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魔王たちの主  作者: 御家 宅
第三章

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【ティフェア視点】旅の始まり・前

 いよいよ私の新しい旅が始まりました。いえ、新しい人生ですね。

 私は幼い頃より貴族の令嬢としての在り方に馴染めませんでした。勿論、貴族の家に生まれたからには、その勤めを果たそうとは頑張ったのです。ですが、どうしても納得ができませんでした。そんな時、領主館を抜け出して暴漢に襲われた私を救ってくれたのは、冒険者の方でした。私はその方を見て、私もこんな風に自由に生きたいと思ったのです。ですが、そんなことなど許されるはずもなく、お父様と根気よく交渉した結果、騎士ならば、と許可をいただくことができました。王国騎士団であれば、国中を飛び回れるかもしれません。このため、王国騎士団に入れるように強くなることを目標に定めました。そんなある日のことです。まだ成人もしていない私に婚約話が持ち上がったのです。とんでもありません。貴族の子息と婚約などしたら、折角勝ち取った騎士になれないではないですか。私は考えに考えた結果、私より強くて慈悲深く正義感に溢れたお方ならば、と条件を付けました。お父様も騎士になることを認めた以上、この条件を却下することはできませんでした。

 こうして、私は強い方を見掛けては模擬試合を申し込み、一心不乱に強さを求める日々を過ごしました。

 そして先日、ガレリック様と共にフェイル様が我が領地にお越しになられました。

 勿論、フェイル様へ模擬試合を申し込むつもりでいたのです。ですが、残念ながら敢え無くガレリック様に却下されてしまいました。それでは、お話だけでもと思ったのですが、一度目はフェイル様にお断りされました。ですが、これで良かったのです。お話の前に秘匿されたフェイル様のご事情やいろいろなことが聞けたことは幸いでした。その御事情を加味してお話ができます。そう思い望んだお話しの場で、なんと、フェイル様に私の想いが見透かされてしまいました。私は矛盾したことなど言っていなかったはずなのに、どうしてなのか分かりません。私は自分の理由の後ろめたさから話しを逸らしたくて、別の話題をと思い、フェイル様に質問をしました。ですがその結果、私の意図とは異なり、返ってきた答えは、フェイル様の過酷な生い立ちと、それを跳ね除けるだけの強さ、そして明確な目的でした。しかも、それを当たり前のことのように語られます。私はそれを聞いて無性に恥ずかしくなりました。確かに、自分の置かれた立場の中でできることをやるという、フェイル様の姿勢と、私が許された範囲で騎士を目指す、という点には共通点はありました。しかし、私は逃げるために、フェイル様は立ち向かうために、という本質の部分が全く違いました。そして、フェイル様の話を聞いて、私の胸を埋め尽くしたのは、幼き頃より抱いていた貴族の令嬢への疑問です。どうして、貴族は見栄や格式に捕らわれて本質を見ないのでしょう。どうして、自分の望みに蓋をし、貴族であることを優先しようとするのでしょう。どうして、自由に楽しい人生を目指してはいけないのでしょう。

 その想いは、自分でも止められないほどに、膨らんでいきます。

 あぁ、こんな想いをするくらいなら、自分の望みが叶わぬなら、ここで死んでもいい。

 私の疑問は、ついにそんな想いにまで膨れ上がっていきました。

 それなら、一層、この命を賭けて、自分の望みに挑んでも良いのではないでしょうか。そう思い、晩餐の後の報告会で、都合よく人払いがされた時を逃さず、私は自分の望みをぶちまけました。しかし、結果は惨敗でした。私は潔くここで死のうと騎士の前に首を差し出した、その時です。奇跡が起きました。なんとフェイル様の配下のネルフェア様が、救いの手を差し伸べてくださったのです。

 一瞬、何が起こったのか分からず呆けてしまいましたが、ネルフェア様の言葉を契機にお話が好転し、あれよあれよという間にフェイル様、ガレリック様、お父様のご許可が得られていきました。

