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モブ令嬢、デストロイヤー

作者: ひろね
掲載日:2026/02/01

久しぶりに短編など。



 ディア セシリア


 元気かい? そろそろ私の所に来る気になったかな?

 こうして君に求婚の手紙を送るのは何度目になるのかな?

 あと何回送ったら君は頷いて私のもとに来てくれるのだろうね。

 私はいつでも待っているよ。


 ああ、私は元気に公務に励んでいるよ。

 忙しすぎて、この忙しさを分かち合ってくれる人が切実に欲しいよ。

 もちろん、君に押し付ける気はないけどね。


 話は変わるけど、果ての森のダンジョンが踏破されたようだ。

 おかげで気候が安定し、瘴気を取り込んで魔物化することがなくなったのは喜ばしいことだけれど、あそこには封印があるからね。

 あの封印が解かれていたら、大変なことになる。

 まあ、未だに問題が起きていないので、封印は大丈夫だったのかな?

 でも、あそこには――



 ***



 ある女性は、そこまで読んで思い切り噎せて咳き込んだ。


(ヤバいヤバいヤバい! ……あ、でも原因が私だってバレてないみたい。良かった)


 咳き込みながら続きの文章を読んで、ほっと一息つく。

 そこに背後から声をかけられた。


「セシリア様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。ちょっと噎せただけ」

「セシリア様にしては珍しいですね。風邪でしょうか?」

「違うわ。私、体は頑丈だから問題ないわ。心配しないで、アイリ」


 セシリアと呼ばれた少女は、苦笑いをしながらアイリと呼ばれたメイド服の少女を宥めた。


「心配症ねぇ」

「心配にもなります! セシリア様は気づくと居なくなっていて……侍女のわたしがどれだけびっくりするのか。侍女頭のお母さんにどう言い訳すればいいのか、毎回困るんですよ!」

「心配じゃなくてビックリなのね。そして、言い訳に困るから……か。でもケイシーはもう分かっているわよ」


 少々的外れな心配をするアイリに、呆れるセシリア。

 二人は主従関係にある。

 ホワイト辺境伯の娘セシリアと、専属侍女のアイリ。

 彼女たちは同い年なので、主従だけど友人といえるような気易い関係である。

 それはセシリアの性格のせいでもあるが。


「それにしても、まだ手紙が届くんですね。振ったのではなかったのですか?」

「うん、振った。私の中ではきちんと振った。でも、ランドルフ殿下は超ポジティブ思考だから、気づいてないのかも?」

「ああ、ありますね。隣国の王太子殿下となんて、恐れ多いです――なんて思って、建前だと勘違いしてそうです」

「うん、アイリも何気に酷いね」


 ランドルフとは、この辺境伯領と隣り合う国の王太子である。

 ちょっとしたことで知り合い、令嬢らしからぬさっぱりとした性格に惹かれたというのだが、セシリアに理解できなかった。

 まあ、いい友人――くらいには思っているが。

 顔がよく、性格も悪くない。

 ただ、アイリの言ったようにポジティブ思考なため、自分に都合のいいように解釈してしまうのが難点とも言えた。


「まあ、私の性格を考えれば、そんな遠慮なんてしないのだけどねぇ」

「そうですね。でもなかなか会えないと、思い出は美化されると言いますから」

「アイリ、何気にディスってるわね」

「いつものことでございますので」


 澄ました顔で、いつもより丁寧な口調で答えるアイリに、セシリアは苦笑した。

 それでも咎めないのは、令嬢らしからぬ性格のせいだった。


(それにしても、あの森の封印って……封印されていたのは『魔王』だったのね……気づかなかったわ。確かに強かったけど……)


