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魔王たちの主  作者: 御家 宅
第二章

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狭い世界

「分かりました。それで、ガレリック様は、いつ出立為されるのですか?」

「うむ。王都へ向かう騎士たちを見送った後に、その足で出立したいと考えておる」

「分かりました。それでは、そのように手配いたしましょう」


 これで俺たちの憂いもなくなり、明後日には此処を出立することになった。

 王様に今回の件の報告はした方が良いのだろうか。…でもそれは、俺の考えることじゃないな。必要なら魔法師団長から言ってくるだろう。

 俺がそう思った時、ウィアズ伯爵の横に座っているティルセア様が口を開いた。


「お話が落ち着かれたようなので、私からもよろしいでしょうか?」

「ふむ。ティルセア嬢、何かの?」


 魔法師団長が問い掛けたことで、ティルセア様は真剣な面持ちで、一度俺の方を見遣ると、隣にいるウィアズ伯爵の方に体を向けた。そこで、ティルセア様は大きく息を吸うと、姿勢を正し口を再び開いた。


「お父様、私は、フェイル様に付いて行きとうございます」

「「え?」」


 俺とウィアズ伯爵の驚きの声が重なる。

 ただ、驚いているのは俺とウィアズ伯爵だけで、ネルフェアはティルセア様を威嚇するような視線を向け、それ以外の面々は、やれやれというような呆れた顔付きをしている。


「いやいや、ティルセア、待ちなさい。そのようなことが、できるはずがなかろう」

「そうですよ。ティルセア様、少し落ち着いてください」


 俺とウィアズ伯爵は、ティルセア様に落ち着くよう声を掛けた。

 慌てているのは俺とウィアズ伯爵もだが、取り敢えず、ティルセア様に落ち着いてもらわないことには始まらない。


「お父様、フェイル様、私は落ち着いておりますし、無茶を言っているのも理解しております」


 ティルセア様は俺の方にも視線を向け、そんな俺たちに冷静に返答してくる。


「それであれば………」

「しかし、私はもう決めたのです。もう自分に嘘はつかないと」


 ティルセア様の言葉を受けて、ウィアズ伯爵が何かを言い掛けたが、ティルセア様はそれを遮るように声を発した。


「嘘とは何だね」

「私は貴族の娘としての役割に疑問を抱いております。家の繋がりや子を成すためというのは理解しております。しかし、それは本当に必要でしょうか? 例え娘であっても、家の方針にそぐわなければ、冷酷な判断を下し、家族を切り捨てることもございます。そして、子を成すだけであれば、貴族の娘でなくともできます。ですが、たったこれだけだけのために、礼儀作法や気品などといったものが求められ、国民たちから得た税で、贅沢に着飾り、贅を凝らした食事を摂る意味はあるのでしょうか?」


 それにウィアズ伯爵が黙り込んだ。

 魔法師団長も真剣な顔をして聞いている。


「お母様は、メルエイムを産んで亡くなる間際に、『私の役目は果たしました。あなたも立派に務められる女性になりなさい』と、私に仰いました。勿論、お母様が立派な方だったのは存じております。しかし、あの言葉が、私にはもの凄く悲しいものに聞こえたのです。お父様、教えてください。何故、貴族にはそのようなものが求められ、そのようなものでしか、人の価値を測れないのでございますか? それが、私には理解できないのでございます。私はそのような生き方をしたくはないのです…」


 ティルセア様は自分の想いを伝えるように独白し、最後は寂しそうに俯いた。

 俺には貴族の生活というものが分からない。自分が体験したことも見たこともないのだから当然だ。

 ただ、俺は貴族というものは富も名声も権力をも持っていて、自由な選択肢が与えられた人たちだと思っていた。しかし、ティルセア様の話を聞く限り、貴族には貴族なりの柵もあるようだ。


「ティルセア、それが貴族というものなのだ。お前の気持ちも分かっていたが、だからこそ、騎士になることは認めたであろう」


 ウィアズ伯爵は、ティルセア様に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 しかし、その顔には居たたまれぬ表情を浮かべている。


「はい。お父様には感謝しております。ですから、私は今まで自分の気持ちに蓋をし、努力して参りました。ですが、フェイル様とお会いして、お話して、自分の想いが間違いではないことを知ったのです」

「…それはどういう意味だね?」


 ティルセア様は、俺の方を向いて、最後の言葉を口にした。

 それに誘われるように、ウィアズ伯爵も俺に視線を向ける。

 うん? いや、俺、何もしてませんけど?

 確かにティルセア様と話して、強いとは言われたけど、今の話と全く関係ないよね?

 前半の独白は、百歩譲って俺の所為かもしれないが、でも、それだけだよね? なんで二人とも俺を見ているの?