 私は、事の成り行きとはいえ、望みを勝ち取ったのです。一生この日ことを忘れることはないでしょう。それは私にとって、記念すべき日となりました。

 そして、私は今、フェイル様たちと一緒に馬車に乗り、新天地を目指しております。


「ティフェア、何を呆けているのです。早く集中しないさい」

「そうですよ。ティフェア、一刻も早く念を聞き取れるようになりなさい」


 私が現実逃避気味に、あの日のことを思い出していると、ベルフェ様とネルフェア様から叱責が飛んできました。

 私は今、馬車の中で、オルフェス様とベルフェ様に挟まれて念の聞き取りに励んでおります。

 そのため、私が加わる前まで、今私が座っている場所に座っていたガレリック様が、向かいの席へと移動しています。これにより、フェイル様とネルフェア様がガレリック様を挟んで座ることになりました。これを一刻も早く元に戻したいネルフェア様が、私に催促を掛けてくるのです。


「はい、すみません」


 私は、ベルフェ様とネルフェア様に謝罪します。

 念を聞き取ることが、これほど難しいこととは思いませんでした。樹木の精は人間の言葉を話すため、すぐに魔物たちとも話せるようになると、簡単に考えていた自分が恥ずかしくなります。

 そのため、意気消沈した私の肩が自然と落ちます。


「仕方ありませんね。では、念を聞き取れるようになれば褒美を与えましょう」

「え?」


 私の様子を見て、ベルフェ様が緩く首を振ると、私が頑張れるように提案をしてくださいます。

 私はそれに驚きながらも、嬉しくなって華やいだ気分になります。


「そうですね…、国境を超えるまでに習得できなければ、領地へ返すというのは、どうでしょう?」

「え?」


 褒美と言われて期待した私の気持ちに一瞬で罅が入りました。


「なぁ、ベルフェ、それは褒美じゃなくて罰だろ」


 向かいの席に座るフェイル様が、私の援護をしてくださいます。

 私はその援護に全力で首を縦に振ります。


「フェイル様、とんでもございません。テオたちと会話もできないようでは、共に暮らすなどできません。そればかりか、念が習得できなければ、森へ連れていくことができないのです。そうなれば、他国にティフェアを一人置いて森へ行くことになります。それを危険と考えるなら、早いうちに領地へ返した方が彼女のためです。それに、逆に言えば、念が習得できれば、共に暮らすことも、森へ連れていくこともできるのですから、褒美以外の何もでもございません」


 ベルフェ様がフェイル様の言葉に対して、反論を述べられました。今までのフェイル様への態度から考えると、あり得ないことです。ただ、その言葉の内容から、私を、如いてはフェイル様が先々困らぬようにという想いが伝わってきます。


「そうですね。甘やかしてもティフェアのためにならないでしょう。彼女が本当に命を賭けているというなら、国境を越えるまでの間に習得できるでしょうしね。それが、できないようでは、この国にいる間に返した方がいいでしょうね。ティフェアも自分の実力が伴わないことが理解できたら、死ぬなどと言わずに諦めて、貴族の娘として生きていくでしょうし」


 オルフェス様もベルフェ様の意見に賛同されました。

 ベルフェ様もオルフェス様も、言葉だけを取れば冷たいように聞こえるかもしれませんが、そこには確実に私のことも心配していただけていることが分かります。


「いや、まぁ、そうだけどさ。あまり無理をさせても逆効果だから、程々にしてあげろよ」

「はい。ただ、私たちはそれで良いですが、それをティフェアがどう考えるかですね。できてもできなくても、私たちではなく、ティフェア自身の問題ですから」


 念を聞き取れなければ、折角、フェイル様とご一緒できるというのに、森に同行することができません。その上、フェイル様と共にいるテオ殿たちとすら会話ができないようでは、人間の国ですら支障を来すのです。

 命を賭けた以上、後ろなど向いている場合ではないのです。愚痴を言っても、それが返ってくる先は自分です。他の誰でもありません。このままでは、後ろを向いて逃げていた、つい先日の私に戻ってしまいます。