 まさに剣と魔法を使って何時間か戦って、やっと勝ったのだ。

 セシリアにしては手こずった相手だったと記憶していたが、まさか、魔王だったとは――と、セシリアの表情が強張った。




 セシリア・ホワイトは、前世の記憶を持つ転生者だった。

 前世の彼女は格闘技を愛する脳筋だった。自分でもいくつか習っていたほどの脳筋ぶりだった。

 そんな彼女の格闘技以外の唯一の趣味がネット小説を読むことだった。

 とはいえ、一番は格闘技。ネット小説は通勤のスキマ時間に読むのがちょうどいいと思っているくらい。

 そんな彼女の好みは、異世界ファンタジーだった。剣と魔法の世界で自分はどれだけのことが成せるのどろうか、という思考に飲まれてしまう。

 ちなみに、あくまで自分の体を動かすのが前提のため、RPGや格闘ゲームは好みではなかった。


 そんなセシリアが転生したのは、まさに剣と魔法の世界。

 とはいえ、国同士の戦などはない平和な世界だった。

 ただし、魔物はいる。ダンジョンもある。

 そのため、魔物の討伐やダンジョン攻略などをする為に、一人で歩ける頃になったあたりから魔力のコントロールを始め、五才になった頃には一人で森に出かけて前世で習っていた格闘技をもとに魔法と併せて自分の戦闘スタイルを確立させてしまった。

 そんなセシリアは、まるで武者修行でもするかのように、転移魔法でダンジョンへ赴いては一人で攻略していた。

 セシリアは、幼児のころから魔力のコントロールをし魔法を使い続けたおかげか、膨大な魔力量を有することになった。




 その中でセシリアが便利に使っているのに、空間を渡る転移魔法がある。

 転移魔法は一度行ったことのある場所なら問題なく行ける。

 行ったことのない場所には本来行けないものだが、ダンジョンは内部が似たり寄ったり――しかも、魔物は生息エリアがある程度分かれているが種類は同じ――ということで、魔物を思い浮かべて行き当たりばったりの強引な転移魔法を繰り返し――

 そして、国境を越えていくつかのダンジョンにたどり着いた。

 ダンジョンを攻略していると、ほかの冒険者に知り合う機会も増える。

 彼らと話をするため――お得情報ゲットのため――に、他国の言葉も覚え、気づくと数ヵ国語の言葉を日常会話程度なら話せるようになっていた。


 すでに、貴族令嬢といより、Aクラスの冒険者である。

 なんなら『セス』という偽名で登録しているほどに。

 それでもAクラスなのは、Sクラス以上になると面倒なことに巻き込まれるからである。異常事態には出動要請が必ず来るが、貴族令嬢と知られたくないため、Aクラス止まりにしていた。




(それにしても、アレが魔王だったのか……。単独で倒せたのだから、RPGゲームの世界じゃなかったのかな。もしそうなら、仲間を増やして皆で攻略するものだものね。勇者が使う聖剣は隣国で保管されたままだから、私は勇者じゃない。だから仲間もできなかったんだわ。それにしてももしこれがゲームの世界なら、ゲームの設定を壊しちゃったと言えるのかしら?)


 セシリアはそんな事を考えてしまうが、これには訳がある。

 魔法の中でもほぼ詠唱を必要としないものに古語魔法があるのだが、その古語は日本語だったからだ。

 しかも、失われた言語(ロスト・ワード)として扱われ、使える者はほとんど居ない。

 となれば、前世の日本にあったゲームの世界に転生したと考えても不思議ではないだろう。どこか作為的なものを感じた。ネット小説でもよくある設定だったし。

 この古語魔法は、例えば『水』を例にすると、発音をなぞることは可能だが、意味を理解し自分で加減を調整しないと、体内にある魔力が空になるまで、ただ水が出てしまうのだ。

 けれど、セシリアは元日本人。その意味を理解し、体内に有する莫大な魔力をコントロールするため、簡単な魔法でも魔力量の加減で大技になる。

 また火を使った上級魔法も普通なら長い詠唱が必要になるが、セシリアにかかれば『爆炎』の一言で済む。

 そこに膨大な魔力をが合わさればどうなるだろうか?


