不穏な国境越え
今日いよいよ国境を越えてこの国を出ることになる。
移住先の皇都までは魔法師団長たちと一緒だが、それでも様々なことが俺の頭の中を過っていく。
勿論それは良い思い出ばかりでもないが、それでも、名残惜しさを感じる程度には思い入れもあったということだ。
「いよいよ国境を越えますな」
「はい。そうですね」
俺は馬車の中で、向かいに座った魔法師団長に頷いて、短い一言で返す。
昨晩、ティフェア様が無事念を習得し、同行することになったため、馬車の中での座る席も変わっている。
向かいには、魔法師団長を挟むようにオルフェスとベルフェが座り、俺の右側にネルフェア、左側にティフェア様という席順だ。それはウィアズ伯爵領の街に入るまで座っていた座席順に、俺の隣にティフェア様が加わっただけとも言える。
立場的なものを考えると、ティフェア様を俺とネルフェアで挟むように座るのが本来なのだろうが、ネルフェアがそれを許容しなかったのだ。ネルフェアは伯爵令嬢ではなく仲間だと言い張って、ティフェア様もそれに同調したため、ネルフェアの意見が通った形になっている。
「国境を越える時は、通行税を払うんですよね? それ以外は何かないんですか?」
「うむ。税を払うだけですな。そのお金も既にバルアたちが準備しておりますので、儂らはこのまま馬車に乗っておれば良いですじゃ」
国境には街道に砦が築かれており、そこを通過する際に通行税を支払わなければならない。
勿論、俺たちがいた国側にも砦はあるが、国の重要な防衛線も兼ねているため、それぞれの国の砦は、少し離れた場所に設置されている。俺たちは既にその砦を通過しているので、今は国境線という、どちらの国とも言えない曖昧な場所を進んでいることになる。そして、その砦を通過すればそこからが他国というわけだ。
俺たちが、国境を越える際の話をしていると、軽快に進んでいた馬車が速度を落として、やがて止まった。
「うむ。砦に着いたようですな」
「はい。そうみたいですね」
俺たちは騎士が護衛する貴族の馬車なので、貴族専用の通行口を使うらしい。このため、並ぶことなく砦を通過できるそうだ。
そして、馬車の中で待っていると、馬車の外から人の声が微かに聞こえてきた。
『申し訳ございませんが、馬車の中を確認させていただきたい』
『使節団の書状をお見せしたはずですが』
『確かに拝見したしましたが、魔物の同行がある以上、念のため確認させていただきたい』
馬車の外から、中にいる者の確認を求める声が聞こえる。
どうやら、俺たちが引き連れている魔物であるテオたちの同行が問題のようだ。
バルアさんがそれを拒んでいるものの、相手方も引く気はないようだ。
「うむ。仕方ありませんじゃ。外へ出ますかの」
「はい。それが良さそうですね」
外の騒がしさが落ち着きそうもないと判断して魔法師団長が立ち上がる。
俺たちもそれに倣って立ち上がり、連れ立って馬車の外に出た。
「騒がしいが、何があったのじゃ?」
「は! 申し訳ございません。砦の衛兵たちが馬車の中を確認させろと」
「うむ。それで、何用かの?」
魔法師団長が外に出てバルアさんに尋ねると、その返答を聞いて、衛兵たちの方に向き直った。
衛兵たちは、魔法師団長が問い掛けているにも関わらず、俺たちの方を品定めするような視線で睨め付けている。
「これは、申し訳ございません。最近、我が国で村が魔物に襲われる事件が頻発しておりまして、魔物をお連れでしたので、念のための確認です。それで、魔物たちの主はそちらの方たちでしょうか?」
魔物の襲撃が頻発しているとは、なんとも物騒な話だ。
それにしても、この衛兵たちは、魔法師団長が魔物を使って襲撃するとでも思っているのだろうか?
「うむ。そうであったか。この魔物たちは其方らの言う通り、儂の私設護衛をしてくれとる冒険者たちの魔物で間違いないが、魔物を解き放つ者でもおるのかの?」
魔法師団長も少しばかり怪訝な表情になっている。
衛兵たちの態度は、貴族であり、他国の使節団と来ている者に対する態度とは到底思えない。
「私設護衛…、ですか? いいえ、村を襲う魔物は森から出てきた魔物と考えておりますが、少々、民衆も神経質になっておりますゆえ、確認だけはさせていただければと。それで、念のため、冒険者登録証を見せていただくことはできますでしょうか?」
衛兵は、私設護衛と聞いて俺たちに不躾な視線を向けてくる。その上、魔法師団長の怪訝な視線にも動じず、身分確認まで求めてきた。
それほどまでに切迫した状況になっているのだろうか?
