二人でレイグルの背後へ回り込む。
リズが先にレイグルの後ろを確認した。
フフと笑う。
「やっぱりね」
遅れてミリアーノも覗き込む。
「あっ」
そこには額に薬草を貼られた銀色の髪をした十六歳の彼──あの時助けた人が、仰向けで倒れて気絶していた。
リズがミリアーノの肩にぽんと手を置く。
「あんたの火竜は身を挺して彼を守っていたんだね。あたいの火竜を相手にしながらだよ? 普通考えられないって」
「レイグル……」
ミリアーノは石となったレイグルに近づき、その冷たい体に優しく手を当てた。
そっと頬を寄せる。
「ありがとう、レイグル」
「あんたよっぽどこの火竜を愛情込めて育てていたみたいだね」
リズの言葉にミリアーノはこくりと頷く。
「えぇ。だってレイグルは私の家族だもん」
リズは気まずく後頭部を掻く。
「それに比べて、なんだってあたいの火竜はあんな凶暴に育ったのかなぁ? 喧嘩っ早いし、本能剥き出しで──あたいの育て方がマズかったかな?」
ミリアーノは首を横に振った。
「そんなことないわ。だって砂漠の国には地上にも空にも肉食蟲がいるんでしょ? 私の国にはそんな危険な生物なんて居ないもの」
「まぁね。そういう調教もしてきたし、仕方ないといえば仕方ないか」
リズが肩を竦めてニコッと笑う。
ミリアーノも笑みを返す。
そして話題は、助けた彼のことへと変わった。
「ま、それはいいとして。ところであんた──」
倒れている彼を指差して、リズが訊ねてくる。
「彼とはどんな関係だい?」
「関係?」
ミリアーノはきょとんとした顔で小首を傾げた。
その反応にリズが驚く。
「知っていて助けたんじゃなかったのかい?」
「この人とは初対面よ。ここに来る途中で──まぁ、色々あって助けたの」
「馬鹿だねぇあんた。こんな奴、放っておけば良かったのに」
「え? どうして?」
「彼、その時誰かに追われてなかったかい?」
「追われていたと言われれば追われていたのかもしれない。でも──」
「わざわざこんな厄介事に首を突っ込むなんて。後悔したって知らないよ」
ミリアーノは事情が飲み込めずに呆け顔で目を数回瞬かせた。