 そんな古語魔法を使うセス――セシリアは、一人で行動するのが多く、冒険者たちの間でも謎に包まれた人物だった。

 まあ、貴族のご令嬢が冒険者をしているなどとは、誰も思うまい。


 そうして冒険者として活動している時に、アイリと母親のケイシーに会った。

 花売り――この場合、娼館にいる女性ではなく、個人で客を取る人のこと指す――をしているケイシーに、しつこい客がいて、アイリがわんわん泣きわめいていた所に出くわした。

 当時、六歳である。

 その六歳児が、大人の男性を吹き飛ばし、二人を助けたのだった。

 何度もお礼を言う二人に、セシリアはこのままではまた同じことが起こると考え、二人を辺境伯家へと連れて行った。

 あれからもう十年、今は辺境伯家で侍女頭と専属侍女として仕事をしているのだった。

 ついでに言うなれば、そうやって拾——スカウトしてきた人たちが、辺境伯家で働いていた。


「隙あり!」


 感慨に耽っていると、横からアイリがセシリアへの手紙を奪い取った。


「ちょ、アイリ!?」


 アイリもランドルフ殿下と知り合いで、セシリアが読んで慌てた内容が気になったのだろう。

 本来なら侍女として許されない行動だが、これはセシリアとアイリの日常でもあった。

 辺境故に友人が少ないセシリアは、アイリを友人のように接している。

 アイリも最初は戸惑ったものの、令嬢らしからぬセシリアの傍にいて、侍女だからという認識はとうに捨てていた。


「………………セシリア様?」

「な、何かしら?」

「この封印っていつ解いたんですか?」

「ええと……4カ月くらい前かしら?」

「で、封印されていたものは?」

「もちろん、斃したわ! 強かったから、斃した瞬間は喜びがひとしおよ!」


 セシリアは元気よく答え、アイリは深い深いため息をついた。

 相変わらず、自分の主はデタラメである。


「アイリ?」

「このことを知っている人は他に居ますか?」

「居ないわね。証拠隠滅はしていてよ」


 無駄な努力はしているらしい。

 アイリはまたため息をついた。


「奥様に報告案件ですね」

「えっ!? お母様に? それは止めて!」

「ですが、事が事ですので」


 セシリアの中では、母に知られる=お説教案件だ。

 そもそも、脳筋思考で力で解決しようとするセシリアの首根っこを引っ掴んで令嬢の道に戻してきたのは、他ならぬ辺境伯夫人――彼女の母だ。

 そんな母に知られたら、どうなることか……考えただけで震えが来る。

 この場合、セシリアの性格を考慮した罰が待っている。例えばハンカチに刺繍を五十枚するとか、お茶会や夜会に放り込んで強制的に令嬢モードにさせるとか――だ。

 貴族令嬢にとってはごく普通のことだが、セシリアにとっては拷問に等しい。魔物退治で怪我をするほうが、よほどマシと思えるほどに。


「ねぇ、お願い! それだけは止めて! 一生のお願いよ!」

「一生のお願い……ですか。それ何回目ですか?」

「うっ、でも――」

「では、王太子殿下との婚約の話を進める方向でよろしいでしょうか?」

「え? なんでランドルフ殿下が出てくるの?」


 というか、侍女が決められる事だろうか?