「フェイル様、一つお伺いしたいのですが、フェイル様がお連れの灰色狼、テオ様は会話ができますよね?」


 ティルセア様は徐に、テオが会話できるかを尋ねてきた。

 突然、今までの話と変わったことに躊躇いを感じるが、此処にいる者は、ウィアズ伯爵とティルセア様以外は誰も知っていることだ。俺たちの正体を知った彼らに黙っているのも今更な気がする。


「はい。できますけど、それがどうかしたんですか?」


 俺がティルセア様の質問を肯定したことで、ウィアズ伯爵が眼を見開いて驚いた。

 一方、ティルセア様は、やはりといった様子で頷いている。


「ガレリック様もお話されていたようですので、そうだとは思っておりました」


 頷きながらティルセア様が呟いた言葉に、魔法師団長が片眉を上げて反応した。

 魔法師団長がティルセア様の前でテオと話したことってあっただろうか? 俺はそう思ったが、すぐにアゼルの紅牙狼(こうがろう)とテオが闘った際に、ティルセア様が居たことを思い出した。あの時確か、魔法師団長がテオに語り掛けていたはずだ。

 この魔法師団長の反応を見て、ウィアズ伯爵が更に驚きの表情を濃くする。

 そして、ティルセア様は覚悟を決めたように表情を引き締めると、再び口を開いた。


「フェイル様、実は我が領地にも、魔物と協力関係を築いている村があるのです」


 これに反応したのは、ウィアズ伯爵と魔法師団長とバルアさんの三人だ。

 ウィアズ伯爵は眉を寄せ焦りを含んだ表情を、そして魔法師団長とバルアさんは驚きの表情をした。

 そして、俺はというと、特に驚きもなく淡々としたものだ。俺は、フィリエさんから、樹木の精が人間の村と協力関係を築いていることを聞いていたので、他にもそういう魔物がいるんだな、程度の感想しかない。ただ、強いて言うなら、世界は広いといったことぐらいだろうか。


「ティルセア、それは我が領地でも一部の者しか………」

「お父様、私たちは国家機密を聞かせていただいたのです。私たちだけ黙っているのは礼儀に反します」


 ウィアズ伯爵がティルセア様を窘めようとしたが、ティルセア様はまたもやそれを遮り、逆にウィアズ伯爵を窘めた。

 この情報は、ウィアズ領でも、極限られた者しか知らされていない情報だったようだ。


「うむ。ティルセア嬢、それは、どのような魔物で、どのような協力関係を築いておるのじゃ?」


 魔法師団長が、ティルセア様の言葉を肯定するかのように問い掛けた。

 だが、端から見れば、険しい顔をして、問い詰めているようにも見える。

 魔物は総じて人間より強い者が多い。そんな魔物と協力関係を築いている人間がいると聞かされれば、魔法師団長としても黙ってはいられまい。下手をすれば、国が傾くことすら考えられるのだから。

 この魔法師団長の質問に、ウィアズ伯爵が諦めたように肩を落とした。


「その魔物は、樹木の精でござます。そして、協力関係とは、こちらから人間の国での物資や情報を提供する代わりに、森での薬草の採取に協力していただいております。このウィアズ領で生産される薬が、この国でも有数の物となっているのも、薬草に精通している樹木の精の協力あってのことにございます」

「うむ。それで、こちらから提供している物資や情報とは?」

「最近では、人間の国での料理やその製法、それに関わる物資が主だと報告を受けております」


 ここまで聞いて、俺は確信した。

 うん。これ、フィリエさんたちだわ。どうやら世界は狭かった。

 さっきまで広いと思っていた世界は、もの凄く、こじんまりとしたものだったようだ。

 いや、だって俺たちが結界を張ったのは、此処から遥か北の森だし、まさか、協力関係を築いていたのが、これだけ離れた村だとは思わないよね? そりゃあ、フィリエさんたちが森の中なら何処にでも行けるとは聞いてたけどさ。それでも、人間の尺度からしたら、普通は違うと思うよね?

 そんなくだらないことを考えている俺に、ティルセア様が不思議そうに問い掛けてきた。


「…、フェイル様は驚かれておられないご様子ですが、もしかして、ご存じだったのですか?」


 俺の方に視線を向けていたティルセア様が、訝し気に尋ねてきた。

 う~ん。これ、どういう風に答えるのが正解なんだろ?

 フィリエさんたちと月桃が繋がることを恐れて、フィリエさんたちのことは黙っていたが、ウィアズ伯爵とティルセア様が樹木の精のことを知っているとなると、もしかして、樹木の精と月桃とは繋がらないのだろうか。それならば話しても問題ないのだが。

 俺がそんなことを考えていると、今度は振り返り俺を見た魔法師団長が口を開いた。


「…、シリエの傷に使われた薬は、もしや、そういうことでございますかの?」


 あぁ~、俺がティルセア様への返答を考えている間に、魔法師団長にばれました。

 でも、これって俺の所為じゃなくて、魔法師団長が優秀だからだよね?

 俺は魔法師団長の言葉に頭を掻きながら、苦笑を浮かべた。


「ガレリック様、どういうことでしょう?」

「うむ。フェイル殿が森で従えている魔物が灰色狼だけではなく、樹木の精も、ということじゃよ」

「「「え?」」」


 これにウィアズ伯爵とティルセア様、それに加えてバルアさんまで驚きを露にした。


「それは、我が領地の者が協力関係を築いている樹木の精が、フェイル様の配下ということでしょうか?」


 ウィアズ伯爵は、言葉を発した魔法師団長ではなく、俺の方を向いて尋ねてきた。


「まぁ、そうみたいですね…」

「なんと…」


 俺はそれに苦笑いを浮かべながら、一言だけ答えた。

 ばれてしまったものは仕方ない。あとは月桃に結び付かないように努力するだけだ。

 それを聞いて、ティルセア様は驚きながらも、頷いて更に表情を引き締めた。


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