「うむ。フェイル、この者らに登録証を見せてやると良い」
「はい。かしこまりました」
俺たちは、懐から登録証を取り出すと、衛兵に差し出した。
衛兵はそれを確認すると、登録証に記載されている魔物名とテオたちを見比べてから、横柄な態度で返却してきた。
「うむ。確認できたかの。それで、其方名前はなんという?」
俺たちの身分確認が終わるのを見て、魔法師団長が衛兵に名前を尋ねた。
魔法師団長は、どうやら衛兵の態度に限界を越えたようだ。有無を言わせぬ声圧で問い掛けている。
それを受けて、衛兵が今更ながらに喉を鳴らして、一歩後退った。
「こ、これは失礼いたしました」
「うむ。儂の言葉が聞こえておらんのか? 儂は名前を聞いておるのじゃ」
衛兵は慌てて魔法師団長に頭を下げる。
しかし、魔法師団長は追撃の手を緩めるつもりはないようだ。
それに衛兵は頭を下げながら、ぶるぶると震え出した。
「た、大変申し訳ございません。その者が不敬な態度を取ったようで、どうかお許しください。おい! 誰かこやつを連れていけ!」
一連のやり取りを見ていた他の衛兵が、この砦の代官を呼びに行ったようだ。
慌ててこちらに駆けてきた代官が、魔法師団長に謝罪すや否や、不敬な衛兵を連行するように他の衛兵に告げた。
「本当に申し訳ございません。最近、我が国で魔物の被害が増えておりまして、あの者も気が立っていたのだと思われます。勿論、それが使節団の方々に不敬を働く理由にはならぬのも存じております。あの者には適切な処分を与えることをお約束いたしますので、どうかお許しください」
代官の口からも『魔物の被害』という言葉が出てきた。
う~ん。これだけ魔物の被害が増えるとは、森で何か起こっているのだろうか?
「うむ。それほどまでに、被害が増えておられるのかの?」
「はい。年に数件程度でございますが、その度、村が全滅しておりまして、我が国でも対処を急いでいるところです。ですが、何せ生存者がいないため、調査も難航している状況でございます」
代官はなんとか魔法師団長の機嫌を治めようと、包み隠さず全てを話してくれる。
村が年に数件も全滅しているとなると、気が立って当然とも思える。
フランシア王国でも年に数件程度は魔物の被害がある。しかし、その全てにおいて、冒険者によって魔物は討伐されており、被害も最小限に留まっている。
それが、全て全滅で生存者もいないとなると、どんな魔物が襲ってきたのかも特定できていないということだ。
魔法師団長もこの話を聞いて、顔を顰めている。
「ふむ。そうであられたか。そういうことであれば、こちらとしても言うことはない。この魔物たちは、衛兵にも言うたが、儂の私設護衛の冒険者たちが従えておる魔物じゃ。この国に迷惑は掛けることはないので、安心してくだされ」
「はい。多大な温情を感謝いたします。私設護衛の方々でしたか。そういうことでしたら、何の問題もございません。ただ…、その、こういう状況ですので、この先の街では、魔物は街の入り口にある魔物の収容所に預けていただくことになる点だけは、ご容赦ください」
代官の言葉を受けて、魔法師団長が俺の方に視線をちらりと向けた。
俺はそれに軽く頷いて了承の意を返した。
こんなことで騒いでも良いことは何もない。そもそもこれを拒否すれば、この国が決めた方針に逆らうことになってしまう。
「うむ。その旨、心に留めておきましょうぞ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。それでは、確認も取れましたので、このままお進みください。それと、使節団の皆様の通行税も不要でございます」
代官はそう言うと、衛兵たちに俺たちが通過する旨を指示した。
魔法師団長も、『うむ。それではそうさせてもらおう』とだけ述べて、馬車に乗り込んだ。俺たちもそれに倣い馬車に乗る。
こうして一悶着あったが、有益な情報も得られ、俺たちは無事、砦を通過し入国することができた。
「フェイル様、森で何か起こっているのでしょうか?」
「う~ん。オルフェス、ベルフェ、森で何か気付いたことはあるか?」
馬車が動き出して程なくした頃、砦で聞いた情報が気になったのか、ティフェア様が尋ねてきた。
俺には森に従えている魔物がいることを知っているため、俺に聞いてきたのだろうが、俺にも分からない。
