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序章

 


 新緑生い茂る深い森の奥に、その泉はあった。

「案内してくれてありがとう、島の精霊さんたち」

 背中に羽根の生えた二匹の人型の精霊に礼を言って、幼い少女は「この場所ね」と呟くと泉のほとりに座り込んだ。

 今もなお地下からこんこんと湧き出てくる水。でも不思議とその泉の水が溢れることはない。

 一定の水量を保ちながら、水面は穏やかに波を打つ。

 少女はずっとその泉の水面を見つめ続けた。期待と好奇心に爛々と目を輝かせる。

「お花、早く咲かないかなぁ?」

 すると、少女の期待に応えるかのごとく泉の底から新芽が生まれ、徐々にその芽を伸ばして水面から顔を出す。

 つぼみから咲き開く一輪の小さな花。

「うわぁ、きれ~」

 少女は歓喜に胸を躍らせ、咲いたその花を摘み取った。

 ──ふと。

 小枝を踏みしめる音が聞こえてきて、少女はハッと振り返る。



 摘みたての花を胸に抱いた少女は、同じ年頃の黒髪の少年と出会った。



 少女は立ち上がり、訊ねる。

「あなたは誰……?」

 少年は答えない。ただ黙って少女を見つめている。背丈は少女のちょっと上くらいか。見慣れぬ高貴な白の法衣に身を包んでいる。

「ねぇあなた、どこから来たの? 見慣れない服装ね。どこの帝国?」

 ようやく少年が口を開く。

「なぜこの場所にいる?」

「え?」

「人間が立ち入れないこの場所に、なぜいるのかと訊いている。どこから入ってきた?」

「島の精霊さんたちに教えてもらったの。この場所ならきれいなお花が咲くからって」

「島の精霊が? 君をこの場所に?」

「そう。そしたら泉からこんなにきれいな花が咲いたの」

 ほら。と、少女はさきほど泉から摘んだばかりの花を少年に見せた。

 少年が怪訝に首を傾げる。

「花が……咲いた?」

「そう。あの泉から咲いたの」

「咲いていたじゃなくて、咲いた(・・・)のか? あの泉から」

「うん」

 少女は自慢げに笑ってみせる。

 つられるように、少年の表情にも笑みが宿った。

「君って不思議だね」

 え? 少女は小首を傾げた。

「どうして?」

「その花は本物じゃない。君が作り出した幻影なんだ」

「げんえい? ──あっ」

 手の中から花がパッと弾け消える。

「あれ? お花が消えちゃった。さっきまでちゃんと持っていたのに」

 少女はおろおろと自分の周りを探し始める。

 その姿を見て、少年が小さく笑った。

「それが幻影。君の心が迷ったから消えてしまったんだ。本物の花なら消えたりなんかしない」

「本当に?」

 少年は頷く。

「騙すつもりはなかった。けど、なぜだろう? 僕はこの場所に魔法をかけてしまった。何かに導かれるように……。

 でも、これでハッキリした。この力を具現化できるのは君だったんだ」

 少女は小首を傾げる。

「あなた魔法使いなの? 精霊さんと同じ力が使えるの?」

「同じじゃない。僕は精霊よりももっとすごい力を使える。世界で僕だけしか使えない『禁断の魔法』を持っているんだ」

「きんだんの、魔法?」

「そう。それを君が形にしてくれた。この魔法の封印を解く鍵は君だったんだ」

 少女は眉間にシワを寄せて尋ねる。

「あなたの言っていること、よくわからないわ」

「そうだね。今話しても何のことだかわからないよね。君が大人になったらまたここにおいでよ。そしたら話してあげる」

「本当?」

「約束する」

「じゃぁ『約束の証』をして」

 そう言って、少女は小指を差し出した。

 今度は少年の方が小指を見つめて首を傾げる。

「約束の……証?」

「そうよ。私の国では約束を交わす時、お互いの小指を結んで約束するの」

「証を作るって意味だね。わかった」

 少年は頷くと、小指を差し出して少女の小指に絡めた。そして──。

 少年が少女の小指を引き寄せて、顔を近づけてくる。

 状況が読めずに驚き眼でその場に立ち竦む少女。

 少年の唇が少女の額に優しく触れる。

 ゆっくりと、少年は少女から離れていき、そして何事もなかったかのように微笑む。

「これは僕の帝国での『約束の証』。約束は必ず守る」

 仄かな感触が残る額に手を当てて、少女は頬を赤らめる。

 少年は呆然とする少女の手を取り、そこに懐から取り出した白い羽ペンを置いた。

「これ、君にあげる」

「私に……?」

「君はこれを持って、またこの島に来るんだ」

 少女はにこりと笑って頷く。

「うん、わかったわ」

「それから君に魔法をかけておいた」

 きょとんとする。

「……魔法?」

 少年は頷く。

「僕と君がちゃんと出会えますように、という魔法。君を見失いたくないんだ」

「どんなことが起こるの?」

「それは秘密。君が十六歳になってこの島に来ればわかるよ。


 ──そう。この神々の島に」




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