 そう思うけど、やぶ蛇になりそうなので言うのを止めた。


「ランドルフ殿下ではありません。我が国のクリストファー王太子殿下です」

「え? なんでそこでクリスの名前が出てくるの?」

「セシリア様は本当に鳥頭ですねぇ。自分が王太子妃候補筆頭なのをお忘れですか?」

「……う。それはアディンセル公爵家のチェルシー様が筆頭ではなかったの?」

「家格ではそうかもしれませんが、他ならぬクリストファー王太子殿下のご要望ですし」

「あれは、子供のころの口約束よ」


 クリストファー王太子殿下は、幼少のころ体が弱く、三年ほど辺境伯家で養生していた。

 その頃の遊び相手がセシリアとアイリだった。

 その頃のクリストファーは純粋で、まるでひよこのインプリンティングのように頑張ってセシリアの後をついて回っていた。

 セシリアにすると面倒を見る相手であって、恋の相手とは見ていなかったのだけれど、デビュタントで久しぶりに会ったクリストファーの変わりように驚いたのは内緒だ。

 その時に甘い言葉をかけれれて、ちょっとその気になったのも内緒だったのだが。


「向こうはそう思っていませんよ。いい加減、現実を見てください。セシリア様、あなたは二国の王太子殿下から求婚されている身だということを。そもそも、クリストファー王太子殿下に声をかけられて、驚いて顔を赤く染めていたのは誰でしたか?」


 アイリにはバレバレだったようだ。

 デビュタントの時を思い出して、頬に熱を持つ。

 どれだけ脳筋でも恋する気持ちはあったようで、アイリは内心ほっとした。


「そ、そうは言うけど、アイリはフレッドに会いたいだけでしょう?」


 フレッドはクリストファーの乳兄弟なる。

 彼が辺境伯領に養生のために来た時に付いてきて、世話を焼いていた人で、セシリアに振り回された人でもある。

 だが、クリストファーと違って体力があるため、ゼイゼイと肩で息するクリストファーの横で、しれっと立っていた。

 今は騎士になり、クリストファーの近衛騎士になっている。

 辺境伯領にいたころから、二人はいい雰囲気だったのをセシリアも覚えている。


「……」

「ほら、答えられないじゃない。私だって知ってるんだからね。アイリとフレッドがいい関係だってこと」

「そ、それとこれとは別の話です」

「いいえ、別じゃないわ。私がクリスと結婚すれば、私付きの侍女として一緒に王宮に行って、フレッドと一緒になれるって思ってるんでしょ」

「……別に、セシリア様がクリストファー王太子殿下とご結婚なさらなくても、フレッド様はちゃんと迎えに来てくださいますから」

「あ、認めたわね」


 ほら見なさい、とばかりに言えば、アイリにため息をつかれた。


「あのですね、わたしはすでにフレッド様と将来を誓い合った仲ですから。自分自身の心配なんてしていませんよ。わたしは自覚のない主を心配してるんです」

「うっ」

「ですから、自覚を持つように促しているのですよ?」

「それは……、クリスのこと、嫌いじゃないのよ」

「では、どうして嫌がるんですか?」

「だって、私のこの性格を考えてよ。王宮になんて行ったら、いったい何匹の猫を背中に飼えばいいのよ!?」


 自由奔放なセシリアからすれば、王宮なんて堅苦しい場所は行くだけでストレスを感じる。

 それが住む場所になるとなると、そのストレスはどれだけ心に負荷をかけるか――脳筋なセシリアだが、自分が貴族令嬢としては外れていることは理解しているのだった。


「大丈夫じゃないですか?」

「んな、あっさりと!」

「だって、セシリア様ですから」


 セシリアは知らない。

 顔立ちなどはともかく、その裏表のない性格が、一部のご令嬢方に人気があるということを。

 ちょっとした言葉遣いで上げ足を取るような世界の中で、セシリアはそういった緊張感を持つ必要のない人で、それがどれだけ相手を安心させるのかを。

 ましてや、目的はともかく日常会話程度だけれど、多言語を話せるだけで外交にも有利になることを。



 結局、セシリアの所業は母にバレ、三時間のお説教の後、王宮主催の夜会に出席することで手打ちになった。

 魔法で母の小言を遮断することも出来たのだが、時折「聞いているの?」「今言ったことを複唱しなさい」と言われ、言葉に詰まるとさらにお説教が長くなるので、三時間しっかり母の小言を聞く羽目になった。