 私は皆様の話を聞いて、自分の両頬を掌で叩き、気合いを入れ直します。


「申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」

「ふふふ。そうですか。では、始めましょうか」


 私の顔を見て、ベルフェ様が微笑みを浮かべられます。


「はい。お願いいたします」


 それからは、私は一心不乱に念の習得に努めました。

 私に残された時間は、あと数日しかありません。いえ、数日もあるのです。

 必ずやこの命を賭けた想いを成熟させてみせます。そう考えた途端、私はなんだか楽しくなってきました。


 その夜、私たちが野営地に設置された天幕に入ると、『では、行って参ります』と一言置いて、ベルフェ様が天幕の外に向かわれました。


「あの、ベルフェ様はどちらに行かれたのですか?」

「あぁ、森ですよ」

「森ですか? 何をしに行かれたのですか?」

「帰ってきたら分かりますよ」


 不思議に思って私がフェイル様に問い掛けると、にこやかに笑いながら、教えてくださいます。

 しかし、こんな時間に森とは、一体何しに行かれたのでしょう?

 フェイル様は帰ってくれば分かると仰いましたが、非常に気になります。


「ティフェア、お前は自分のことを考えろ。やるぞ」

「あ、はい。分かりました」


 私がベルフェ様のことを気にしていると、オルフェス様からお叱りを受けます。

 天幕の中では、テオ殿たちも私の念の習得にご協力いただけるそうで、私はすぐにそちらに意識を向けました。

 それから程なくして、頑丈そうな箱を抱えてベルフェ様が戻って来られました。

 その箱を見たガレリック様とバルア殿が眼を見開き、喉を『ごくり』と鳴らされます。

 出て行く時には、あのような箱は持っておられませんでした。ベルフェ様は森に行かれたとお聞きしているので、あのような箱を持って帰って来られることは考えられません。ということは、戻って来た時に外の騎士から何かを預かってきたのでしょうか?


「フェイル様、こちらは本日の夜食でございます」

「あぁ、悪いな」


 ベルフェ様はそう言うと、箱をフェイル様の前の机の上に置かれました。

 どうやらあの箱の中には、フェイル様の夜食が入っているようです。

 しかし、不思議です。外の騎士から預かって来たなら、フェイル様の分だけということはあり得ません。

 私が再び意識の集中を途切れさせ、フェイル様たちの方を眺めていると、フェイル様が箱を机の中央まで移動させ、口を開かれました。


「それじゃあ、ガレリックさん、バルアさん、ティフェア様も一緒に食べましょう」


 フェイル様が箱をガレリック様の方に向けて蓋を開けられると、なんとも言えない香しい匂いが広がりました。

 私は十八年ほどしか生きておりませんが、それでも貴族の娘として、それなりに贅沢な料理も食したことがあります。そんな私が今まで嗅いだことのないほどの、食欲をそそる匂いです。

 私たちはフェイル様に誘われ、念の習得を中断すると、席に着きました。

 そこで始めて箱の中の物を見たのですが、見た目は朝食で良く見掛けるパンに肉や葉物を挟んだ料理に見えます。


「フェイル殿、忝い。これがまた食べられるとは、感謝いたしますぞ」

「あの…、本当に私もよろしいのでしょうか?」

「勿論です。どうぞ食べてください。でないと、料理が勿体ないことになります」


 その料理を前に、ガレリック様が感激されておられ、バルア殿などは、恐れ多いと言わんばかりです。

 私は、ガレリック様ほどのお方が、これほど感激される料理に俄然興味が湧いてまいりました。


「ふむ。やはり上手いですな。若返る思いですじゃ」

「はい。私は騎士になったことに、これほど感謝したことはございません」


 ガレリック様とバルア殿が、口々に料理を褒められています。

 私もそれに倣い、料理を手に取ると、一口含みます。

 その途端、料理の味が口の中一杯に広がり、旨味が全身を駆け巡ります。

 パンの甘味に適度な塩加減、柔らかく脂が染み出てくる肉に、その濃厚さをさっぱりと和らげる葉物。どれもが美味しさを主張しながらも邪魔をせず、見事に調和していて、口の中で旨味の調和を奏でます。

 私はこんな料理を一度も食べたことがございません。


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