パフォーマー
「ねえ、こっち、こっちきて!」
「ははは、待ってくれよお」
「こーこっ、ふふっ」
「なんだよお、んっ」
「ふふっ……好きよ……」
「ああ、おれも……」
追いついた瞬間、彼女は息を弾ませて振り返り、おれの首に腕を絡めてきた。身体がぶつかり、甘い匂いがふわりと鼻先を撫でる。そのまま唇が重なり、湿った音を立てて舌が絡み合った。周りの音が遠のき、彼女の吐息だけが耳に残る。
指先が肩口から胸元へ滑り、腹をなぞり、そのまま下へと……おいおい、さっきホテルを出たばかりだというのに、まったく……こんなところで――うおっ。
「ちょ、ちょっと」
「なーに? ふふっ」
「いや、こんなところで、まずいだろ……」
「こんなところお?」
「いや、駅の中だぞ……」
夜の駅構内の片隅。人影はまばらだと思っていたが、いつの間にか周囲に立ち止まる気配が増えていた。皆、ニヤニヤしながらこちらを眺めている。まるで、いや、完全に見世物だ。
おれは慌てて彼女の腕を振りほどいた。だが彼女は、まるでタコのように身体をくねらせ、再び絡みついてきた。語尾にハートをつけているかのような甘ったるい声で囁きながら、ついにはおれのズボンのファスナーを下ろしてきた。
「ま、まずいって! ほら見ろよ、人! いっぱいいるから!」
「ふふ……あたしには、あなただけしか見えない」
「そりゃ君はこっちを向いているからな」
「あなたもあたししか見てないじゃない」
「あっちを向きたくないからね。ほら、撮られてるし、もう行こう!」
「だ~め、盛り上がってきたところなんだから」
そう言うが早いか、彼女はおれのズボンの中へ手を滑り込ませ、モノに触れてきた。快感が腰の奥から背筋を駆け上がり、全身にぞくぞくと広がっていく。
おれは慌てて体を捻り、周囲に悟られないよう必死で位置を調整した。鞄を顔の前に持ち上げ、そっと観衆の様子をうかがう。
だが無駄だった。若者や会社員、外国人観光客――人垣ができており、皆一様にニヤつきながらスマホを構えていた。「やば!」「どういうこと!?」と若い女の二人組が目を丸くしてはしゃいでいる。どういうことなのか、おれが聞きたいくらいだ。
「ああ、いい、いいい!」
彼女は声を漏らしながら、おれのモノをひたすらにしごき続けた。動画が拡散され、知り合いや上司の目に入る未来が脳裏をよぎり、冷や汗が噴き出した。しかし、下半身は正直で、あっという間にパンツから顔を出し、朝から人々が蓄積してきた湿った膜の中で呼吸していた。
もはや誇らしげにそそり立つおれのモノ。こいつを撮られたら終わりだ。醜聞どころじゃない。完全に証拠映像。逮捕だ。
おれは必死にモノと彼女を落ち着かせようとした。だが、どちらも熱が高まる一方。彼女の手の動きはむしろ勢い増し、緩む気配がない。
彼女とはマッチングアプリで出会った。人となりは知らないが、最低限の常識はあると思っていた。なのに、まさかこんな一面を隠していたとは。
「な、なあ、もう、ほんといい加減に――」
「イかせてほしい?」
頬を赤らめ、彼女はいたずらっぽく笑った。濡れた唇が照明を受けて艶やかに光り、瞳はしっとりと潤っていながらも、確かな熱を帯びておれを捉えていた。
彼女が再び唇を押しつけてきた。舌が口蓋をくすぐり、手の動きと同じリズムで絡みつく。
「ああ、ああ……!」
彼女が声を上げ、おれのモノをしごいていた手で自分の頬を撫で、そのまま髪をかき上げた。手のひらをねっとりと舐めて濡らすと、今度はさっきよりも強く、おれのモノをしごいていく。観衆の中から「わお!」と歓声が上がり、スマホのシャッター音が連なった。
「いい、いいわ!」
彼女はおれのモノを握ったまま大きく仰け反った。髪を激しく振り乱し、もう片方の手を高く突き上げる。その姿はどこか舞台上のパフォーマーじみていて、観客を煽っているようでもあった。まるで私こそが性の体現者とでもいうように。
駅の照明が、心なしか一段階明るくなった気がした。
だが、おれはたまったものじゃない。モノをぐいぐい引っ張られ、観衆の正面に向かないよう腰を捻り、カツンカツンと踵を鳴らしながら必死に足を運び、体勢を保ち続ける。
「ジーザス……サディスティック……ラァァヴ……!」
彼女は目を閉じ、身体をくねらせながら意味不明な言葉をぶつぶつと呟き続ける。こっちは一切触っていないというのに、何がそこまで彼女を興奮させるのか。気持ちはとっくに冷めているのに、相変わらずモノは熱く滾っており、収まりがつかない。
「シュウウウ……シュ!」
彼女もまたとどまることを知らない。悶え、喘ぎ、ついにはおれのモノから手を離すと、まるで占い師が水晶玉を扱うように両手をひらひらとモノにかざし始めた。
観衆はまた声を上げ、そして息を呑んで口を押さえた。
「あ、あの、ほんと何してんの……? もうしまうよ――いてっ!」
モノをしまおうとした手を、彼女がぴしゃりと叩いた。
「シュウウウウ……」
低い囁きとともに、彼女は再びそっとおれのモノを握った。そのままゆっくりとかがみ、顔を近づけてきた。まさかこんな場所で口で――
「イッツア、ビュティフォー、ナアァァイト!」
「ルキングフォー!」
「ヘイベイビ!」
……は?
次の瞬間、駅構内に叫びのような歌声が響き渡った。そして観衆が一斉にこちらへ押し寄せ、彼女を囲み、一緒に歌い始めたではないか。
「アイワナマリユー!」
これは……フラッシュモブ――。
そう理解しても、おれの体は石のように固まり、動けなかった。連中は踊り、跳ね、紙吹雪をばらまきながら、おれの周囲で弾け続けた。
パフォーマンスはしばらく続いた。やがて音楽がふっと途切れると、彼女は息を弾ませながらおれの前に跪いた。
「あたしと……結婚してください!」
周囲は静まり返り、無数の視線がおれへと注がれた。
おれは彼女を見下ろし、喉を震わせながら、かろうじて言葉を絞り出した。
「いや……おれ、恋人がいるから……ちゃんとした……そのうち結婚する予定の……」
次の瞬間、彼女がおれのモノを口に含んだ。
温かい粘膜に包まれ、全身から力が抜ける。意識がその一点に引きずり込まれ、彼女の口の中に閉じ込められたような感覚がした。
そして――次の瞬間、彼女はおれを噛み千切った。