 また、王宮主催の夜会は出席する方向だったのだが、事前に逃げられないように言質を取ったようだった。


「くぅ、アイリめぇ。主を裏切ってお母様にチクるなんて……」

「セシリア様、わたしを雇っているのは辺境伯である旦那様です。セシリア様じゃありません」

「そうだけどぉ」

「セシリア様に危険があるのなら、旦那様または奥様にご相談するのは当たり前のことですが」

「うう、正論過ぎて返せないっ」


 連れてきたのはセシリアだが、雇用契約を結んでいるのは辺境伯である父だ。

 そして、使用人の差配するのは家政を取り仕切る夫人である母だ。

 セシリアの意図を汲んでくれるが、それだけである。


「さ、そういうことですので、王宮へ行く準備をいたしましょうね」

「……わかりました」


 ここで主従の立場が逆転した。

 セシリアは肩を落とし、準備を進める。

 王宮まで馬車で移動するなら半月はかかるが、セシリアの転移魔法を使えば一瞬である。

 本来一人でも大変なこの魔法を、セシリアは複数人と荷物を一瞬で運ぶのだ。

 運送屋でもやれば、儲かりそうな話である。

 そんなこんなで、次の日には荷物をまとめ、王都のタウンハウスへと赴いた。



 ***



 シャンデリアが煌めき楽団が曲を奏でる中、セシリアはクリストファーとダンスフロアの中央で三曲目のダンスを踊っていた。

 どうしてこうなったのか――それは、クリストファーが「昔と違って健康になった」という言葉に、セシリアが「強がっちゃって。まだまだ私より弱っちいわよ」と言葉の応酬をしたためだ。

 クリストファーが「セシリアには負けるけど、体力だって十分ついたよ。魔法も使えるようになった。確かめてみる?」という流れになり、なぜかダンスを何曲続けて踊れるかということになったのだ。


 同じ人と続けてダンスを踊る意味を、頭からすっぱり抜け落ちていたセシリアは、受けて立つとばかりにクリストファーとダンスを踊り――周囲にクリストファーの婚約者はセシリアに内定したと示したのだった。

 そのことに気づいたのは、四曲踊ってのどが渇いたため、ダンスを中断してドリンクを受け取った時だった。

 周囲から「王太子殿下とのご婚約おめでとうございます!」という言葉を聞いて、「やってしまった……」と思ったが、時すでに遅し。

 脳筋はクリストファーの策など気づきもしなかった。


「ようやく、といったところでしょうか?」


 直接声をかけられて、セシリアは顔を上げた。


「アディンセル公爵令嬢」

「あら、チェルシーと呼んでちょうだい。それと、おめでとう」

「チェルシー様。私は別にクリ――王太子殿下と婚約が調ったわけではないのですが」

「そうなの?」

「ええ、ちょっとした勝負といいますか……。殿下が今は十分な体力があるからと、ダンスを何曲踊れるのか試しただけで」

「あら、それは騙されたわね」

「騙された……」


 アディンセル公爵令嬢チェルシーにとどめを刺されて、セシリアはため息をついた。

 チェルシーは公爵令嬢としての高慢なところがなく、セシリアにとっても話しやすい人だ。


「殿下も上手くやったわね。でも、ようやく殿下の想いが叶ったのね」

「チェルシー様、そんなに喜ばれなくても」

「あら、わたくしだって嬉しいのよ。あなたが殿下の婚約者になれば、わたくしも自分の婚約を進められるもの。今までは候補になっていたから、動けなかったけれど」

「え? もしかして、好きな方がいらっしゃったんですか?」


 だとすれば、チェルシーに悪いことをしたと思う。

 チェルシーは直接答えず、セシリアに向けて笑みを浮かべた。


「それは、弟のサミュエルのことかな?」

「あら、クリストファー殿下、この度はおめでとうございます」

「ありがとう。ようやく願いが叶ったよ」

「クリス……私を嵌めたわね?」

「普通の令嬢なら気づくものだけれどね?」

「悪かったわね。私は気づかなかったわよ。それより、こうなったらあなたがへばるまでやるわよ」


 拳をグッと握って宣言した。

 クリストファーはやれやれといった風だが、それでもセシリアと一緒にいるのは嬉しいらしく「喜んで」と返して、ドリンクを飲み干すとセシリアの手を取ってダンスフロアに向かった。