そのため、最近森へ行ったオルフェスとベルフェに聞いてみた。
「森での襲撃はありましたが、それ以外にはないですね」
「はい。私も気付いたことはございません。ですが、この国に住むのであれば、調べた方が良さそうでございますね」
「ああ、そうだな。ベルフェの言う通り、少しきな臭いですからね」
オルフェスとベルフェは、森での異変は感じていないようだ。
妖鬼の襲撃も異変と言えば異変だが、森の中での争いごとは特筆することでもない。
ただ、ベルフェには何か気になることがあるようで、オルフェスもそれに同意した。
「きな臭いって、何か思い当たることでもあるのか?」
「ええ、そうですね。村に生き残りがいないために調査が難航しているのは不自然ですからね」
森での異変がないのに、きな臭いという理由が分からず、俺が問い掛けると、オルフェスがその理由を教えてくれる。
しかし、それを聞いても俺にはさっぱり分からない。ガレリックさんもティフェア様も不思議そうにしているので、彼らも分かっていないと思われる。
「うん? 生き残りがいないんだから、調査が難航するのは当たり前だろ?」
「衛兵たちは森の魔物かどうかも特定できずに、冒険者の魔物にも忌避間を抱いてましたからね。それが本当なら、村を襲った魔物は討伐されても、見つかってもいないということになります。未だにそれは不自然ですからね」
俺が不思議そうに問い掛けると、オルフェスが緩く首を振ってから答えてくれた。
確かにそう言われると、魔物たちは襲った後、何処に行ったんだってことになる。
不自然と言えば不自然だが、それでも、きな臭いとまでは言えないような気がする。
「森から出てきた魔物が、襲った後に森へ帰ったんじゃないのか?」
俺は思い付いた答えをオルフェスに返すが、オルフェスはそれにも緩く首を振る。
「森の方が獲物が多いのに、わざわざ森から出て人里を襲うなんて、効率が悪過ぎます」
確かにオルフェスの言う通り普通に考えれば効率が悪い。
ただ、効率だけを考えるのも、何かを見落とす原因になってしまう。
「う~ん。それなら、人間が好物とか、森の獲物が枯渇してるとか、考えられないか?」
「あり得ないことはありませんが、それなら、森へは戻りませんからね」
オルフェスの言うことは尤もだ。森よりも人間の国の方が獲物を得られるなら、わざわざ森へ戻る必要はない。だが、魔物が人間の国に居続けようとすることにも疑問がある。
「森の方が隠れ易いからじゃないか。人間の国って見つかり易いからさ」
「確かに森の方が隠れ易いですが、村が全滅していると考えると、その全てで森から出て襲撃後にまた戻っているってことになります。既に年数件程度の村が全滅してるんです。それだと、流石に見つかると思いますよ。それに生き残りがいないということは、人間の死骸は森へ持ち帰っているはずですよね。そんなに大量に持ち帰れば、どうやっても後は残ります。もし、人里で人間を捕食してるなら、それはそれで相当な数の魔物が移動してますからね。それだけの数がいるなら、同じように見つかりますし、森に隠れる必要もありません」
大量の魔物が森から出てきているなら、後は残るし、そもそも人間を恐れて隠れる必要もない。仮に持ち帰ったにしても、それはそれで森の魔物だと特定できていないとおかしくなる。
それに何より、年数件程度の村が全滅していることを考えると、かなりの広範囲だ。これだと、魔物たちは相当な距離を移動していることになる。それほどの距離を移動していて見つからないなんてことはないだろう。
「なるほど、確かにそうだな。もし、森全体で複数の種族が同じ行動を取ってるなら、そういうこともありそうだけど、それだと、この国だけというのもおかしな話だな」
「ええ、そうなんですよ。それだとフィリエ辺りが知っているはずですし、それが原因で襲撃があったなら、俺たちの耳にも入っていると思いますしね。まぁ、森も広いので、今はまだ、この国の範囲内だけに収まってるってこともありますが、それでも未だ森の魔物かも特定できていないのは、不思議ですからね」
複数種族の魔物が自分たちの縄張りの近場の村を襲っているなら、あり得なくもないが、それなら特定の種族だけではなく、広範囲に起こっているということなので、この国限定なのが不自然と言える。
それに、オルフェスの言う通り、いずれにしても、全く特定できていないのはおかしい。