 ***



 アディンセル公爵令嬢チェルシーは、そんな二人を見ながら、ほぅっとため息をついた。

 長かった。

 八歳で前世を思い出して、『魔法の国のシンデレラ』という乙女ゲームの世界だと知ってから、生きた心地がしなかった。

 チェルシーはこのゲームの中で、ヒロインである義妹を虐げる悪役令嬢にあたる(チェルシーのほうが数カ月だけ早く生まれたので、ヒロインに対して義姉になる)。

 そのヒロインをゲームが始まる時間まで、母と二人で虐める役になる。

 また、メイン攻略者の王太子殿下を選ばなくても、ゲームのチェルシーは変わらずゲームの中でもヒロインを虐めていた。

 そんなヒロインが気の毒だと思ったし、何よりゲームの強制力が働いて本当にヒロインを虐めたらどうしようと思っていた。

 特に王太子ルートに行った場合、二人に対して断罪がある。

 童話の継母と義姉をなぞるように、真っ赤に焼けた靴を履かされ、死ぬまで踊り狂うというもの。

 修道院より、国外追放より悲惨な末路を辿るのだ。


 けれど、その杞憂ももう終わり。

 ゲームの終了を告げる夜会は今日で、王太子はヒロインではない、ゲームには出てこないモブ――セシリア・ホワイト辺境伯令嬢を選んだ。

 とんだダークホースである。

 ともあれ、セシリアの性格はさっぱりしており、チェルシー個人にとっても好ましいものだった。

 彼女となら、義理の姉妹になっても上手くやっていける思っている。

 第二王子であるサミュエル殿下は一つ年下になるけれど、穏やかだが芯がしっかりしていて年下と感じることはない。そんな彼とは、妃教育で王宮に顔を出していた時に親しくなった。

 ちなみに王太子妃になりたくないセシリアは、妃教育に顔を出すことはなかったが。

 いずれ、サミュエルと二人でクリストファーとセシリアを支えることになるのだろう。


 しかし、一つだけ懸念事項がある。

 父がヒロインを引き取らないよう、ヒロイン親子を探した。

 そもそも、父は母と結婚したばかりなのにメイドに手を出し、そして生まれたのがヒロインだ。

 そしてヒロインを引き取ったものの、妻と娘が虐めているのに助けようともしないのだ。可哀想すぎる。

 そのため、ヒロイン親子が父に見つからないように手を回そうとしたけれど、結局二人は見つからず――ゲームが始まっても出てこなかった。


(どこかで幸せになっているといいのだけれど)


 あまりにも可哀想なゲームのヒロイン。

 ゲームの舞台に上がらずに、幸せになっていて欲しいとチェルシーは切に願うのだった。



 ***



 セシリアが正式に王太子と婚約したため、居住を王宮に変えることになった。

 さすがに荷物ごと転移魔法で――ということは憚られたので、半月かけて馬車で移動することになった。

 セシリアは母である辺境伯夫人に今まで通りにいかないこと、とにかく人前ではしっかり猫を被れということを懇々と話されて、うんざりした顔で辺境伯家から出発した。

 いくつかの領地を経て、王都に入ることになる。

 馬車の中は窮屈だけれど、旅に出るのは嫌いではない。セシリアはそれなりに馬車の旅を楽しんだ。


「もうすぐですね」

「そうだね。なかなか楽しかったかな」

「わたしはセシリア様が宿に泊まるたびに、どこかに出かけようとするのを止めるのに必死でしたが?」

「……そんなこと、あったかしらねー」


 てへぺろと誤魔化すセシリアに、アイリはジト目で抗議した。


「ごめんって」

「もう。奥様にも言われたではないですか。いつも猫を被るようにと」

「だってまだ王宮に着いてないし」

「……」

「今から猫被ったら、猫だって疲れちゃうわよ」

「猫が疲れるなんて聞いたことありません。というか、逃げ出すほうが先なんじゃないですかね」

「う……逃げられたら捕まえるまで困るじゃない」

「そこは新しく飼ったらどうですか?」

「その辺にいるかしら?」

「さあ?」


 話が点々と変わっていく。

 そもそも『猫を被る』というのはことわざであり、本当に猫を被るわけではないのだが。

 そのあたりを忘れ去っているあたり、さすがのセシリアも緊張しているのかもしれない。

 そんな主の相手をしているアイリは、意外と楽しんでいた。

 というより、セシリアより平常運転だ。


 そんな長旅を経て王都に入り、とうとう王宮にたどり着いた。

 アイリに「年貢の納め時ですね」と言われて、深いため息をついた。

 セシリアの中でもやもやしているのは、今まで弟分のように思っていたクリストファーに騙し討ちのように婚約内定にされたことなのだが、少なからずクリストファーのことを好ましいと思っているから余計に感情の行き場がないのだろう。

 けれど、王宮でセシリアを迎えたクリストファーを見て、胸に熱いものを感じてしまう。


「セシリア、待っていたよ」

「……クリス」

「そんな顔をしないで欲しいのだけど」

「ごめん。クリスが思っているのとは、違うと思うの」


 約一カ月前に夜会で会ったばかりなのに、今のクリストファーを見て、もう弟分と思えなくなっていた。

 そう思うと、鼓動が早くなる。


「セシリア?」

「クリスは……もう、子供のころと違うんだね。こんなに大きくなって、いつの間にか、私より背が高くなってる」

「そうだね。でも背だけじゃないよ。肩幅も、手もセシリアより大きくなった」


 クリストファーはそっとセシリアの手を取り、自分の手を重ねた。

 その手の大きさと熱さに、セシリアは漠然と叶わないなぁと思った。


「うん。私、クリスのこと、好きみたい」

「うん、知ってた」


 クリストファーはそう言うと、そっとセシリアを抱きしめた。


 主であるセシリアが、クリストファーに抱きしめられているのを見て、アイリは感慨深い思いになっていた。

 脳筋だった主に、恋が理解できるのか――少々不安だったが、杞憂だったようで安心した。

 それに――


「良かったな」

「フレッド!」

「アイリは心配していたけど、私は心配していなかったよ」

「だって、セシリア様って自分が強くなることばかり考えているんですもの。心配しちゃったわ」

「うん。でももう大丈夫だよ」

「そうね」

「それより、セシリア様と一緒に来てくれてありがとう」

「ううん。わたしもフレッドに会いたくてたまらなかったの」


 そう言ってアイリはフレッドにそっと触れた。


(本当に、幸せだわ。何もかも、セシリア様のおかげね)


 乙女ゲーム『魔法の国のシンデレラ』のヒロインのデフォルトネームは『アイリ』という。

 そう、アイリがこの世界のヒロイン――のはずだった。

 でも、アイリが幸せになるまでの過程はあまりにも残酷で。

 設定集では簡単に『七歳で母を病で亡くし、実父の家に引き取られたヒロインは義母と義姉に壮絶な虐めを受けていた』とあるが、ゲームの時間軸になるまで八年ある。

 その間、義母と義姉に壮絶な虐めに遭い、感情をほぼ失くしてしまう。


 そんな中、十五歳で義姉とともにデビュタントをし、夜会で会う攻略対象たちと接し、彼らの心に触れて自分の感情を取り戻していく。

 特にヒロインの実父である公爵は、ヒロインを政略の駒としか考えておらず、高位貴族でもある攻略対象たちを篭絡するよう命令される。

 最初は嫌々ながら近づいたけれど、彼らのやさしさに触れて自分の感情を取り戻し、攻略対象への愛を深めていくというストーリーだ。


 アイリにはそれが耐えられなかった。

 貧しかったけれど、優しい母を亡くすことも耐え難い。

 何より公爵家に引き取られたくない。

 ゲームなど始めたくなかった。

 けれど、子供で力のないアイリにはストーリーに抗う術がなかった。

 セシリアのように古語魔法が日本語だと知ったけれど、魔力の少ないアイリには扱えるものではなかった。


 詰み、だ。


 そう思っていた時、たまたま下町に来ていたセシリアに出会う。

 前世で一通りこなしたゲームだが、その中にセシリアという少女は出てこなかった。

 ある意味、モブですらない少女。

 でもこの少女が規格外すぎた。魔王より強くて、メイン攻略対象のクリストファーから想いを寄せられていた。


 なにより、アイリとアイリの母親を助けてくれて、遠く離れた辺境伯家で仕事をさせてくれ、ゲームのストーリーから大きく外れていった。

 それでもゲームの時間が終わるまでは気が抜けない――と思っていたのに、ゲームのストーリーなどまるで無視した時間が過ぎ、メイン攻略対象であるクリストファーは案の定セシリアを選んだ。


 ここでようやく『アイリ』としてこの世界で生きていけるような気がした。


 そうして、主であるセシリアとともに、この世界のアイリが愛したフレッドに身を預けた。



 ***



「悔しいなぁ。クリストファーに君を奪われるなんて」


 そう言うのは、隣国のランドルフ王太子殿下だった。


「悔しがっても無駄だよ。セシリアは私のものだから。というか、奪ってなんかいないから。君のものだった時なんて、一瞬たりともなかったのだらね」


 そう捲し立てたのは、クリストファーだった。

 その様子を見て、セシリアは苦笑するしかなかった。


「クリスってば落ち着いて。あと、ランドルフ殿下にはちゃんとお断りしたはずよ?」

「そんな遠慮なんていらないよ。さあ、私の胸に飛び込んでおいで」


 がばっと手を広げて迎え入れようとするが、セシリアはそれを無視して笑った。

 そこにアイリが「あまり笑うと化粧が崩れます」と一喝。

 なんというか、カオスな空間だった。

 ただ一人、茫然とする女性を除いて。


(ヒロインだわ。こんなところに居るなんて……。でも、近衛騎士のフレッド様と仲良さそう。攻略対象ではなかったけど、幸せそうでよかった……)


 チェルシーはそう思うと、涙が出そうだった。

 名乗りはしないけれど、異母姉妹――半分でも血が繋がっている姉妹なのだ。

 ゲームのチェルシーは彼女を虐めたけれど、この世界で生きるチェルシーは、義妹の幸せを喜んだ。


(ふふっ、乙女ゲームを一人で引っ搔き回してくれたわね、セシリア様)


 でも悪いことではない。

 皆が幸せになれる、嬉しい壊し方だった。


(あの子はフレッド様と仲がいいし、わたくしはサミュエル様と二人でセシリア様たちを支えていく……。いずれ、姉だと言える日が来るといいわね)


 ここには、義妹を虐めぬいた義姉はいないのだから。

 だとしたら、異母姉妹として語り合う未来だってあるのかもしれない。




転生者複数の話になりました。

三人とも欠かせない状態だったので。


古語魔法について

セシリアは「魔法?やったー!」で余裕で覚えましたが、

チェルシーは魔法をあまり使わないため気づかず、

アイリは魔力が少ないために手が出せませんでした。


PCを買い替えて慣れるために打ち込んでいたのですが、キーボードの配列が前と違うので変なところを押してしまったり。

慣れた変換が出てこなかったりで、思ったより時間がかかりました(;'∀')

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